ハロオ クソ野郎 グッバヰ

@ironlotus

 

地獄に落ちるような、悪い事はしなかったはずだ。

それでも、気付いたときには地獄、と等しい場所にいた。



私の手には、ただ一本の喇叭があった。


そして、背中から羽を生やしたコスプレ西洋人が、私に向かって、頻りにそれを吹けとジェスチャアする。

私の横には、同じくコスプレ西洋人が六人も並んで、私の動向をただじっと見つめていた。

一人は何かを私に叫んでいるが、言葉などわかろうはずもない。まずもって、顔面の標高が違いすぎる。

どうして彼らは、アルプス山脈より高い鼻と、地中海より深い色の瞳を併せ持つのかしらん。

日和山より低い鼻と、八郎潟より浅い眼孔を持つ私にとっては、存在そのものが羨慕の対象だ。

いや、嫉妬と言い換えてもいい。こんなに嫉妬を並べられて、見ていると苛々する。


苛々するならば、あちらの要望を聞いてやる道理はない。何だこんなもの。

クソ野郎ファック!』と叫んで(私がハロオとかグッバヰの次くらいに覚えた英語だ)、喇叭を地面に叩きつけると、喇叭は硝子のような音を立てて粉々になった。


次の瞬間、頭の上から雷と雪崩を合わせて一〇〇倍したみたいな大きな音がして、私は気が遠くなった。立ってもいられなくなる。


どうにも、誰かの笑い声のような気もしたが、眼を開くと私は自分のベッドで丸くなっていた。


胸の悪い夢を見た。

いっそ寝直そうかといっそう丸くなっていると、居間がなにやら騒がしい。オカンが一人で喚いているらしい。

仕方がないので布団から抜け出て居間に向かう。

居間のテレビには、朝のニュースが流れていた。アナウンサーが興奮気味に何かをまくし立てている。


「ちょっとアンタ、大変よ!全部なくなったのよ!」

と、これはオカン。全部とは。


ほら、とテレビを指差す。テレビには、宇宙空間で大爆散する巨大隕石の映像が流れていた。

特殊映像ではない、宇宙ステーションから見た、実際の映像。

つい昨日まで、地球に落ちようとしていた、巨大な迷惑。

そんなこともあるんだ、と思った。だからといって、何も変わらないとも。


「隕石だけじゃないのよ!」

とオカン。大声が頭に響く。何でもかんでも大きい朝だ。


「隕石も、核戦争も、超大型ハリケーンも、武装AIの反逆も、海に開いた大穴も、空に現れた円盤も、死に至る病も全部よ!」


いくらなんでも出鱈目だ、と思った。

オカンが指さしたテレビには、外国人四人と、物々しいロボットと、タコみたいな頭をした人間と、グレイ型エイリアンとが満面の笑みを浮かべ(おそらくそれぞれがそれを表現する表情で、また、それぞれの手と思しき部位で)握手している様子が映っていた。


あまりに現実離れしている。まだ夢を見ているのかしらん、と思った。


ニュースは、どこかの国の鼻の高い偉い人が、人よりも高い場所にある演説台に立っている場面に切り替わっていた。

『黙示録に描かれたような終末は終わったのです。これからは皆が手を取り合って、生きていけるのです。』


寝耳に洪水のような情報量にぼんやりしていると、スマートフォンに通知が届いている事に気が付いた。


『―ニュース見たよね?今日から学校だって!』



私は大きなため息をついてひとりごちた。

「やっぱ好かんわ、『クソ野郎ジーザス』。」

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