悪女を導き案内人、ざまぁ無双と参りましょう!
Haika(ハイカ)
プロローグ
「貴様には失望したよ――。よって、本日をもって婚約の破棄を宣言する!」
「なっ… どうして。私が一体、何をしたというのですか!?」
「とぼけるな! ここにいる公爵令嬢から話は聞いている! 彼女の腕や膝にできたこのアザは、貴様が付けたそうだな!?」
「つけていません! そもそも、私がやったという証拠が、どこにあるのですか!?」
「彼女は公爵家の娘だぞ! しかも、父親は城下町で多くの患者を救った開業医なのだ! 医者の娘が言うのだから間違いない。いい加減に観念するのだな、この“悪女”め!」
「そんな!!」
なんて、突然そんな悲しい展開から物語が始まるのが、悪役令嬢もののお約束。
しかも大抵は、男の方から破棄を言い渡し、その腕には別の女が不安そうに――だけど悪女認定された相手にだけは、あからさまに
という最早お馴染みの光景だが、破棄を言い渡された側からすれば、溜まったものじゃないだろう。
しかもその世界線や時代背景、法整備によっては、更に悲惨な運命が待ち構えているのだ。
「ふむ。一度婚約を受けた女が、破棄を言い渡されるとは、わが宗教団体にとって最も起きてはならない『悪行』の1つ。その者についた、悪を取り祓わなくてはならない。我が国の女性というのは、結婚するその時まで、魂も純潔でなくてはならない決まりだ」
と、男の親族であろう高価な背広を着た老父が、杖をもって弁論する。
つまり、このままだと自分は…
「ま、待ってください…! 私は、神に誓って本当に暴力など犯していません!! どうか、どうかご慈悲を!!」
と、大粒の涙を流しながら膝をつき、祈りを捧げる。
だが、周囲の視線はとても冷たかった。破棄を言い渡した男性も、悪魔を見下ろす様な目で見つめながら、こういった。
「もう、貴様の顔など見たくもない。私からの婚約破棄を、今更取り消すつもりはない。私はこちらの公爵令嬢を、我が人生の伴侶とする。というわけで宰相… いえ、父上」
「ふむ。よかろう。皆のもの! この女を異端審問にかけ、処刑台へ運ぶのだ。すぐに悪を焼き払う儀式の準備を」
「「仰せのままに!」」
「そんな! いや…! はなして…! まだ死にたくない…!! 私は無実よ…!!」
という嘆きや抵抗もむなしく、彼女は屈強な男数人に両腕を掴まれ、そのまま別室へ連行された。
異端審問というものが何なのか。察しの良い者からすれば、このあと彼女が処刑を前に男達から何をされるのか、想像に難くはないだろう。
実に、呆気ない末路であった。
その姿が見えなくなるまで、悪女の嗚咽と抵抗を静かに眺めていた公爵令嬢が、陰で汚らしい笑みを浮かべていたのは、言うまでもない。
――という、悪役令嬢ものの冒頭を視聴してすぐ、その浮遊したスクリーンは消滅した。
「はぁ。まったく、どこまでも腐った根性した奴ばっか」
少女、ベリアはそう独り言を呟き、スクリーンがあった方向から背を向ける。
先のシーンを視聴するため、スクリーンを魔法で発現させていたのは、この少女であった。
歳は、10代半ばほどのルックスか。
長い外跳ねの茶髪に、ピンクと水色のグラデーションがかかった瞳、そして白いパーカーにホットパンツという現代的な格好をした小柄な彼女は、ずっとその真っ白で何もない世界に住んでいる。
片手には板材のバインダーを持ち、そこに挟まれているA4サイズ程の紙に目を通しながら、この真っ白な世界をゆっくりと歩き始めた。
「女性が
悪の根源の暴走によって、数百年前に起きた悲劇が、また繰り返されているという訳か… 本当に、
そうブツブツと呟きながら歩くベリアの両端に、次々と別の様子を写した浮遊スクリーンが生み出される。
それらに映る光景は、どれも悲惨なものであった。
ある者は城を追い出され、獣に食い殺され、またある者は女王の怠慢によって、疫病死を遂げた。
さらに、夫の不倫相手に刺殺された者、監禁先で自殺を図った者、集団強姦の被害に遭った者、娘を死なせ逮捕された者、そして武装集団に暗殺された者――。
その被害者の全員が「女性」という、救いようのない結末の数々。
ベリアはやがて、ある地点でその足を止めた。
少女の目の前に映るは、これまた別の浮遊した巨大スクリーン。しかし、その映像だけは明らかに異様な空気を放っていた。
それは、魔王が統治する「地獄」の映像。
ヘドロの様に血生臭く、薄暗い場所。
遠景では無数の死者が、まるでホコリの様に空から無数に降り注ぎ、また別の遠方からは数多の悲鳴が鳴り響いた。空は、不気味な赤紫色を映し出す。
『うぅ… うぅ…』
数ある小さな悲鳴の中に、女性のすすり泣く声だけが、鮮明に響いた。
それはまるで、この地獄を、ただ見ている事しか出来ない絶望に苛まれているかのよう。
玉座は、その地獄世界の“中心”にある。
玉座に君臨するは、竜の翼を持った鬼の巨人であった――。
「…」
その映像を、ベリアは
その瞳には、これといった感情は読み取れない。まるで、全てを悟っているかのよう。
「案内に戻るか。また誰かの悲しい運命を変えないと」
ベリアは気を取り直したのか、そういって再び溜め息をつく。
そして目の前にあったスクリーンがフェードアウトすると、少女は再び前へと歩き出し、バインダーに目を通しながらこう呟いたのであった。
「魔王、ルシフェル。女神リリスに対するその異常なまでの憎悪、私が絶対に潰してやる」
(第1章へつづく)
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