空に謝る男と、花になりたいと願った少女

麻井 舞

第1話 包丁

「あ、あぁ……!」


 優太郎ゆうたろうの顔は真っ青だった。

 両手で頭を抱えて、上下の歯をカチカチ鳴らして、目を大きく見開いている。


 あぁ、怯えている。今年28歳になった男が、8歳年下の私に異様なほど怯えていた。


 ついさっき、玄関先で私を見つけた彼は、一目散に台所まで逃げていった。そして包丁を取り出して、自分の首筋を切ろうとした。けれど手が震えすぎていたせいか、刃が皮膚に触れる前に包丁を床に落とした。


「どうして……どうして君がここに……!?」


 錯乱したような声を出した優太郎に、


「貴方を愛しているからよ」


 私は告げた。

 優太郎の肩が大袈裟なほどビクリと揺れる。


「嫌だ、出ていってくれ……っ! お願いだから、」

「駄目よ。これから貴方は、私と生きていくのよ」


 やっと、やっと。

 この日が来たのよ。


「……どうして!?」


 とうとう優太郎は泣いてしまった。へなへなと座り込んで嗚咽を漏らす。


 可哀想。


 可哀想で、愛おしい。


「逃がさない。もう貴方を、誰にも渡さないわ」


 ねぇ、優太郎。


 もう一度……いいえ、何度だって言うわ。


「貴方を愛している」



 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る