クリシーヌ、夫と前世の彼氏を生き地獄に課す。
「一体どこへ逃げたんだ。早く連れ戻さないと、僕の
アレクがクリシーヌの脱走に気づいたのは、すぐあと。
メイドが無音状態になった地下牢の様子を不審に思い、中を確認したところ判明。当然、アレクは自分にとって不都合な相手を放置するはずがなく、捜索に回っていた。が、
「保安協会だ。ただちに、貴殿の家宅捜査を行う」
あれから、エリスが自分の父にクリシーヌの件を説明し、事態を重くみた父とその知人達が行動を起こした。とても迅速な対応であった。
どうやら父の知人の中に「凄い人」がいるらしい。その人は公平主義者で、普段はエリスのストーカー被害含め、個人の問題には手を貸さないそうだが、今回は特別とのこと。
アレクにとっては、まさか数日後に家宅捜査をされるなど、思ってもみなかった事だろう。彼は酷く慌てふためいていた。
「なっ… なぜ突然、保安協会が!? 一体、何なのですか! 事前の許可なく貴族邸の家宅捜査など、あなた達保安官にできるはずが…!」
「いいや、これはドルイド
「な、なんだってー!?」
こうしてアレクやメイド数人が逃げないよう巡査たちが押さえつけている間、残りが屋内をくまなく調べた結果はクロ。
法律上、国家公認による特別な資格を持たない者の牢獄所持は違法だとして、アレクは逮捕される事となった。
また、一室からは幻覚作用のある薬草も見つかった。
主にメイド長が、部下に癒しの効果があると嘘の理由をつけて吸引させ、アレクと共に洗脳させた疑いがもたれている。
「ああ、なんて恐ろしいお方ですの。愚弄、貴族の恥晒しですわ!」
なんて、街ではあっという間にこの事が噂となり、人々を震撼させた。
もっともあの日、ワープ魔法で走り回っていたクリシーヌがその逮捕された男の妻本人だとは、結婚初日という事もあり誰一人気づいていないが。
「我々には良い顔をしておいて、見事に裏切られた気分だよ。この国では、以前から謎の女性失踪事件が発生しているが、もしかしたら犯人はあの男かもしれないな」
「なるほど。だからあのお堅い事で有名な近衛騎士殿も動いたのですね。あの逮捕された男と政略結婚をさせられた婦人や、そのご両親の事を思うと、いたたまれません」
と、老若男女問わず噂話には余念がない。
その一方、クリシーヌは数日ぶりに、両親と再会したのであった。
「クリシーヌ! 申し訳ない事をした! 世間体を気にするがあまり、式の中止を拒んだ私達がバカだった! あんな男と結婚させて、本当にすまなかった!!」
「ごめんなさい… 本当に、ごめんなさい…! あの日、無理矢理でも破棄を受け入れ、
そう、クリシーヌに土下座と似た謝罪をする両親。
娘として、ここは毅然とした態度で、首を横に振った。
「ううん。私こそ、まさかあそこまで酷い男だと思っていなかったから、いいの。でも、それなら1つだけ我が儘をいわせてほしい」
「あぁ、なんだってする! あんな目に遭ったのだ、これは私達の責任だ!」
「そう。なら… これから、たとえ
それが、クリシーヌの本心。
すると両親は一瞬戸惑ったが、今の状況や立場を考えると反論できないのか、
「わ、わかった… ただ、もしまた縁談等で叶えたい事があれば、いつでも相談してほしい。今度こそ、娘を後悔させないよう努力する」
と、涙ぐみながら受け入れたのであった。
「――あら?」
突然、目の前が真っ白になった。
それは、いつぞやにも訪れた何もない空間。
クリシーヌはすぐに、自分が再び天界へ召喚された事に気づいた。
「結局は男ではなく、
と、声がかかった先には少女が1人。ベリアだ。
あの日と同じ、手にはバインダーが握られている。クリシーヌは頷いた。
「…ただいま」
と。ベリアは片手に少し赤い火の玉を浮遊させながら、こういった。
「身の安全のため、直接見に行っていないそうだけど、あの旦那さん遂に逮捕されたね。ついでにメイドのおばさんも。というわけで、ざまぁ展開おめでとう」
「あ… どうも」
と、まるで前世の性格が戻ったかのように、急にぎこちなくなるクリシーヌ。
ベリアを見て、前世の忌まわしい過去を思い出したのだろうか。
「そうそう。『逮捕』という件で実はもう1つ、速報があってね。あなたの前世を殺した神崎隆二って男、そいつも漸く逮捕されたよ」
「ウソ!? え、でもまって?『漸く』ってなに?」
「あー。捕まりたくないからか、あの後すぐ逃げ続けたんだよ、そいつは。で、
「…最低」
クリシーヌは陰で拳を震わせた。結局、最後までその彼氏は「自分優位」の悪魔だった。
そんな男に結婚を迫っていた自分が、とても嫌になる。
ベリアは肩をすくめた。
「話を本題に戻すね。今回無事にざまぁを起こしてくれたあなたに、私から約束通り、なんでも願いを1つ叶えてあげよう。どうする? どんな願いをかける?」
彼女の手にある火の玉は、そのためのものであった。
クリシーヌの答えは、ただ1つ。
「異世界では確かに『ざまぁ』というものを起こせたし、両親に我が儘もきいて貰えたけど… まだ、現実の『ざまぁ』が残っている。
その神崎という屑野郎を、とことん生き地獄に遭わせてほしい。それこそ、私が受けてきた屈辱と同じか、それ以上にね!」
クリシーヌの内なる怒りは絶大だ。ベリアはその答えをまっていたかのよう。
「わかった。なら、今日からそいつが塀の中で、死ぬまで劣悪な環境で働かされる苦痛を与えてあげよう。それこそ、クリシーヌが地下牢で受けた時の様に。それでいい?」
クリシーヌは頷いた。
これにて交渉成立。ベリアがふっと微笑む。
すると火の玉が、徐々にクリシーヌの目前で大きくなった。
光も眩しくなり、はっとなって見入るクリシーヌを包み込む。ベリアはこういった。
「それじゃあ。次こそ、悔いのない人生をね」
光の規模はやがて縮小。
クリシーヌはもう、そこにはいない。
「ふぅ。分かりやすいな。あの人は」
と、1人残ったベリアがバインダーに目を通し、呟く。
こうして、そのバインダーにペンをスラスラと走らせると、バインダーは浮遊とともにフェードアウトしていった。
ついに、本案件が終了した瞬間であった。
「少しは成長したように見えて、昔の事を思い出せばたちまち感情的になる。だいぶ根に持つタイプだし、ありゃあ『まだまだ』って所かな?」
なんて独り言を呟くベリアだが、その微笑みからは少し、物寂しさが感じられる。
こうして、少女は最後にこう言い残し、天界から姿を消したのであった。
「まぁ、あの人は周囲に愛されるだけ、まだ望みはあるか―― 私には関係のない事だけど」
(第4章 完)
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