底辺薬師の残機アップ
渡柏きなこ
第1話:クビにされて落ち込んでたら、声をかけられました。
「ゼジ君、明日から来なくていいニャ」
有給休暇明けでギルドマスター宅に顔を出した途端、人事課の猫系獣人からそんな風に言われた。
巷では外皮防御力9999の人とか大賢者の生まれ代わりの人とか、ギルドを脱退させられても活躍している人がいーっぱいいて、
『追放されることはその後の成り上がりが約束されるということさ!』
とか意気揚々と語る人なんかも増えてきたけれど、実際に自分がその立場に立たされた時、そんなことを考える余裕は正直なかった。
「な、なんで……」と言うと、被せるように言い返される。
「この忙しいときに有給取るってありえないニャ。うちとしてはそういう意識の低い人はいらニャいんだニャ。そりゃ、お国が決めてるから申請されたら通さないわけにいかニャいよ。三ヶ月前はうちにもまだ余裕があったからニャ?
でもこの一ヶ月、パーティの皆さん探索探索でずっと忙しそうにしてたニャろ? 気づかんかったニャ? そういうときは言われんでも自主的にキャンセルするもんニャ。人が一生懸命働いているときに。温泉にでも浸かってさっぱりしてたかニャ? そういう将来性のニャいことする人はうちにはいらんですニャ。
退職の手続きはこっちでやっておくから、普通に明日から来ないでいいニャ。それじゃ、二年間お疲れさまでしたニャー。今日は荷物まとめたら帰るニャー」
猫系獣人は何故か人族受けが良いからと人事課に配属されやすい。そんな彼女に笑顔でぼろくそに言われて、僕はすっかり意気消沈してしまった。呆然として、すごすご帰ろうとすると、「ちょっと待つニャ」と呼び止められる。まだ何かあったろうかと思っていると、猫系獣人さんは心底嫌そうな、ゴミでも見るみたいな目で僕を見つめていた。
「なんでなんも言い返さんのニャ。こういうときでは嘘でもキレてみせた方がごね得ニャ。そんニャんだから搾取されるんニャよ、アンタは」
◆
商店街の飲み屋で、お酒を飲んだ。いわゆるヤケ酒である。お酒を飲むのはいつぶりだろう? テーブルの上には茹で上がった角兎の肉が冷え切っている。隣のマツバ草のサラダもカサカサ。頭がぐわんぐわんして、テーブルに突っ伏した。自然と目尻に涙が浮かぶ。
僕――ゼジ・ラクトードは、昔から身体が細くて、身長も低かった。ガキっぽい顔立ちで、いまだに子どもと間違われる。子どもの頃はかっこいい英雄になりたかったが、戦士や魔法使いになるのは早々に諦めた。代わりにかっこいい《薬師》になるのが夢になった。アカデミーを卒業し、所属ギルドを決めるため、あらゆる薬師向けの募集に目をキラキラさせていた頃が懐かしい。在学中に実績もなく、輝かしい技術力もツテもなかった僕はなかなかギルドが決まらず、いつからか血眼になって、街の掲示板に張り出される求人に暗く目を光らせるようになった。
最後に面接を受けたギルドは、人柄採用をウリにしていた。必要書類は最低限で、面接も一回だけ。「やる気、ありますか?」と問うギルドマスターに、僕は唾を飲み込みながら「はい」と答えた。焦っていた。アカデミーを卒業した友人たちの中で、まだ就職してないのは僕だけだったから。
「やる気があるか?」という質問に、「はい」と答えたのは嘘じゃない。薬学は好きだったし、たくさん本も読んでいた。アイテム合成用の材料もよく市場に見に行っていたし、セルフハントでレアアイテムを取ってくることもあった。でも短い研修を終えて現場に出るようになると、そんな程度の努力なんて全然役に立たなかった。毎日日付が変わるまで残業、残業。肉体労働だから怪我もしたし、当たり前だが命の危険もあった。
給料は完全歩合性。活躍すれば稼ぎになったが、自分のせいで仲間が怪我したときなど、治療費は責任払いだった。戦闘力のない僕は貯金なんかできず、仕方なく食費を切り詰めた。体重は一年で十ケント減った。
有給は苦肉の策だった。確かに『一日休みが欲しい』という気持ちがなかったと言えば嘘になる。だが休んだところで仕事が溜まるだけだし、本当の意味で心が休まるわけじゃない。それでも有給を申請したのは、アイテム合成用の材料が尽きてしまったからだ。
この状態では現場に出ることなんてとてもできない。自分は戦闘スキルもほぼなく、出来合いの素材でアイテムを作るしか能がないのだ。そこで役に立てなくなったら、それこそギルドにいる意味がない。そう考えてのことだったが、その結果がこれである。完全に逆効果。ただの空気が読めないやつ扱いされてしまった。
「はぁー…………」と僕は長いため息を吐く。
僕はどうすればよかったのだろう。そもそも薬師という仕事自体が自分には向いていなかったのか。周囲を見ればガハハと笑いながら、楽しそうに酒を飲む冒険者風の男たち。アレが普通だとするなら、僕は普通の何段階下なのかわからない。
それ以上周囲を見るのが嫌になってきた。本日何度目かわからないが、もう一度ため息を吐く。そうするたび、口から自分という存在の何もかもが外へ出ていってしまうような気がした。もう、いっそ死んじゃおうかな……とか、冗談半分に考えていたとき、「アレ?」と後ろから素っ頓狂な声がした。
「――もしかして、フィルくんじゃない?」
高い、甘い、女性の声。直後、背中をぽむぽむと叩かれる。驚いて顔をあげると、見覚えのない女の子がいた。
人族には珍しいピンクのツインテール。そばかすのある顔。小麦色の肌。短剣士だとしてもかなり軽装に見える皮製の衣服と、そこから覗く、童顔に似合わない巨乳。なんだこの子、すごいかわいい……しかし、こんな娘に見覚えは明らかになかった。僕の名前に『フィル』って入ってないし。
「人違い、じゃないですか……?」
呂律の回りづらくなった舌でそんな風に答えると、女の子は僕の顔をまじまじ見て、ぺろっと舌を出した。
「ほんとだ、人違いでした! ごめんなさいっ」
その女の子は、とっても馴れ馴れしい娘だった。人違いだったことがわかって、去っていくかと思いきや、口に手を当てて恥ずかしそうに笑った。
「本当ごめんなさい、後ろ姿が地元の知り合いにすっごく似てて! あ、私、軽戦士のミミって言います。よろしくどうぞ!」
「あ、はぁ、ミミさん? ど、どうも……」
「お兄さんは白魔道士さん? お名前なんていうんですか?」
「え、いや、僕はそんな大層な身分の人じゃないよ。 ただの薬師。名前はゼジ、だけど……」
「へぇー! 薬師さん! なんかかっこいいですね、頭良さそう!」
そんな風に言いながら、ミミさんは僕の向かいに腰を下ろす。なんで座るんだろう? すると顔に出ていたのか、ミミさんが照れたように笑った。
「あー……お一人で飲みたかったですか? お邪魔でしたらおいとましますけど……」
「ああいや、そういうわけじゃ……」
僕が首を振ると、ミミさんは安心したように笑って「よかった」と僕の目を見つめた。
あれ、なんだろう、この感じ……?
(つづく)
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