ソウちゃん、女の醜さと黒幕の正体を知る。

 「ねぇ知ってる? あの人、侯爵家のシェリーメイ卿に対し、稽古が辛いからといって癇癪かんしゃくを起こし、食器が割れるほど大暴れしたそうよ」

「あらまぁ! 見かけによらず、なんて品のない事を!」

「いい? ここは話しかけられても無視よ。あんなのと同じ類だと思われないように」


 なんてコンサバトリーに入って早々、ソウちゃんに対する陰口を叩く女性たち。


 ソウちゃんはこの程度のこと、さほど気にする事なくお茶会に参加した。

 あくまで貴族社会に従っているだけで、全ては願いを叶える権利を得るための参加だ。じきにこの世界とはオサラバするのだから、別に仲良くしようとは思っていない。なんて思惑は、間違っても読まれない様に冷静に振る舞う。

 だが、


「あらまぁ! よくもそんな厚顔こうがん無恥むちで、お茶会に参加できるわね。あなた」


 背後から、また別の女声が響く。

 ソウちゃんは椅子に腰かける前に振り向いた。そこにいたのは、これまた初めて見かけるドレス姿の金髪美女だが、歳はソウちゃんと同じくらいだろうか?

 その女性は手持ちの羽扇子を煽ぎながら、ソウちゃんを蔑むような目で見つめていた。


「まさか、また今日も花嫁修業が面倒臭いからって、適当な理由でもつけてサボってきたのかしら? ハッキリいって迷惑なのよ。あなたという女がこの場にいるだけで、ここにいる貴族の価値が下がったら一体、どう責任を取るつもりかしら?」


 と、出会い頭かなりの物言いである。女性の言い分はまだ続いた。


「あなたは父を怒らせた。あなたがシェリーメイ家にしてきた事は、令嬢であるこのわたくしヌールの顔に泥を塗ったのも同然! なのに、この期に及んでまだ『それでも私はやっていない』などと言い訳をするつもりなら、こちらにだって考えがあるわ」


 ――!!


 読めた。ソウちゃんは息を呑んだ。

 その目の前にいる女性ヌールが、さきほどコンサバトリーで噂に出ていた「ソーニアが癇癪を起こした出先の家の令嬢」である事は間違いないとして、ここは魔法の力で、相手の心を読んだのである。



 ――ふん。そんなのはどうせ「ウソ」だけどね。みんな、この女より格上である侯爵家の令嬢、この私ヌールの言い分を信じてくださるもの。実に滑稽こっけいね。

 父は遠出で暫く帰ってこないし、このウソが暴かれる事もないでしょう。あのスルマーン様に会わせてくれるなんて条件と報酬の為なら、幾らでもこの女を追い詰めてみせるわ!



 ソウちゃんは陰でほくそ笑んだ。

 自分が思っていたよりも早く、物語をざまぁ展開にもっていけそうだと思ったからだ。


 ――ベリアがいっていた1人目の悪党は、たぶんコイツだな。みーっけ。


 と、安堵した。だが、まだ気を抜くわけにはいかない。

 真のハピエンを迎えるためには、あと“もう1人”、悪党と思しき人物をあぶり出さなくてはならないのである。ソウちゃんはヌールを見据える様にこう質問した。


「それ、誰の差し金だよ?」

「!?」

「俺を… ゴホン! 私をそうやって追い詰める事で、見返りがあるからとしか思えないんだけど。どうせあれだろ? 裏で『男』が絡んでるんだろ?」

「なっ…!」


 ヌールは害虫でも見たかのように、青ざめた表情で後退した。

 すると、その様子を近くで見ていたほか女性達も、揃えてソウちゃんから離れたのだ。


「まぁ! なんてはしたない言葉遣いを!」

「やはり、『稀代の悪女』という噂は本当だったのね!?」

「嗚呼、嫌だ嫌だ! 早くこの事をお母様たちに伝え、今後のお茶会の方針を変えてもらうよう説得しなきゃ!」

 なんて騒いでいるが、ソウちゃんはそんなただの腰巾着達の事など、気にも留めない。


 すると、歯痒い表情で睨むヌールの目から、更にこんな心の声が読み取れた。



 ――この女、私に前金をくれた人物の正体に気づいている!? いや、ありえない。どうせそうやって適当に当てたつもりになって、私を動揺させる魂胆に決まっているわ。まさか自分が信用している実の母親が、男児が埋めなかった腹いせに娘を追い出す理由が欲しいと私に頼んできただなんて、きっと微塵にも思っていないでしょうから。


 ――て、うっわマジかよ!? まさか、この体の主に悪い噂が立っている原因って、全て母親が仕向けた罠だというのか? まだ俺がこの体に転生してから会った事はないけど、もし本当なら、そいつがもう1人の「悪党」かもしれない。あとで心を読んでみよう。



 衝撃の事実であった。

 表ではどんなに上手い嘘をついた所で、心は正直である。その事を表すかのように、ヌールはすぐに平静を装った。


「へぇ? あなたに、そんな思い込みの激しい一面があったとはね。実に面白いわ。その世間知らずな頭が、一体いつまで余裕ぶっていられるのかしらねぇ?」

 と、口では含みを持たせ、邪悪な笑みを浮かべている。その胸中は、


 ――あーあ、もう許さないわよ。いつまでも言葉で屈しないのなら、体で分からせるまで。その辺の小汚い男数人雇って、この女を襲わせることに決めたわ。力では男に勝てない現実を、思い知らせてやらないとね!


 ――!?


 ――さてと。確かこの女が次に1人になる瞬間が、来週控えている発表会の合間の休憩時だったかしら。その時に教官から移動させられるよう、こちらで先手を打つとするわ。うふふ。初物を奪われちゃ、婚約破棄は免れないでしょうし、これでスルマーン様は私のもの!


 このヌールという令嬢は、裏でとんでもなく醜い事を企てるものだ。

 ソウちゃんは思った。だが、一度相手のそんな意図が読み取れれば、あとは当の悲劇を避けるべく策を打つまで。ソウちゃんは気を取り直し、こう切り返した。


「質問の答えになっていないんだけど?」


 するとヌールは不貞腐れた様に踵を返し、

「フン、あなたに答える義理なんてありません。分からず屋には何を言っても無駄だもの。

 はぁー。こんな空間では、美味しくお茶を飲む事もできない。興がそびれたわ。他の参加者には悪いけど、私はお先に失礼させて頂くわね。では、ごきげんよう」

 といい、コンサバトリーを去っていったのである。


「…私達も帰りましょうか」

「えぇ、そうしましょう。まったく、一体誰のせいかしらね?」

「ねー」


 といい、ヌールとの口論を見ていた女性達も次々と立ちあがり、去っていく。

 まるで… いや、完全にソウちゃんのせいでお茶会が中止になったとでも言わんばかり、ヒソヒソ話が聞こえながらの、実に後味が悪い解散であった。




「ソーニア様。さきほど、塾から新たに届けられた教材です。こちら、来週中に提出するよう仰せつかっております」

 帰りの馬車に乗った早々、同乗の侍女から本を1冊手渡された。

 近くに学習塾があり、先程のコンサバトリーではその生徒である女性達が、休憩がてらお茶をたしなんでいたという経緯である。


「塾の時に渡さなかったのは、何故?」

 と、ソウちゃんが訊く。

「そちらの書物は見ての通り、悪魔学にまつわる資料です。ですので、恐らくですが異なる信仰を持つ生徒の前では晒さないよう、配慮しているものと思われます」

「へぇ。なんでまた悪魔学だなんて物騒なものを?」

「さぁ。詳しい経緯は当日、先生に直接尋ねた方が宜しいかと…」


 なんて自信なさげにいう侍女に対し、ソウちゃんは「じゃあ結局はそれまで課題を進めろって事か」と眉をしかめるが、今はそんな勉学について細かい事を気にしても仕方がない。


(つづく)

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