こっちが真のハッピーエンドルートですわ
すぅーーーっ
はぁーーーっ
とりあえず深呼吸ですわ。
こういうときこそ、慌てず騒がず。心を落ち着けることで冷静で的確な判断ができるのですわ。
お父様は今、海賊に捕らえられている。
……いや捕らえられてはいないかもしれませんが、このまま手ぶらで帰ってこられないのですから同じこと。
まあ、襲ってきた海賊に捕まったわけではないのは救いですが。
それにしても、通りかかった船に助けを求めたらそっちも海賊だった、なんて……
なんてお間抜けすぎ……いえ、不運にもほどがありますわ。
それはさておき。
問題は、お父様が海賊と交わしてしまった約束ですわ。
『助けてくれるなら娘を嫁に────』
まったく……わが父ながらあきれ果てるばかりですわ。
いくら命の危機だったからとはいえ、勝手に娘の嫁入りを約束してしまうなんて。
助けてくれた海賊がどのような人物かは知りませんが、きっと大喜びだったと思いますわ。
没落しつつあるとはいえワーリャ家は大貴族。その令嬢との婚姻なんて、それにふさわしい、釣り合うだけの身分がなければ夢見ることすらできないほどの幸運なんですもの。
そして、お父様は海賊に助けてもらった。
当然、相手は約束の報酬を要求するでしょう。
お姉様かわたくしが、海賊の嫁に……?
いくらなんでも、無茶苦茶ですわ。
「なにかお礼の品を渡して、それで納得してもらう、というのは駄目なんですの?」
わたくしがつぶやくと、お母様は静かに首を横に振りました。
「残念ながら我が家には、今まとまったお金はまったくありません」
悲しそうに目を閉じるお母様。
うかつに口に出してしまったことを、わたくしは後悔しました。
「お父様が、取引のためお金に換えられるものはほとんど手放してしまいました。残っているもので最も価値があるのは、ワーリャ家の娘たち、つまりあなたたちだけなのです」
わたくしはなにも言えず、またうつむきました。
……もし。
お礼の品も用意できず、娘を嫁にやる話もナシ、ということになったら。
海賊はきっと怒り出して、お父様をひどい目に合わせるかもしれません。
それどころか、最悪の場合……。
湧いてきた恐ろしい想像に、わたくしは頭を振りました。
それだけは、絶対に避けなくては。
「グラーニャ」
お姉様が、優しい声でわたくしの名を呼びました。
考え事の最中だったわたくしは返事が一瞬遅れてしまい、勢いよくお姉様のほうを振り向く形になってしまいました。
お姉様は、くすっと笑いました。
「あなたは昔から、なにをやらせてもダメな子だったわね」
「お姉様……?」
「それでも、わたくしはあなたのことを、ワーリャ家にふさわしい気高さを持っていると信じているわ」
お姉様、突然なにを言い出すの?
わたくしが戸惑っていると、お姉様は優しく笑いました。
「いいことグラーニャ。あなたも貴族令嬢なのだから、常に気高くありなさい。何者にも屈しない気高さこそが、誇りが、あなたを強くする。
歴史あるニー・ワーリャ家を背負って立つのなら、それを忘れてはいけないわ」
「ちょ、ちょっとお待ちになってお姉様!……さっきからなにを言っているんですの?」
「あら、当然でしょう?」
ふっ、と、お姉様は遠くを見るような目をしました。
「グラーニャ、あなたには婚約者がいる。
いくら海賊の嫁になりたくないからと言って、わたしがそれを破棄しろ、だなんて言えないわ」
「で、でも……!」
「わたくしはお父様を守る、あなたはワーリャ家を守る。それですべて解決するわ」
「ま、待ってくださいお姉様!」
思わず大きな声をだしてしまいました。
悠長に悩んでいる場合ではありませんでしたわ。
お姉様は早くも覚悟を決めてらっしゃったというのに、わたくしはずっと自分のことばかり。
───自分がハッピーエンドに到達できるかどうか、そればかりを考えておりましたわ。
「自己犠牲の精神こそ、気高さの証。
気高さとは、行いや周囲からの評価ではなく、自らの魂で決まるもの。
確かにお父様も、そうおっしゃっていましたわ」
こういう時こそ、お姉様の身代わりになるべき。
それがわたくしにできる精一杯ではありませんか。
今、このまま黙っていたら、わたくしではなくお姉様が海賊のお嫁に行くことになってしまいますわ。
それは果たして、お家のために良いことなのでしょうか。
それはわたくしにとって、ハッピーエンドへの道なのでしょうか。
否!
断じて否ですわ!
「海賊の嫁入りは、わたくしがまいります」
気が付いたら、わたくしは言葉にしていました。
────そうですわ。
普通に考えれば婚約者のいないお姉様が嫁入りする羽目になるべきところを、あえて自ら名乗り出る……
一見、海賊に嫁入りするなどというどこからどう見てもバッドエンドな選択こそ、お姉様のため、ワーリャ家のために自ら犠牲になることを選ぶ真のハッピーエンドですわ!
「本気で言っているの?」
お姉様は、落ち着いた声で言いました。
わたくしは、拳を握り締めて答えました。
「もちろんですわお姉様!」
「海賊に嫁入りするなんて、とんでもなく恐ろしい目にあうかも知れないのよ?」
「クソ度胸ですわ!」
わたくしの言葉に、お姉様は小さくため息をつきました。
「そんなことを言って、婚約はどうするつもりなの?
勢いだけで物事を決めるわけにはいかないのよ?」
「そっ……それは……」
痛いところを突かれてしまいましたわ。
「でも、ワーリャ家を守ってゆくのはお姉様をおいてほかには考えられません。
婚約の件だけ、どうにかできれば……」
そう、あとに残った問題はそこだけですわ。
そこだけどうにかできれば。
────しかし、一体どうすれば……。
「わかりました」
お母様が、突然立ち上がって言いました。
「グラーニャ。あなたの覚悟、わかりました。
────後のことはすべて私に任せなさい」
「えっ?お母様?」
お母様は手を叩いて使用人を呼びつけると、一言二言告げました。
部屋を出ていった使用人はすぐになにかの書類を手に戻ってきました。
「こんなこともあろうかと、サイモン卿との婚約の書類を待っておいてよかった。
あなたの婚約を白紙に戻し、代わりにマグレットとの婚約を進めることにします」
「えっ?……え?」
突然のことに二の句を継げずにいると、今度はお姉様がわたくしの両手を取って言いました。
「素晴らしいわグラーニャ!
ニー・ワーリャ家を守るために海賊に嫁ぐなんて……とても勇気のいる決断だと思うわ」
目を潤ませながらお姉様は言いました。
「大丈夫。あなたの犠牲は決して無駄にはしないわ。
私、サイモン卿と幸せになるから!」
え?あれ?そういう話だったのです?
話の急展開に頭がついていきませんわ?
「どうしたの?あなたが言い出したことでしょう?」
「それは……そうなのですが……」
お母様はサラサラと書類にサインをして使用人に渡し、使用人はそれをもって部屋を出て行ってしまいました。
……なんですのこの段取りの良さは?!
まるであらかじめ用意されていたかのような……さすがにそれは考えすぎ、なのでしょうか?
「あーよかった。これで一安心だわ。グラーニャ、お父様のお迎えよろしくね」
お姉様は大きく伸びをしながらそれだけ言って、お母様と一緒に大広間を出て行ってしまいました。
あとに、わたくしだけポツンと残されました。
「……えっ?なんですのこれ?」
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