死神は月を抱いて眠りたいーー死神と光の教団

漂うあまなす

第1話 前日譚・バタフライ

「キラービー」


彼女は呼び止められて振り向いた。

そこは総統の右腕、この国で2番目の実力者と

恐れられるイーダの所有する建物で

総統府のすぐ側に建てられていた。

便宜上[情報部統制本部]とされていたが

そこに諜報員他部隊員がいることは殆どない。


「やっと会えましたね。」


呼び止めた男は黒尽くめでスラリと背が高く

とても緊張している様子であった。


「……新しく入ったのか。」


「はい。『バタフライ』と言います。

暗殺部隊に配属されて1年、半年前に

『死神』と呼んでもらえるようになりました。

あなたは噂に聞いていた通りですね。」


キラービーは一瞥して『良くないな』と思った。

彼女は洗脳・支配されている者とされている

振りをしている者を見抜く。


『アイツは凝りもせずまたこういった者を……』


それは気分の良いものではなかった。


「何か伝言でも?」


「いえ、どうしてもあなたに会っておきたくて、

総司令がいつもあなたの事を褒めるので……」


『今は総司令と呼ばせているのか、下らない。』


キラービーは従順であったが、その男をまるで尊敬

していなかった。


軍人でも軍部でもないのに総司令と呼ばれる

(呼ばしている?)イーダは、工作部隊・

諜報機関・暗殺部隊の総責任者であり、

それ等を取り仕切ることで国の上層部は

誰も彼に逆らえないのであった。


軍部のトップはそこを恐れていないし恐れる

必要は無いと下に言い聞かせているが、

今まで意見が衝突した後には不慮の事故が続くため

結局は言いなりに近い状態である。


暗殺部隊の中でも選りすぐりのイーダのお気に入り

は『死神』と呼ばれ、その情報は最高機密として

外の者には秘匿され、姿を見た者は必ず死ぬと

言う噂だけが独り歩きしているのだった。


「16歳からこの仕事をし、一度のミスもなく

全て完璧にこなしてるそうで……

総司令もあなたがいてとても助かると仰って

いますよ。」


「そんなに丁寧に喋らなくていい。それに風体

と気配からして君は諜報部から来たようだね。」


「分かりますか?流石ですね。私は『梟』から

来ました。」


「なら手足は慣れ合うなと堅く言われているのでは?」


「はい心得ております。ですがこのような場所で

上手く生き抜くにはそれを守るばかりでも

いけません。」


「私と関わっても得るものはない。無駄な会話はしないことだ。」


「そんなことはありません。が、あなたがここに

来たということは総司令が直に来ますね。

今回はこれで失礼します。」


そう礼儀正しく言うと去ろうとした。


「バタフライ」


「はい。」


「君は人間性が残り過ぎている。良くない。」


「心得てます。」


バタフライは苦笑いをして去っていった。


「キラービー、あなたは噂よりずっと良い人だ。」


と言い残して。


諜報部の者は人に溶け込む術を会得している。

その為礼儀正しく態度も柔和である。

それであっても……


『使い捨てか……』


たった今仕事で片付けた始末相手に言われた言葉が

思い出された。


そこにイーダがやってきた。


「やあ、キラービー。今回も卒無く片付けて

くれたかね?」




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