私の名前を呼んでみろ!
たってぃ/増森海晶
第1話
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沼の字が入っている時点で汚らしくて、名前の光が日に照らされてギトギトな水面を浮かべるヘドロの沼を連想させた。
しかも、海老。
近所の田んぼ(正確には用水路だが)にいる、半透明の茶色くて小さくてうじゃうじゃしている川エビが、汚臭漂うヘドロの沼で増殖している光景を想像した瞬間に、私は自分の名前がだめになった。
気持ち悪い。おぞましい。しかも、自分の名前なのだ、疎ましくて仕方がない。
親に打ち明けていないが、彼らは「お嫁さんになりたい」という私の願いに、言外に漂わせている黒い嫌悪を感じ取っていたようだ。
私に対してもの言いたげな視線を投げかけて、無言でごちゃごちゃとした空気を全身から出して問いかける。
まとわりつくようなネバネバとした空気だ。皮膚に触れたらむず痒くて赤く腫れる。実際ストレスで腫れて皮膚科の先生に何度かお世話になった。
だって、仕方がないではないか。と、私は気づかない振りをする。
名字のせいで、ぞろぞろと小さなエビが這いずるまわっている汚い沼に、自分の全身が浸かっているような不快感をずっと感じ続けている。
そんな説明をしたところで、両親が私にできることもないし、してもらおうとも思わない。
穏便に合法的に海老沼から脱却するには結婚するしか手段がない。
そこで小学生の私は、ホウキでチャンバラをする同級生の男子を見て思ったのだ。
結婚するのは決定だけど、コイツラの誰かとは結婚したくない。と。
結婚するのならイイ男としたい。誰でもいいわけではないのだ。
こんな都市部からバスで2時間かかる田舎を飛び出して、ハイレベルな男と結婚して名字を変えたい。
では、どうすればいいのか。ハイレベルな男と結婚するには、まず、自分もハイレベルになる必要がある。
教室のカーテンをマントのようにひらひらさせている、しょうもない男子を見て、私がげんなりしたように。
生理が来た女子をからかって泣かせている、最低な男子を見て、私が怒りを感じたように。
駄菓子屋からきなこ棒を、万引きしたことを自慢する男子に頭痛を感じたように。
相手が私を見てげんなりしないように。失望と苛立ちを感じないように。隣で並んで生活を続けられる相手。
私の婚活は小学校のころから始まっていた。
――のだが。
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