エレノア、溺愛で本物の幸せを手に入れる。

 あれから、幾ばくかの年月が経過した。


 あの日以来、エレノアの父親や村の男達が、娘を探しに現れる事はなかった。

 結局、そこまで娘に愛着などなかったのだろう。今やもう過ぎた過去の話である。


 今日も獣人たちの国は、活気に満ち溢れている。

 城を囲むバラ園では、すっかり父親似に成長したロイがかくれんぼをしていた。


「みーっけ!」


 迷路のバラ園で、ロイを笑顔でそう指さすのはエレノア。

 彼女も成長し、今や誰もが羨む美しい女性へと育ったのだ。性格も明るくなった。


「あちゃ~、見つかっちゃった」

「うふふ。私、隠れている人を見つけ出すのは得意だもの。猫は鼻も効くからね!」

「あはは、そうだったな。さて、次のところへ遊びに行こうか」

「うん!」

 そういって、2人はバラ園を抜け、泉へと駆けていった。


 大人になっても、童心にかえって遊ぶくらいには、2人は仲が良い。

 それもそのはず、2人の指にはお揃いのリングがはめられている。彼らは晴れて夫婦になったのであった。


「ロイたち、相変わらずだな」


 そんな2人の様子を、遠くから安堵の表情で見つめるリゲル。


 リゲルは1人、平原に立つ1本の樹木へとおもむき、そこで自身のネックレスにぶら下げている懐中時計を開けた。

 中には、1人の女性の顔写真がはめられている。リゲルは憂い目でそれを見つめた。


「ルミニーク。お前がこの世を去ってから、長い年月が経ったな。

 俺たちの息子は、立派に成長したよ。愛する人を見つけ、今も幸せに暮らしている。


 だが皮肉なもんだ。

 あの娘が、まさか理不尽な死を遂げて逆行した『転生者』とは。まったく、最近になってまた人間共の憎悪が増えてきてやがる」


 リゲルは、エレノアと出会ったその日から、既にその正体に気づいていたのだ。


 彼は静かに空を見上げた。

 そして、こう呟く。


「まさかあいつ、また地獄で暴れだしているのか?


 まったく、娘さんを困らせやがって―― 懲りないやつだぜ。ルシフェル」




 その瞬間、エレノアの視界が真っ白になった。


「ふぇ? へ!?」


 さっきまで、ロイと追いかけっこをしていたのだが、ここは確か―― そう辺りをキョロキョロ見渡す彼女の元へ、1人のディアンドル風衣装に身を包んだ少女が現れる。


「久しぶりだね、エレノア。そして、半獣王子様との結婚おめでとう」


 天界の案内人、ベリアだ。エレノアは目を輝かせた。

 逆行転生前から変わらないその案内人の姿に、内なる喜びが隠しきれない。彼女は照れ臭くも感謝の意を述べた。


「あ、ありがとう…! でも、どうして私をこの天界に?」

「あれ? もう忘れたの? あなた、2度目の人生で本当の幸せを手にしたでしょう。 だからその褒美として、なんでも願いを1つ叶えてあげるという約束をしたじゃないか」

「ふぇ? 私、あんなに素敵な王子様と結婚できたから、それで願いが叶ったのかと!」

「ウソでしょ…」


 と、ベリアは呆れた表情で肩を落とす。

 だが、すぐに仁王立ちで納得の安堵を浮かべたのだ。彼女はこう続けた。


「でもまぁ、あの王子があなたに惚れるのも、何か分かる気がするよ。ちょっと天然な所があるけど、前向きで、あの時より底抜けに明るくなったもの。彼は先見の明があるね。


 さて。早速だけど、どうする? 何か叶えてほしいなら、今ここで叶えるけど」


 そういって、ベリアは片手の平の上から1つ、仄かに光る火の玉を浮遊させた。

 あの逆光転生の時のような、輝きを放った光だ。エレノアは少し考え、こう答えた。


「う~ん、どうしようかなぁ… すぐには思いつかないというか、別にいらないかな」


「え?」


「ありがとう。私、今の人生で願いは叶っているから、このままで大丈夫。

 一度は死を経験した者として、自分で言うのも何だけど、良い人と悪い人を見分けるのが得意になったの。それに、今は何をすれば人が幸せになれるのか、もう心得ているんだ」


「ほう。で、その『心得』とは?」


 ベリアにとっては、これまた意外な返答であった。

 するとエレノアが自らの頬を、両手の指の腹で持ち上げ、満面の笑みを見せたのだ。


「『笑うかどには福きたる』。ロイがそう教えてくれたから!」

「…」


 ベリアは思った。

 人は、周囲の環境1つでこうも変わるものなのかと。


 なら、今の彼女の環境は変えない方が、いいのかもしれない。

 そう考え、ベリアはいさぎよく火の玉を消したのであった。


「わかった。なら、願いは私の方で別の所に使わせてもらうとするよ。今のあなたの様に、別の誰かが幸せになるための魔法として使う。それでいいかな?」

「うん!」


 そう頷くエレノアの目に、一切の迷いはなかった。


 ひとまず契約は成立、といったところだろう。ベリアは安堵の笑みを浮かべ、エレノアの前へと手をかざした。

 エレノアの全身が、どんどん発光していく。最後に、ベリアは彼女に別れの挨拶を告げた。


「それじゃあね。末永くお幸せに!」




 元の世界へと帰っていくエレノアの笑顔は、とても眩しかった。


 こうして、エレノアを包む光が縮小した後の天界は、ベリア1人だけ。

 依然、不敵な笑みを浮かべながら、早速発現したバインダーとペンを手に取った。


「ちょっと予想外だったけど、まぁいい。

 なら、こっちはエレノアに生き地獄を与えてきた、あの反省の欠片もないクソッタレどもの村を、エレノアの親父が酒でくたばって出た『邪悪な心』で火の海にしてやろう。


 今日まで、何人もの少女を性暴力のはけ口にしてきた奴らが焼け死のうが、知ったこっちゃない。こっちは、邪悪な心が稼げればそれでいいのさ」


 そんなベリアの邪悪な笑みと、バインダーにすらすらとペンを走らせるその気迫は、見るものにこの上ない恐怖を植えつけてくるかのよう。

 とても、その明るい空間に似つかぬ悪魔のオーラを漂わせていた。そして…


「ボン! ふん、ざまぁみやがれ」


 結果報告と思しき「何か」を書き終え、ペンとバインダーをパッと手離すと、それらは火花のようなものを撒き散らしながらフェードアウトした。

 本件が、ついに終了した瞬間であった。




「ふぅ。さて、つぎ探そうっと」


 さっきまでの邪悪な笑みは、いったい何だったのか。

 ベリアはまるで別人のように、スッといつもの淡白な案内人の顔へと戻る。


 そして、最後にこう呟きながら、天界を去ったのであった。




「エレノアのこと、よろしく頼むよ。リゲルおじさん」


(第3章 完)

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