第24話 晩冬の獣、あるいは早春の風――三題噺:己「田園」「薄氷」「鼬」

 ツムジ、メグ、フウカの三姉妹がこの度連行されたのは、郊外から少し離れた田園地帯だった。昔からずっと田園風景が広がっていたであろう事は、周囲に小さなダムが点在している事などからも明らかだった。

 高校生ほどの少女のなりをした三姉妹は互いに集まって様子を窺っていたが、ややあってからメグが口を開いた。


「お姉ちゃんにフウカ。何か思ってたよりも鼬連中が多いね」

「ほんと、メグの言うとおりだねぇ」

「まぁ鎌鼬にしろ管狐にしろ沢山いるもん。声をかけたらすぐに集まったんじゃないかってあたしは思うわ」


 三姉妹の会話通り、彼女らの周囲には鎌鼬が十数匹ばかり集まっていた。一応人間の姿を取っているが、人外の存在である事は放たれる妖気や獣めいた雰囲気から明らかである。

 獣妖怪に囲まれている三姉妹であったが、別段怯えは無かった。彼女らも鎌鼬たちと同族のような物だったからだ。厳密に言えば管狐と鎌鼬の交雑種なのだが。

 ともあれ、代表者と思しき男が鼬妖怪たちの前に姿を現した。妖怪かと思いきや人間だった。妖怪の存在を知り、時に妖怪の力を借りる術者と呼ばれる存在なのだろう。彼は堂々とした様子で鼬妖怪たちに視線を向け、仕事内容について説明を始めた。

 田園の周辺に落ちているゴミ拾いと、小山で繁っている草木の剪定。ツムジたち三姉妹、そして一緒に集まっている鼬妖怪たちに与えられた仕事はこのような物だった。


 ツムジは両手首を刃物に変形させると、そのまま青々と葉を茂らせ枝を伸ばす山茶花へと突っ込んでいった。一閃した次の瞬間に、山茶花の枝が地面へと落ちる。ダイナミックな剪定を行えたツムジは、気分が高揚するのをはっきりと感じていた。もしかしたら、ここ数カ月ばかり囚人として単調な暮らしを続けていたからなのかもしれない。

 しばらくしてから、ツムジは山茶花の花の根元を狙って刈れば面白いという事に気付いた。山茶花の、緋色の花弁が爆発したように飛び散って舞い散るからだ。


「あはっ、あはははは――!」


 呆けたように笑い転げながら、ツムジは山茶花の剪定を続けていた。

 だが、そうしていい気分に浸れたのはほんの短い間だった。彼女の鋭い耳は、驚きの声とその後に続く悲鳴を聞き取ったのである。鼬であるから聴覚は鋭いのだ。

 駆けつけてみると、鎌鼬の少年が池の真ん中で立ち往生していた。水面の表面を見れば、少年がいる所を中心にして薄氷が割れているではないか。


「全くもう、純血の鎌鼬だというのにヘマをしちまったのかい」


 ツムジは言いながら、少年の許に駆けつけて彼を引っ張り上げた。鎌鼬は風を操り低空ながらも飛ぶ事も出来る。だからこそツムジも、冷たい池にダイブすることなく少年を助け出す事が出来たのだ。名も知らぬ彼は、池の冷たさに驚いたのか鼬の姿に戻ってしまっていた。


「氷が張ってるけれど、俺はまだ軽いから大丈夫だと思ったんすよ」


 タオルで水気を拭ってやると、少年は少し照れくさそうな口調でそう言った。そのまま素直に礼を言ってくれたのだが、彼は何故かツムジの手の匂いを嗅いでいた。


「んん、どうしたのさ坊や」

「お姉さんの手から、甘い花の香りがするからなんだろうなって思ってさ」

「ああ、それは山茶花の香りだね。さっきまでバチボコに切り刻んでいたんだよ」


 ツムジはそう言ってから、少年と顔を見合わせて笑い合った。

 今は薄氷が池に張るくらいであるが、いずれは暖かな春が来るはずだ。そんな事をツムジは思っていた。

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