第19話 アヤカシイーターのハクビシン:6(終)

 ライオンジの若君と出会うという場所は、普段タマキが出入りしている所よりも広々としていて、そしてあちこちがピカピカしていた。ピカピカしているというのは単純に光っているという事ではなくて、ホコリやら虫の死骸やらが落ちていないような、清潔で整然としたところであるという意味でもある。

 道すがらのリンやユーリカの話によると、ライオンジの若君というのは雷獣であるらしい。雷獣。その言葉を聞いたタマキは、心の中がうねるのをはっきりと感じた。


 果たして皆が集まり、ライオンジの若君とのお目通りと相成った。リンによると取り巻き同士での会合を兼ねているだけだと言っていたが、タマキにしてみれば、それは確かに荘厳な出来事のように思えてならなかった。


「やぁ皆。皆も元気そうで何よりだぜ! この俺の……ライオンジユキハの為に集まってくれて、本当に嬉しいよ」


 ライオンジの若君が誰であるのか。それはリンに説明してもらうまでもなかった。集まった有象無象たちに声をかける少年の姿には、言いようのない高貴さと強さをタマキは感じ取っていたのだから。

 確かにその言動は、十代半ばの少年の見た目相応と言っても良いだろう。下手をすればもう少し幼く、粗暴であるのかもしれない。

 しかしその見た目――淡く繊細な銀髪と明るく澄んだ翠の瞳の美しさはどうであろうか。背後で揺れる尻尾は三本もあり、そこからは生命力旺盛な妖気が絶え間なく放出されてもいる。

 ライオンジの若君は、ユキハと名乗る少年は、明らかに妖力と気品に恵まれた若妖怪だった。しかもその真の姿は、何とハクビシンにそっくりなのだという。但し、本物のハクビシンとは異なり、全身が銀色の毛皮で覆われているとの事であるが。

 ともあれタマキはユキハの虜になった。おのれの上位互換、或いは憧れの大将とも言うべき存在を目の当たりにしたのだから。

 そしてタマキがその時感じたのは――抑えがたい食欲だったのだ。あの強大な力を持つ妖怪の血肉を喰らったらその力にあやかる事が出来るのではないか? あの美しい妖怪の血肉は、果実のように甘美な物ではなかろうか? そんな考えがタマキの心を支配してしまったのである。


 ところが、その一つの出会いは一つの別れとも抱き合わせになっていた。

 姉貴分のように世話を焼いてくれたリンから、家を出るように命じられたのだ。それも、取り付く島もないような厳しさと冷たさを伴って。

 おろおろするユーリカを尻目に、リンとタマキの問答は粛々と進められた。


「――あんたはもう一人でもやっていけるだろう。元々ここに連行したのはアタシだからさ、金なりなんなり必要な物を用意して、それで故郷に戻んな」

「何だよ姉貴。何だって急にそんな事を言いだすのさ」


 戸惑うタマキに対し、リンは目を細めながら言い放った。


「アタシだってあんたと仲違いしたくは無かったよ。いっぱしの妖怪として育てたって言う気持ちはあったからね。

 だけどこれ以上、あんたをアタシたちの許に置いておくことは出来ないんだ。だってあんたは――ライオンジの若君に善からぬ考えを抱いたんだろう? そういう奴と同じ穴の狢だと思われたら、アタシとしても都合が悪いんだよ」

「……そうか。悪かったよ姉貴。今まで世話になったな」


 胸の奥を貫かれたような衝撃を感じながら、タマキはリンたちから背を向けてアパートを後にしたのだった。

 もっとも、彼の感じた衝撃は、リンに突き放された事ではない。ユキハに対して抱いた衝動を、彼女に見抜かれた事が衝撃的だったのだ。

 かくしてタマキは、数カ月ぶりに一匹狼の野良妖怪としての暮らしに戻ってしまった。とはいえ、異能だけではなく最低限の生き延びる術をも会得した彼の事だ。一人であっても生き延びて、それなりの暮らしを送る事は出来るだろう。

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