モンスターtoトーク
『剣を拾え……死にたいのか?』
巨大な大蛇が、大木の間から顔を出した。
森林に侵入してきた『人間』を喰らうためである――……そのはずだったが。
いつもなら、体格差も厭わずに斬りかかってくるか、腰を抜かしてしまうかだ……それでも、どんなに鈍らであろうとも、その手の中の剣だけは離すことがない……なのに。
目の前の剣士は、剣を捨てたのだ。
「死にたい? そんなわけないだろ……、死にたくないに決まってる。だけど、死にたくないからって相手を殺すのは、やっぱり違うだろ。せっかく言葉が通じるなら、話し合いをしてみる。……殺すのはそれからでも遅くはないって思うぜ? アンタはどうだい――【西の大蛇】」
ずずんっ、と森林が揺れた。
大蛇が僅かに動いただけで、世界が揺れたのだ。
『話し合いだと? ……カカッ、人間とモンスターが話し合いをして、問題が解決した前例があるか? ないだろう……、これまで積み重ねてきた歴史のどこにも、和解した事例はない。言葉こそ通じるが、意見が噛み合うことはないのが、我々の関係性だ。
――人間が納得する、モンスターが満足する、そんな円満な結末などないのだからな――どうせ最後には、貴様は剣を握り、我は貴様を丸飲みにする――どうせそうなる運命なのに、なぜ話し合いなどしなければならない?』
敵意を混ぜた視線を向ける大蛇。
しかし、剣を手離した剣士は、向けられた視線にどこ吹く風だ。
「よっと」
『……おい、なにを座っている……剣を取れ。――剣を握って構えろ。する気がないなら、貴様を今すぐに丸飲みにしたってい、』
「で。そっちの望みは?」
『…………なに?』
「望みだ。どうしたい? ――こうしたい、こういう生き方をしたい――、もしくは、あれが邪魔、これが欲しい……、長い時間を生きていれば、そういうものがあるだろう。
アンタが喉から手が出るほどに欲しいものがあって、中には、人間にしか用意できないものがあるかもしれない……。言ってくれれば、オレが用意できるかどうか、確認してやるよ。それで用意ができるなら、アンタにとっては最高なんじゃないか?」
『…………。その質問に、我が答え、それを貴様が準備できたとして……、――貴様にメリットがあるのか?』
「もちろん、満足したなら見返りを求めるぜ? と言っても、アンタが毎週のように狩ってる人間のことだがな……。――近くの村を襲うのは、もうやめてくれって交渉なんだが……まあ、無理なら他のやり方を考えるさ。どうだ? こっちの意図が分かれば、少しは話し合いに応じる気になったんじゃないか?」
『貴重な餌場を譲ると思うか? たとえ我が欲しいものを、貴様が用意したところで、約束を破って我が同じ村を襲う可能性もある。我々を相手に契約をして、まるでそれが反故にされないかのように思っているようだが、力量差がある以上、約束なんて結んだところで、ないようなものだが――。それでも貴様は話し合いを求めるか?』
「ああ、求めるね。約束を反故にされる、なんてのは人間同士でもあることだ。もちろん契約書を交わし、破った場合のペナルティが設定されている――だからこそ守ってくれている人間が多いが、それでも破る奴はいるもんだ。相手が人間からモンスターに変わっただけで、約束を反故にされる可能性は全員にある。当然、アンタが破ることも想定はしている――」
『その場合はどうする? 人間へのペナルティを、我に当てはめるか?』
「アンタを監獄にぶち込んでも意味はないだろうな……。
だからその時は、今度こそ実力行使でアンタを殺すことにしよう――」
大蛇が目を細めた。
不快を通り越して、堪えられない笑いが腹の底からこみ上げてくる。
『カカッ、それができないから、貴様はこうして話し合いを求めているのだろう?』
「いいや?」
あぐらをかき、膝の上に肘をつく剣士は、今まで隠していた『実力』を見せる。
まるで湯気のように立ち上る彼の赤い熱気は、そのまま彼の実力を示していた。
『……貴様、強いな……。しかも、とびきりの実力者だ。まさか我が、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなるとはな……。貴様は、そこまでの力を持ちながら、なぜ話し合いを求める……っ』
「難しいからだ」
『…………?』
「この手で、剣で、相手を叩き斬ることで問題を解決することは簡単だ……、だが、話し合いとなれば、今まで積み重ねてきたものはまったく活かされない。自分の良さが、まったく出ないんだ――……だからこそ、やる価値がある」
『苦手分野の克服か?』
「そんなものだな。今までしてこなかったことをしてみたかった……、だからこうして、モンスターと話してんだ。せっかく言葉が通じるなら、やってみて損はないだろ? だって、たとえ交渉が決裂しても、約束を破られても、いつも通りに『殺せば』いいんだから――」
『……、……命を拾ったのは、こっちの方か……』
「そうか? オレがアンタに勝てるとも決まったわけじゃねえが……」
『勝てるわけがないだろう。貴様の実力は、嫌でも分かる――本能が、「負ける」と訴えかけてきているんだ……、これでも挑むなら、我はただのバカだ』
「そうかい。高い評価、ありがとよ」
実力差を知ったからか、大きく見えていた大蛇が、今は多少、小さく見えている。
意識的に、大蛇が剣士を刺激しないように体を小さく見せているのかもしれない。
「――それで? じゃあどうする…………話し合い、続けるかい?」
『……餌場をただ諦めるなら、こっちも渋ったが……まあ、交渉の余地があると言うのであれば、前向きに検討しよう――我が提案したものを、準備してくれるのだろうな?』
「できる限りは。無茶ぶりは無理だぜ?」
『欲しいのは当然、新しい餌場だ。それさえあれば構わん。あの村が無理なら別の場所を――貴様たち人間なら、「人工の餌場」くらい作れるだろう?』
「奴隷……、つまり、人間を食うつもりか?」
『こだわりはない。我が困らない程度に餌が放し飼いにされていれば、人間でなくとも構わない……まあ、牛や豚でなく、人間でもいいがな』
「ああ、分かったよ……準備しておくぜ。長くは待たせねえ」
そして、この場の話し合いは、交渉成立という結果で幕を閉じた。
〇
『――おい、人間……、これは……確かに、餌場を提供してくれるのは嬉しいが……。
ただ、これは敷地が広いだけで、ある意味「監獄の中」なのではないか? 貴様たちは、我を飼育するつもりか?』
広い敷地に放し飼いにされている餌たち。
大蛇はその大きく長い体で確認してみたが、この餌場には果てがあり、そこには大蛇がそれ以上は外に出られないように、鉄柵が設置されてあった――。
「……んなことを言い出したら、野生のアンタだって、国の外壁の外側にいるんだ……、複数の外壁に囲まれているとも言える。それだって、飼育されているようなものだぜ?
考えてみろ、今までと変わらねえよ。餌があり、行動の自由がある……、確かに、遠くに鉄柵があるが、これを『檻』とは思わないだろう? スケールを大きくしてしまえば、惑星という枠の中に収まったオレたちは、これだって飼育されているようなものだしな――」
『………だが、これは――』
「アンタにはなにもしねえよ。こっちは確かに、アンタを監視してはいるが、それってつまり、アンタの体調を逐一、気にかけてるってことでもある。異常があればすぐに医療班が駆けつける。薬で治るものがあれば、数日間も無知のせいで苦しむ必要もない。……アンタは管理されることを毛嫌いしているようだが、メリットだけを見れば悪くないだろう? デメリットを言ってみろ……、一つずつ、オレが潰していってやる――。それでも不満なら、どうぞ外の世界に出ていってくれ。お前一匹で、安心安全に生きていけるなら、それもまた一つの長い人生の形だ」
『…………、――分かった、貴様の指示に従おう』
「従う必要もねえって。こっちは命令するつもりもねえんだからな。
……勝手に人を食わなければそれでいい――それも、アンタはもう、鉄柵の外には出られないからな……、食う心配もないだろうし――。もうオレたちは、アンタを脅威とは思っていないし、嫌いでもない。安心して、丸くなれ」
『……、一つ言うとすれば…………、気に入らんな』
「それがデメリットか?」
大蛇の体が膨らんでいく。
威嚇の態勢だ。
王者のプライドが、体を動かした。
『西の王者でもある我を、飼い慣らせると思うなよッッ!!』
「なら、アンタを王と慕っていたモンスターを、この場に集めよう。そして、王国でも作ればいい――。アンタのプライドが許さないのがデメリットなら、こっちがアンタのデメリットを消してやる……――どうすれば満足する? なんでも言ってみろ、オレが叶えてやるから――」
話し合いを続けていけば、必ず、お互いが納得する結末に持っていけるはずなのだ。
……話し合いさえ続けば。
途切れたらそれはそれで、剣士としてはこれまでと変わらない――殺し合いだ。
殺すことは苦肉の策だが、それでも『嫌』ではないのだ。
「モンスターを殺すのはもう時代遅れだよ。――時代遅れに、オレがするんだから」
…了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます