お父様が暢気すぎますわ
港町を出たあと、海岸沿いの道へ。
岩場の間をぬうように細い道が続いていて、大きな石がゴロゴロ転がっています。
カリカとスプの二人は、慣れた様子でどんどん歩いて行ってしまいます。遅れないようにわたくしも必死で後を追いました。
時間さえあれば、このような面白そうな道、ゆっくりと散策してみたいものです。
見慣れぬ虫のような生き物。打ち上げられている不思議な海藻のようなもの。
岩場の合間に見える海には、まるで絵物語にでも出てきそうな奇妙な形の岩がいくつも突き出ていて、荒々しく波が打ち付けています。
こんな景色、お屋敷にいたら絶対に目にすることはできませんでしたわ。
「足元悪いけど、大丈夫ッスか?」
ふと立ち止まったカリカが、振り返って言いました。
気を使ってくれたのでしょうか。
「お構いなく。旅に向いた軽い靴を選んで履いてきておりますので問題ありませんわ」
わたくしの返事に、カリカはおーっ!とはしゃぎました。
……なぜいちいち、はしゃぐんですの?
「お嬢様すげーッス!さすが、なんでも持ってるんスね!」
「なんでも持っているわけではありませんが……」
戸惑いながら答えると、スプがつまらなそうに言いました。
「お嬢様がすごいのはなんでも持ってるだけじゃなくて、なんでも知ってるからだろ」
「なんでも知っているわけではありませんが……」
わたくしが答えると、スプは意外そうな顔をしました。
「貴族のお嬢様って、なんかすごい人だってお頭が言ってたけど……」
「わたくしは、別にすごくなんてありませんわ」
この二人の中で貴族令嬢はどういう扱いなのでしょうか。
わたくしは、令嬢としてはどちらかといえば出来損ないなほうなのですが、それを言ったら二人を失望させてしまうのかしら。
「あれだよスプ!謙遜ってやつだよ、オレ知ってる!」
「うるさい。ドヤ顔すんな」
舌打ちして、スプはまた歩き出しました。
笑いながらカリカもついていきます。
……海賊っていうから、もう少し怖い人たちかと思っていたけれど、この二人はずいぶんと雰囲気が違うみたいです。
まあ、これから行くという海賊の隠れ家に行けば、その印象は変わるのかもしれませんが……。
そして。
岩場の間に隠れるように、小さな砂浜が見えてきました。
きっと、地元の人間でも知っている者は少ないだろう場所。海からも見えないような、まさに隠れ家と呼ぶにふさわしい場所です。
その奥に、そこに粗末だけれどもしっかりした造りの小屋が建っています。
あれが海賊たちのお家でしょうか。
あそこにお父様が……?
改めて、気を引き締めます。
見知らぬ土地の珍しさに目を奪われているわけにはいきません。
わたくしは、海賊の花嫁になるために来たのです。
あの小屋で海賊にとらわれているお父様を、一刻も早くお救いしなくては。
あそこでお辛い目にあっているのでしょうか。どうにかして無事に解放してもらわなくては────
「お?グラーニャじゃないか」
聞き覚えのある声に、振り向くと。
「お父様?!」
背後の岩場の上に、釣り竿を手にしたお父様。ずいぶんとラフな格好で、魚の入った篭を手に持っています。
と、見知らぬ男性。
「お前が迎えに来てくれたのか。てっきりマグレットが来るかと思っていたんだがなあ。はっはっは」
「なんでそんなのんびり休日満喫するぞー、みたいな格好してらっしゃるんですの?!」
「いやだってさー、天気もよかったし、釣り竿あったし。そしたら釣りしたくなるじゃないか」
「よくわかりませんわ?!」
わたくしは軽くめまいを覚えて、思わずふらつきそうになるのをこらえていました。
捕らわれていたはずの人が、なんで暢気に釣りしてるんですの?
「あ、そうだ。紹介するよ。この人が私を助けてくれたドゥナルくんだ」
「くん?!」
ずいぶんと親しげな呼び方じゃありませんか?
ドゥナル、と紹介された男の方は────同じように手に釣り竿を持ったまま、にこやかに笑いかけてきました。
「やー……よろしく」
髪はちょっとボサボサで、白い上着が海辺に似合う感じの、どちらかというと優しい感じの風貌。少し年上なのか、ずいぶんと落ち着いた雰囲気です。
「お頭ー!ちゃんとお迎え行ってこれたッスよー」
「街はずれから往復しただけじゃねえか」
カリカが嬉しそうに岩場を駆け登っていきます。スプもその後からゆっくりと登っていきました。
「うん、えらいえらい」
まるで子犬でも扱うように、カリカの頭をなでるドゥナルさん。
年はそんなに変わらないように見えるんですが……。
この人がお父様を捕らえている海賊の頭領、なんですの?
……なんだか思ったよりも怖くないというか、普通の人というか。
迎えに来たカリカとスプも、あまり怖い感じはしませんでしたし……海賊というのは皆こんな感じなのでしょうか?
そして、ドゥナル────さん、とお呼びすべきでしょうか。お父様と一緒にゆっくりと岩場を下りてき────
「ちょっ?!」
「お頭?!」
足を滑らせ、そのままズダダダっと転げ落ちるドゥナルさん。
とっさに駆け寄ったわたくしは────間に合わず、下まで転がり落ちたドゥナルさんはしたたかにお尻を打ってしまいました。
「だ、大丈夫ですの……?」
心配して手を差し伸べると、ドゥナルさんは小さく手を振って断り、ゆっくりと立ち上がりました。
「うん。……ありがと」
そう言うと、ドゥナルさんは手についた砂を服の裾で払いました。
────もしかして、わたくしの手が汚れるのを気にした、とか?
さすがに考えすぎでしょうか。
カリカとスプの二人も、飛び降りるようにドゥナルさんのそばへ。お父様も心配そうに岩場を下りはじめました。
「大丈夫かい、ドゥナルくん────うわっ?!」
言うなり、お父様も同じ場所で足を滑らせました。
そして────そのままドゥナルさんの上に転がり落ちてきました。
「ちょっ……なにやってますの?!」
馬乗りになっているお父様を慌てて引っ張り起こし、横に押しのけ、下敷きになってしまったドゥナルさんを助け起こします。
あわわわ
あばばば────!
いくら、こんなのんびりした雰囲気の人でも海賊、それも頭領を下敷きにするなんて。
この場でわたくし共々ぶっ殺されても文句は言えませんでしてよ?!
「お、お怪我はありませんか?」
心配、というよりも恐る恐る、わたくしは尋ねました。
……もしこれで怒らせてしまっていたら、どうしましょう。
いざとなったら、相手の持っている武器を奪ってわたくしが大暴れして、その隙にメイドにお父様を逃がしてもらって────
って、よく見たらドゥナルさんも、カリカとスプの二人も、武器らしいものは持っていません。
なんで丸腰?!それでも海賊なんですの?!
「大丈夫。ちょっとびっくりしたけど」
わたくしの手につかまって立ち上がりながら、ドゥナルさんはあっけらかんと笑いました。
思ったよりも、その……優しそうな笑顔に、わたくしは。
────この人本当に海賊のお頭なのかしら、と。
人は見た目によらない、ということなのでしょうか。
「あはは。ワーリャさんは怪我はない?ここ、いつも滑るんだよね」
「ああ、大丈夫だよ。無事でよかった」
立ち上がるお父様に安堵しながら、わたくしはホッとため息をつきました。
「それよりさ」
落ちていた魚の籠を拾いながら、ドゥナルさんが言いました。
「長旅で疲れたでしょ。
────まずは、お茶にしようよ」
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