秋さる奇縁

PROJECT:DATE 公式

余波

茉莉「あー。」


まだ夏の残る秋の空。

今日は妙に天気が良くって

ほけっとしているうちに

何となく散歩に出かけることにした。


学校帰りなものだから

荷物が重くて仕方がないけれど、

今日は歩く気分だったのだ。

教科書をできるだけ学校に

置いてから校門を抜ける。

すると視界は開け、

青空がビルに囲まれながらも見えた。

随分と日差しが強い。


茉莉「まだまだ夏だー…。」


汗ばんだ制服をぱたぱたと扇ぎながら

1歩ずつ足を進めた。


無限にも続くかのように思える道を

ずっと歩いていると、

いつしか突き当たりに出くわす。

そしたら、気分で曲がる。

右でも、左でも。

マップを見ずにどこまでも。

そうして何度も行き止まりの場所に

向かってしまいながらも

引き返してはまた歩いた。


一体自分が何をしたいのか

まるでわからなかった。

こんなことをし始めてから

もう1週間が経ている。

まるで何かを探すかのように、

はたまたあえて迷いに

行っているかのように

長く歩くようになっていた。


長時間1人でいると、

どうしても頭の中で

延々と会話じみた何かをしてしまう。

独り言を呟き続けているような。

誰にも聞かれるわけじゃないのに

何故かある種の恥ずかしさを

感じながら景色を眺む。

目に見えている景色と、あの時の…

…先週の週末、見ていたあの景色を。


電車の中から雪景色を眺めていた時、

やっと帰ってきたなんて思ってしまった。

その感覚が忘れられなくて、

今でもそれを探し続けている気がする。

その時、思い出すのはいつだって

自分で発してしまった言葉。





°°°°°





茉莉「…見つけられるかな。」


陽奈『見つけられるよ。』


茉莉「………そっか。」


陽奈「…。」


茉莉「全部見つけるまで、死ねなさそー。」





°°°°°





その時の感情のままに

ほろ、と口から出た言葉。


茉莉「…。」


いつしか…中学2年生の頃に

生みの親について聞いたことがあった。

育ての親は案の定

答えるのに渋って

教えてくれなかったっけ。

それ以来、触れちゃいけない

ことなんだろうなと再認識し、

以後聞くことはなかった。


でも今思えばそれは

13か14歳の出来事だったわけで。

もし教えて会いに行くともなれば、

育ての親も怖かったに違いない。

…たった、年をふたつ取っただけで

大人になったなんて

いうつもりはないけれど、

もしかしたら。


茉莉「…教えてくれたりしないかなー…。」


もし、本当に教えてくれたら。

本当に生みの親の居場所を

教えてくれたのだとしたら。

茉莉は…。

……。

…会いに行くのだろうか。

茉莉を捨てた人に会いに行けるのだろうか。

受け止められるだろうか。

育ての親を裏切ることに

ならないのだろうか…?


そう思ったら、

今はまだ聞こうにも聞けなかった。

あの空間で過去を見てから

何故か怖くなった。


茉莉はー…。

茉莉はどうしたいんだろう。

何を見つけたいんだろう。


「国方っ!」


茉莉「えっ…。」


考え事をしていると、

唐突に肩を掴まれて声をかけられた。

近くだというのに

相手も焦っていたのか、

大きな声が耳に響く。

反射ながら振り返ると、

そこには緩く巻かれた髪の毛、

そしてふんわりと

高貴そうな白っぽい匂いがした。


澪「国方よな?…はぁー…人違いやったらどうしようかと思った。」


茉莉「肩掴んでるのはほぼ確証があったからじゃ…?」


澪「いや、まあ…そうなんやけど。」


そう言って肩から手を離す。

気まずそうに目を逸らす彼女を

ぼうっと見ていたら

なんだか面白くなってきてしまった。

そんな顔せずともいいのになんて

思いながら見ていると、

茉莉の目の隅が細まっていたのか

篠田さんは不機嫌そうな顔をした。


澪「なんね。」


茉莉「いーや、何も。」


澪「そう。」


茉莉「ってかなんでこんなところにいんの?」


澪「うちは家がこの辺りやけん、普通に帰っとるだけったい。」


茉莉「あ、そーなんだ。」


澪「国方は?」


茉莉「茉莉は散歩。適当に歩いてたらきちゃった。」


澪「はあ…そげなことがあるとかいな。」


茉莉「あっちゃったんだなーこれが。」


澪「習慣なん?」


茉莉「うーん…先週以来ずっと気を紛らわすために歩いてるって感じ。」


澪「あぁー…。」


篠田さんはすぐにわかったようで、

それ以来言葉を噤んだ。

少ししてから、道の先を指差す。

どこかから蝉の声の名残が

聞こえてきたような気がした。


澪「少し話そうや。暇っちゃろ。」


茉莉「暇だなんてそんなー。まあそうだけど。」


澪「涼しいところ行こう、近くに公民館あるけん。」


茉莉「わかった。」


彼女とは夏休みの間に

一晩2人で話した程度の仲だ。

4人で遊びに行ったとはいえ、

2人きりで話した記憶はほぼない。


茉莉自身、大人数よりも

2人で話したり遊んだり

する方が好きだった。

その方がよりその人となりを

知ることができるから。

だから今も少しだけ嬉しいのだと思う。

それに、ずっと不安と不快の混合物の中を

歩いていたものだから、

同じ境遇の人と話せるようで

安心したのだろう。


公民館は思っているよりもすぐ近くにあり、

なんなら茉莉が通り過ぎてきた道に

静かに佇んでいた。

日も落ちてきて、子供達の多くは

既に帰ってしまったらしい。

貸し出しの体育館では

社会人のスポーツクラブが使用していたり、

自習室では大人の方が

資格の勉強をしていたりしている。


入ってすぐのところにある

丸テーブルの席に座ると、

篠田さんは荷物を持ったまま

「少し待っとって」と口にして

どこかへ行ってしまった。


茉莉「…。」


ぼけーっと天井を見上げる。

今日も過剰に労働していそうな

電球と目が合う。

瞳の奥がチカチカして

咄嗟に顔を逸らした。

その先に、茉莉のことを知る人が…

…あの時の友達がいればいいのに

なんて思いながら。


澪「お待たせ。」


「洒落っ気はなんもないけど」と言いながら

ペットボトルのお茶を差し出してくれた。


茉莉「お金払う、払う。ちょっと待って。」


澪「よか。うちの奢り。」


茉莉「えー…でも…。」


澪「そのかわり話に付き合うてもらうっちゃけん。」


茉莉「だって茉莉も話したいことだったから…。」


澪「じゃ、たまたまマッチしただけやな。」


茉莉「……。…ありがとう。」


澪「ん。」


貰わないのも申し訳ないなんて

思いながら蓋を開ける。

思えば貰うことって

苦手だったのかもしれない。

育ての親にも何度も感じたことが

ある感情がよぎっていった。


茉莉「…。」


澪「…とりあえずうちら、戻って来れてよかったな。」


茉莉「ね。1日過ぎてたみたいで、にーちゃんにはめちゃくちゃ心配されたけど。」


澪「あー…わかるわ。うちの姉も死ぬほど心配しとったわ。」


そう。

茉莉たちが戻った時には

何故か1日多くすぎていたのだ。

もしあの空間にずっといたら、

それこそ浦島太郎のように

なっていたのかもしれない。

三門さんも遊びに行った

翌日の朝になって

戻ってきたと言っていた。

篠田さんと陽奈は夕方頃。

皆、なんとか戻ってきたはよかったものの、

その時篠田さんは酷く

暗い顔をしていたように見えた。


茉莉「…なんであんなにズレてたんだろうね。」


澪「空間然り、時間然りな。」


茉莉「うん…。」


澪「国方は出てくる前、ブランコのあった場所に戻れたん?」


茉莉「ううん、自分の扉に入って、出てきたらもうトンネル前だった。」


澪「やっぱりそうなんや。」


茉莉「篠田さんも?」


澪「うん。…うちはさ、あの時出ようなんて微塵も思っとらんかったんよ。」


茉莉「…え?でも、最後には説得されたんじゃー…。」


澪「ってことは国方のところにも奴村が来たんやね。」


茉莉「あ、うん。」


澪「話を戻すとな、うちは最後まで出るつもりはなかった。奴村に無理やり引き戻されたと。」


茉莉「…そうなんだ。」


確かに、陽奈には不思議な力がある。

勇気をもらえる感じがする。

それは、声という大きな武器を

失ってもなお前線で

みんなと一緒に戦おうと、

普通の日々を過ごそうと

頑張っているところが

垣間見えるからだと思う。


あの子にしかできない、

あの子だからこそ

できることなのかもしれない。

けど、もしかしたら茉莉にも、って

思ってしまう時がある。


澪「そうやな…国方はあの日以来、扉の奥の願いが本当ならって思ったりせん?」


茉莉「え。」


澪「…あの光景が本当やったらいいのにって。」


あの光景が本当なら。

本当のお母さんとお父さんがいて、

大切な友達も近くにいる。

茉莉自身にやりたいこともあって、

それだけで幸せな日々が。

…。


深呼吸をするも、

震えた息が通り過ぎた。


茉莉「思うよ。」


澪「…。」


茉莉「けど、それを実現するのはこの先の茉莉だと思うから。」


澪「………。…そう。」


茉莉「…。」


澪「強いっちゃんね。奴村もあんたも。」


茉莉「篠田さんはどうなの。」


澪「うち?」


茉莉「うん。」


澪「うちはいつだって思っとるよ。あの景色が本当ならって。」


茉莉「…。」


澪「うちの場合、実現することができん願いなんよ。だから、願い続けることしかできん。」


茉莉「……そっか…。」


澪「…いつまでも引っ張られすぎなんかな。」


茉莉「何に?」


澪「自分とか、嫌なことに。」


茉莉「…。」


彼女の指す嫌なことにが何かも知らないし、

どんな願いの光景だったのかも

茉莉は知らない。

けど、願い続けることは罪じゃない。

嫌うことだってそう。

ただ、自分に引っ張られて

しまうことは仕方のないことだと

受け止めるしかないと思う。

生まれてからこのかた

ずっと一緒にいるのだ。

僅かな時間ですら手放したことがない

自分というものばかりは

どうにもならない。


けど。


茉莉「…わかるな、少しだけ。もちろん100%そのままの形でわかるってわけじゃないけど。」


澪「そりゃそうやろうな。」


茉莉「うん。」


澪「…まあ、折り合いつけて生きてくしかないんかもな。願いなんて叶わんのやから。」


茉莉「もしさ、もう1回だけ願いが叶えられるとしたら、それを願う?」


澪「…そうやろうね。」


茉莉「そっかぁ。」


澪「そうや、あとひとつ聞きたいことがあったんやった。」


茉莉「何々?」


澪「友達相手やったらなんでもできるん?」


彼女は本気でそう問うていた。

友達にだったらなんでもできるか。

なんでも、というあたりに

解釈の余地がありすぎて困る。

命をかける話なのか、

はたまた少し卑猥な話なのか。

内容によってはだいぶ変わってくるし、

その人との仲の深さや

印象によってもだいぶ違う。

何でも。


例えばの話。

茉莉にとって何されても、

それこそ裏切られてもいいと

思ってしまえるような人って

いるのだろうか。

たとけにーちゃんだとしても

裏切られたらくそぅ、と思う。

許せるかどうか…

それこそ、本当のお母さんを

殺していましたー、と、

奇想天外だがそういうことを

していれば許すことはできない。

ただプリンを食べられた程度であれば

少し怒って許せる。


これは身内の話だから

また違うだろう。

友達であれば。

例えば?

篠田さんや奴村さんに

何か不安なことが降りかかったとして

茉莉は手を差し伸べられるか。

茉莉は裏切らずに、

見捨てずにいられるか。


…昔の記憶に眠る、

一緒に逃げ出したあの子であれば

また話は別だろう。

けれど、今知る人の中では。


茉莉「…できないね。」


澪「……そうやんな。うちもそう思うわ。」


茉莉「…?」


澪「…少し、もう少しだけ落ち着く時間が必要なんかもな。」


茉莉「だね。」


篠田さんは静かにこぼした後、

その言葉を流して

なかったことにするかのように、

ペットボトルの蓋を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る