ちかんはできません。


「――この人っ、ちかんです!!」


 と、傍にいた女性が僕の手を取った。

 最初、分からなかったけれど、肩のあたりに違和感を感じて横を見てみれば、彼女が掴んでいたのは僕の腕だったのだ……え?


 ちかん?


 してないんだけど……?


「次の駅で降りましょうか?」


 周囲の人の視線が突き刺さる。まあ、ちかんだ、と言われたらこうなるだろうけど……ちかんどうこうというよりは、騒いでいる人に不快を示しているのかもしれない……。

 こうやって注目を集めるなら、車内の吊り広告よりも閲覧数を稼げるのではないかな? だから騒ぐ女性を人間広告塔にしてしまえば……、いや、印象の良し悪しは知らないけど。


 ともかく、ちかんだなんだと騒いでいる女性に、きちんと説明しなければ。


 このまま降りてもいいけれど……どうせ次の駅で降りるのだし、やることは変わらない。


 ……というか、掴んだ時点で気づかないものか? こう、感情だけが先走って、冷静さを欠いているのかもしれない……そこを責めても解決はしないか……。


「あの、ちかん、してないですよ?」

「そんなわけないでしょう、あなたの手が私のお尻をずっと撫でて……」

「電車の揺れで上下する指が、撫でられているように感じただけでは?」

「そんな言い訳が通用すると思いますか?」


「……じゃあ、言いますけど……」

「なんですか、逃れられると思っているなら言ってみなさい、このちかん野郎!」


 では、遠慮なく。


「あなたが掴んでる僕の腕、義手なんですけど……」

「…………え」


「取りましょうか? 甘く着けているので外すのも簡単なので――」

「いや、……っ、それでもこっちは不快な思いをしましたっ、これもちかんです!!」

「押し通した!?」


「いいからきなさい!!」

「あのっ、ちょっ」


 その時、電車が大きく揺れた。ハイヒールを履いていた女性はバランスを崩してしまう……咄嗟に僕の腕をさらに強く掴んだけれど……、だから義手なんだって。甘い着け方をした義手は簡単に外れ、女性は派手に転んでしまう――僕の義手を胸に抱きながら。


「っ、いたた……」


「僕の義手を胸に挟んで……ハニートラップのつもりですか?」


「は!? 違いますよ!!」


 なにが悪いって、挟まっている僕の腕に感覚がないということだ……当たり前だけど。

 いいなあ……、義手じゃなくて僕の腕だったら……。


 いかんいかん、と邪な考えを切り捨てる。


「あの、返してください……まったく。で、どうします? ちかんとして駅員さんに報告しますか? それに付き合ってもいいですけど……これ、ちかんですか?」


「うぅ……」


「挑戦してみます? この場合の対処も、興味ありますし」


「……やります」


 彼女も興味があったのだろうか……義手はちかんの範囲内なのか。


 触った感覚がなければ、触っていてもちかんになるのか……もちろん、そこに悪意があるかないかで、対応もまた変わってくるとは思うけど……。


「降りましょう――ちかんは逃がしません!」

「はいはい」


「あしらわないでください! そりゃこっちもちょっとは言ってみたかったって欲はありましたけど!!」


「そろそろ義手を返してください。持っていてもいいですけど、ホームの外に落とさないでくださいね? 義手が線路内にあるって……事件性があってマジで怖いですから」




 …了

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