第2話:龍の巫女?えっそれでいいの?

「では、私が説明いたしましょう」


 宰相に代って息子の翠蓮が凛とした声で語り始めた。


「ここは龍守国りゅうしゅこくと言います。その名の通り、龍に守られている国なのです。もともとこの国を守護していた龍は黄金の龍と伝えられています」


 彼は部屋の奥を指さした。そこには黄金の龍の像が置かれている。


「昔は天を仰げば空を泳ぐ黄金の龍の姿が見られることも珍しくなかったそうです。しかし、いつしかその姿は見えなくなって、百年が経ちました。そして今、この龍守国の空に黄金の龍に代って黒い龍が現れたのです」


「黒い龍……?」


「えぇ。黒い龍が空に現れてから、急に天候が不安定になり頻繁に災害が起こるようになりました」


 彼がそう言った瞬間、急に地面が揺れる感覚がして、部屋に置かれていた花瓶が揺れで倒れた。


「ご覧の通り、黒い龍のせいで地震も頻繁に起きているのです。今までこのようなことは無かったのですが……」


 天候の変化や地震って自然現象だし、龍のせいだなんて迷信なんじゃないかと思うけど、この人たちは龍の仕業だと思っているらしい。


「我が国の言い伝えによりますと、龍を鎮めてその加護を得て国を繁栄させることができるのは龍の巫女だけであるとされています」


「龍の巫女……」


「それが理央さまなのです」


 自分が龍の加護を得られる龍の巫女……いきなりそんなことを言われても何をどうすればいいのかまったくわからない。


「龍の巫女って言われても、私ただの事務員だし……」


 口ごもる私に、宰相が優しい声音で声をかける。


「……理央さま。改めて申し上げます。龍の巫女としてこの国の為にお力を貸してくださいませんでしょうか」


「具体的には何をすればいいんでしょうか?」


「山の頂上にある龍を祭るほこらに行っていただき、祈りを捧げていただくだけで良いのです」


「それでいいんですか?」


「はい。それは巫女である理央さまでないと意味が無いのです」


 祈りを捧げるだけ……それなら自分にもできるだろうか。


「もちろん、我が国の最強の武人を護衛につけますので何もご心配は要りません。どうかこの国をお救いくださいませ」


「私はただの一般人だから龍の巫女とか言われても正直わからないんですが、祈るだけでいいなら……」


 私が渋々承知すると、宰相は安堵あんどの表情を浮かべた。ここまで歓迎されておいて断るのは難しい。


「では早速で恐縮なのですが、明日にでも出発していただきましょう。ここのところ地震が多くて民も不安がっておりますので」


 たしかに、私が今日感じただけでも二回ほどそこそこの揺れがあった。不安に感じるのもわかる。

 私の祈りなんかでそれが収まるなんてにわかには思い難いけども、この状況は断れない雰囲気だ。


「わかりました。祈りを捧げに行きましょう」


 食事を終えると、立派な天蓋てんがい付きの寝台のある部屋に案内された。

 窓際には白い花が飾られていて、金色の燭台しょくだいが周囲を上品に照らしている。


「こちらが巫女さまのお部屋でございます。何かありましたら何なりとお申しつけくださいませ」


「ありがとう」


 化粧を落として寝台に横になる。

 ゆったりとした絹の寝間着は肌に心地いい。

 疲れも相まって、あっという間に意識を手放してしまった。


 翌朝、朝食と身支度を済ませると広間に案内された。

 そこには宰相や翠蓮と一緒に昨日の宴席で出会った青蘭がいる。


 私の姿を見た宰相が声をかけてきた。


「おはようございます、理央さま。良く眠れましたかな?」


「はい、ありがとうございます」


 宰相に続いて青蘭が口を開く。


「理央、本日は私が同行する。貴女に危険が及ぶことが無いように私が守るから安心してくれ」


 昨夜の青蘭は質素な恰好だったが、今日は金色と青色で装飾された立派な鎧を着ていた。その美しさは神々しさすら感じられる。

 腰に提げられた剣には龍の装飾が彫りこまれていた。実は名のある武官なのかもしれない。


「ありがとうございます。宰相が仰っていた最強の武人って青蘭さまのことですか?」


 私の言葉に、彼は困ったように眉を下げて微笑んだ。


「いや、最強の武人は私ではなく、飛翔ひしょうのことだろうな」


「その通り!」


 勢いのある声と共に、銀色と赤色を基調とした鎧に身を包んだ背の高い青年が、赤い房のついた鳳凰ほうおうを模った槍を片手に広間に入ってきた。

 左右に跳ねあがった癖のある赤い髪と挑発的な凛々しい顔立ちは自信に満ち溢れている。

 彼はずいっと身を乗り出して、私を見下ろした。


「ふーん、あんたが龍の巫女の理央か。この国で一番強いのはこの俺、飛翔だ。よろしくな!」


「……はい、よろしくお願いします」


 なんというか遠慮が無い感じの人だなぁ。彼の自信に満ちた態度に気おくれしつつも何とか笑顔を取り繕った。

 龍を祭る祠へは青蘭と飛翔と翠蓮の他に十人ほど、鎧に身を固めた兵士がお供をするらしい。


「理央さま、どうか何卒よろしくお願いいたします」


 こうして私たちは宰相に見送られながら、祠のある山へと向かった。

 その時は思ってもみなかった……この出来事が私の運命を大きく変えることになるなんて。

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