でも、海賊なんですのよね?
海賊たちの隠れ家は、岩に隠れるような小さな砂浜に建っていました。
まるで掘っ立て小屋のような古びた物置のような外見。
ですが、岩場の洞窟をうまく使っていて中は意外と広くてきれいに掃除されていました。
カリカとスプの二人は、お父様とドゥナルさんの採ってきた魚と釣り具を片付けに行ってしまいました。
あとにはドゥナルさんとお父様、わたくしと一緒に来てくれたメイドの4人だけが残っています。
「ごめんね。遠いところに呼び出しちゃって」
勧められるままに、食堂?のような部屋でイスに座ったわたくしは、ドゥナルさんの淹れてくれたお茶を前に固まっていました。
ついてきてくれたメイドは、さすがに座るのは断って部屋の隅に立ってくれています。
万が一の時は彼女が戦ってくれることになっているのですが……どうも、そんな物騒なことにはならなそうですわ。
……それでいいのか悪いのか、わかりませんが。
一方、お父様は慣れた感じでお茶を飲んで、ふーっと一息ついています。
大きくあけられた窓からはさわやかな海風が入ってきます。
なんだか、思ったよりものんびりしたなごやかな雰囲気ですわ。
「グラーニャ。ところで、そっちの方は?」
お父様がメイドのほうを見ながら言いました。
「わたくしが一人でお父様のお迎えに行くことになったので、サイモン卿が旅に慣れたメイドさんをお貸しくださったのですわ」
元剣士、の部分はごまかしつつ説明すると、お父様はああ、と手を打ちました。
「サイモン卿か。そういえばお前、サイモン卿と婚約していたんじゃなかったのか?」
「今頃言い出しますの?」
どこまで暢気なんですのお父様は……。
ちょっとあきれつつ、わたくしは婚約破棄からのお姉様との再婚約までの話をかいつまんで説明しました。
「そうかー。それは大変な思いをさせてしまったなあ」
「させてしまったなあ、じゃありませんわ?!」
一時は、お母様の決めた婚約相手と海賊への嫁入りとどちらを選ぶか、あれだけ思い詰めていたというのに。
あまりにも暢気すぎますわ、このクソおやじ……もとい、我がお父様は。
「なんか……ごめんね」
お父様が飲み干したカップにお茶のおかわりを注ぎながら、ドゥナルさんが申し訳なさそうに言いました。
「いやいや、大丈夫!問題ないよー」
お父様は手を横に振りながら、少し慌てたように言いました。
「ワーリャ家の当主として、一度約束したことは必ず守る。君には娘を貰ってほしいんだよ」
「んーと……」
ドゥナルさんは困ったような、考えるように少し首をかしげました。
……なんですの?
なんなんですのその間は?
もしかして、命を助けたお礼には、わたくしじゃ不足、とでも言い出すつもりですの?
不安に思いながら見守っていると、ドゥナルさんはフッと笑って立ち上がりました。
「じゃあ、お昼ゴハンの支度してくるから」
「えっ?」
ドゥナルさんの言葉に耳を疑って、わたくしは思わず聞き返してしまいました。
なんでこのタイミングで?
っていうか、お昼ゴハンの支度?海賊の頭領が?
「あー、えっと。
カリカとスプって、料理苦手なんだよね。特に魚のやつ」
「え……」
どういうこと?と聞き返す間もなく、ドゥナルさんは立ち上がり、そのままあっさり、隣の部屋に行ってしまいました。
あとには、わたくしとお父様、メイドの3人だけが残されました。
しばし、無言。
お父様は紅茶を口にしてから、のんびりと言いました。
「あー、気を使わせちゃったなあ」
「飲んでる場合なんですの?!」
思わず大きな声でツッコんでから、隣の部屋に聞こえていないかをそっと伺い……幸い、なんの気配もしないのでホッと胸をなでおろしました。
……っていうか。
これは、アレじゃないんですの?
お父様があまりにも行き当たりばったりと言うか適当すぎて、呆れたんじゃないんですの?
いくらのんびりしているように見えても、相手は海賊。
機嫌を損ねたら、なにをされるかわかったもんじゃありませんわ。
「どうしてお父様はそんなにのんびりしてらっしゃるんですの?
海賊に捕まっていると思って、わたくしこれでも結構な覚悟をしてきたんです。
わたくしの婚約破棄────は、まだ会ったこともない相手だったので別にどうでもよいのですが────さすがにお姉様とお母様にはきちんと説明しないと納得していただけないと思いますわ」
「ふむ……」
お父様は自分で紅茶のおかわりを注いで、ゆっくりと冷ましながら口を開きました。
「夜の海はね」
お父様は紅茶の温度を確かめるようにそっとカップに口を近づけて、フーッと冷ましながら続けました。
「とても暗いんだ。海面は真っ暗で、波の音と風の音しか聞こえない。
夜の海に浮かぶたった一隻の船の上にいることは、恐ろしいほどに頼りなく不安定なんだ」
「……お父様?」
「そして海賊と言うのは、そんな夜の海から静かに現れる。
気が付いた時にはもう逃げ道を塞がれて、あとは奇跡を信じて無謀な戦いを挑むか命乞いをするしかない。
そんなときに────」
そっと紅茶を口に含むと、一口。
ゆっくりと飲み干してから、お父様は続けます。
「ちょうど、たまたま、彼の船が通りかかったんだ。
本当にただの偶然なんだ。でも、この偶然にはなにか運命があるんじゃないか。────そう信じたくなるくらい、私にとっては運命的な出会いだったんだ」
「…………」
「私はね」
カップをテーブルに戻しながら、お父様は言いました。
「マグレットにもグラーニャにも、いい相手を見つけてあげたかったんだ」
「いい相手……?」
「彼は────ドゥナルくんは、私を助けてくれただけじゃなく、壊れた船の修理や怪我をした船員の手当もしてくれた。
海賊だが決して悪い人間じゃない。
それどころか、自分が戦いに巻き込まれる危険を冒してまで、まさに殺されかけていた私を助けてくれた。
娘を嫁にやる、と口にしたのは、自分の命惜しさだけじゃない。きっとこの男ならば、娘を幸せにしてくれると思ったんだ」
「お父様……」
真面目な表情で語るお父様。
それを見ながら、わたくしは言いました。
「……とっさに口走ってしまった約束を、なんかいい話にして誤魔化そうとしてません?」
「え?や、そんなことはないよ?ほんとだよ?」
「思いっきり目が泳いでますわ?!」
明後日の方向を見ながら、さっき冷ましたはずのお茶を口にするお父様。
まったく、この人は……。
けれども。
……確かに、ドゥナルさんにはお父様が危ないところを助けてもらったのだし、少なくとも悪い人間ではないのかもしれません。
それは、わたくしが出会ったときの印象からも理解できます。
迎えに来た二人だって、極悪人、という雰囲気はまったく感じられませんでした。
お父様と二人、暢気に釣りをするくらいだから、よほど気も合うのでしょう。
しかし……。
「でも、海賊なんですのよね?」
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