「海賊の花嫁」──貴族令嬢ですが海賊に嫁入りしても幸せになれますか?──
鵜久森ざっぱ
選択肢は苦手ですわ
この『選択』は────
『ハッピーエンドルート』に進むには……
どう答えるのが『正解』なんですの────?!
お屋敷の大広間は、いつになく静まり返っておりました。
普段ならばお客様をお迎えしてパーティーをしたり、その間を使用人たちが忙しく行きかう場所だというのに、この場にはお母様とお姉様、そしてわたくしの3人だけ。
ニー・ワーリャ家の威勢と伝統に相応しい豪華な装飾も、今日は重たく感じてしまいます。
「マグレット。グラーニャ」
いつになく真剣な面持ちで、お母様が言いました。
「今、この場で。
決めなくてはなりません。
────あなたたちのどちらが、海賊の花嫁になるのか」
いつも凛とした佇まいを決して崩さないお母様。その声が、とても冷たく、厳しく感じられます。
わたくしは緊張感に耐えられず、ただうつむいて床の模様を目でなぞることしかできませんでした。
南北を大陸にはさまれた、無数の島が浮かぶ内海。
その中で最も大きな島を領有するのが、我がニー・ワーリャ家です。
ワーリャ家は代々交易で財を成してきた家で、最も勢いのあったころは北の大陸にも港を持っていたそうです。
ところがここ近年、急に拡大してきた、複数の商業都市国家が集まって構成されている『商業国家群』という勢力に押されて、だんだんと交易路や取引先が減ってしまいました。
お父様もどうにか挽回するためにいろいろと頑張っておられたのですが、なかなか流れは変えることはできません。
大勢いた使用人もだんだんと数を減らし、領民の中には「このままワーリャ家は没落するのではないか」などと根も葉もない噂をする者もいるとか。
最近ではお父様は、自ら商船に乗り込んで取引に向かうようになりました。
家に残ったお母様とお姉様、そしてわたくしは、お父様の取引の成功を祈りながら、つつましく暮らしていたのです。
そんな折に、お屋敷にそれが届けられたのです。
────航海中の、お父様からの手紙でした。
取引を終えたお父様は、ワーリャ家領内の港に向かっていました。
次の日には到着するという夜、突然海賊の襲撃を受けたのだそうです。
慌てたお父様は、近くを通りかかった船に助けを求めました。
ところが────。
それは、別の海賊の船でした。
「運がないにも程があるでしょうが」
手紙を読み上げながら、ため息交じりにお母様が言ったことを思い出します。
────問題は、そのあと。
手紙には、こう書かれておりました。
「助けてくれるなら、娘を嫁にやる」
お父様は海賊にそう頼み込んだそうです。
そしてその海賊はお父様の船を守って、襲ってきた敵の海賊を追い払ってくれたのだそうです。
「バカなんじゃないのバカなんじゃないのバカなんじゃないの」
手紙を持ったお母様の手が震えていました。
「他の貴族か可能なら王家に嫁がせようと今まで大切に育ててきた娘を!海賊の嫁にやるですって?!命が危なかったのは分かるけれど言っていいことと悪いことがあるでしょうが!」
そう叫んだあと、お母様はがっくりと肩を落としました。
わたくしもお姉様も、固まったままそれを見ていました。
困りましたわ。
というのも、どちらが海賊の花嫁になるかは、すでに決まっているようなものなのです。
実は、わたくしにはすでに婚約者がいるのです。
といってもお母様が決めた相手で、まだ会ったこともないのですが。
確か、お名前は……ランバート・サイモン卿。
なんでも最近我が家に出入りするようになった若手の商人で、なかなかのやり手だそうです。
一方、お姉様にはまだ決まった相手はいません。
もちろん、お美しいお姉様に求婚するものは大勢いました。しかしお姉様は、相手の身分、家格、資産を問題にしてすべて断ってしまいました。
それも当然ですわ。
お姉様は、ワーリャ家の将来を受け継いでいく立場なんですもの。
お姉様と結婚するということは、いずれ婿養子としてワーリャ家を支えていくということ。そんじょそこらの相手にホイホイ嫁ぐわけにはいかないのです。
けれど、今この状況ではそれが裏目に出てしまいます。
つまり。
このままだと、海賊の嫁に行くのは婚約者のいないお姉様、ということになってしまうのです。
「マグレット」
「……はい、お母様」
少し落ち着いたのか、お母様は静かな声で言いました。
お姉様は、お母様の手を取って答えました。
「あなたは私の自慢の娘。
いずれは、王族かせめて身分の良い貴族の御曹司に嫁がせようと思っていたのに、こんなことになるなんて……」
「お母様……」
お姉様は目を潤ませながら、お母様を見つめています。
お母様は、深くため息をつきました。
「もしマグレットが海賊に取られてしまったら、この家はおしまいだわ」
「こんなことになるなんて……」
そっと涙をぬぐうお姉様。
お母様は、今度はわたくしの方を向いて言いました。
「グラーニャ」
「はっはい!」
「あなたは……なにをやらせてもグズでトロくてダメな娘だったけれど」
「ちょ?!」
いやまあ事実ですけれども。
貴族令嬢として、必要な教養もお作法もすべて完ぺきなお姉様と違って、わたくしは礼儀作法も学問も絵画も音楽もまるっきりダメダメでした。唯一褒められたのが護身術と銃の取り扱いという、およそ令嬢らしくないものばかり。
おかげで、いつもお姉様と比較されてお母様には叱られてばかりでしたわ。
「せめてあなたには不自由なく暮らせるようにと、適当に……じゃなかった、良い相手を探してきたつもりでした」
「今適当にって言いませんでした!?」
「こうなってしまっては仕方がないわ。グラーニャにワーリャ家を守ってもらうしかありません」
「……えっ?」
いやいや。
いやいやいやいやいやいや。
「そうね。お父様を海賊からお救いするためには、そうするしかないわ」
「ちょっと!お姉様まで……!」
ちょっと二人とも待ってくださいまし!
わたくしには、ワーリャ家を守って行くなんてとてもできませんわ。
そんな大任、わたくしには重すぎます。
それくらいならば、お姉様の身代わりになってわたくしがお父様をお迎えに行った方がよいのでは……?
そう言いかけて、はたと気づきました。
そうなると、わたくしの婚約は破棄することになってしまいます。
お相手の方もそうですが、お母様が決めてくださった婚約を自分から破棄するなんて、そんな恐れ多い真似はできません。
それよりも、自分から余計なことを言い出さず、おとなしくお母様とお姉様の言うことに素直に従っていた方がいいのでは……?
そう。
今までだって、わたくしはお母様の言うことにしたがってきました。
それが、正しい道。
わたくしがハッピーエンドに到達できる、幸せに暮らせるただ一つの道。
……そう思っておりましたのに。
ここで!
まさかこんなイベントが発生するなんてッ!
いったいどうすればいいんですの?
このまま黙ってお姉様を海賊の花嫁に送り出すのは、自分の身かわいさにお姉様を見殺しにするようなものでは……?
それとも、お母様やお相手の方のメンツをつぶしてまで、自分の婚約を破棄してまで身代わりを名乗り出る……?
この『選択』。
わたくしはどう答えるべきなんですの────?!
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