お盆に踊る子供たち
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お盆に踊る子供たち
閑散とした山間に、廃校があった。
木造二階建ての校舎。
窓ガラスはいくつか割れており、所々壁が崩れている。
雑草が伸び放題であり、荒れ果てた印象を受ける。
見るからに昭和初期に建設され、その後廃屋になったようだ。
周りには静けさが広がり、かつての子供たちの笑い声や学びの消え去ったことを感じさせた。 廃校となった小学校の外観は、かつての栄光と活気から遠く離れ、寂寥と荒廃の象徴となっていた。
そこに、一人の男が立っていた。
一見して、頼りなさそうな童顔の若者。
ヨレヨレになった白いジャケットに、所々がほつれたジーンズを履いている。
肩のあたりまで伸びた髪を束ねていたが、オシャレを狙って伸ばしている印象はなく、単に散髪に行くのが面倒で伸びた髪を邪魔にならない方法で対処しているといった様子だ。束ねているのも輪ゴムという有様だ。
だが、薄汚れていても若者には、さわやかさがあった。
快晴ではないが、雲と青空が作り出すさわやかな風。
目には見えなくとも、気持ちで感じるものが若者にはあった。
名前を、
孔音の側に一人の老人が居た。
「もう8度も慰霊祭を行っています」
孔音を案内した住職である。
この寺では、毎年、空襲で亡くなった子供たちを供養する慰霊祭を行っていた。
しかし、何年経ってもその効果はなかったのだ。
きっかけは、廃墟探検をしていた若者達だった。
彼らは面白半分で学校に侵入すると、あろうことか慰霊碑を壊したのだ。
それを知った遺族達は激怒し、その若者たちに賠償を求めたのだが、彼らはそれを拒否。
それどころか、自分たちの行為を正当化し、逆に遺族達の方に賠償金の支払いを求めるようになったのだ。
だが、そんな彼らに亡くなった子供達の霊は黙っていなかった。
最初は事故や病気などで亡くなっていたと思われていたのだが、それは違ったのだ。
戦争で死んでいった子供らの無念の思いが亡霊となり、彼らの前に現れたのだ。
そして、復讐が始まった。
ある者は交通事故に遭い、また別の者は突然心臓発作を起こし倒れたりするようになった。
死んではいない。
だが、全員子供がこっちを見ていると証言していた。
それが祟りと噂された。
霊障は、この学校のみにとどまらず周辺にまで及んでいた。夜ともなれば学校の沿道にある霊が目撃され、肝試し感覚で学校に侵入した若者が霊に襲われ気をおかしくする事件が多発していた。
もはや、放置しておくことはできない状況だった。
慰霊祭をすればする程、被害が増える一方なのだから。
そこで、神通力を使うという高名な孔音が呼ばれたのだ。
【神通力】
それは、仏が持つ人智を超えた無礙自在な能力のこと。霊妙で計り知れず、自由自在にどんなこともなしうる働きや力。
仏教の開祖・釈迦は、仏は何も特別な存在ではなく、人間には誰でも仏になる力がある。人間には誰でも仏性があると説いた。
仏性とは、悟りに至る力。
仏とは、悟った人のこと。
つまり、仏性は仏になる可能力。人間は、仏になるのを待っている種子ということだ。
仏性は、すべての人間に存在している。どんな人間でも仏になる種を持って生まれており、発芽を待つ種のように、仏になる可能力が眠っている。
その潜在している人智を超えた自由自在な能力が、神通力だ。
神通力は、禅定などの修行によって得ることができる。
禅定とは、心静かに坐禅し真理を観察すること。瞑想し意識を深く持ち、自我の念がとれてくると、おのずと五感が研ぎ澄まされ、人智を超えた《力》が覚醒する。
すなわち、
の五つの能力で、これを五神通と呼ぶ。
孔音は目を閉じると、
【
普通の人の見ることのできない事象を自由自在に見通し、千里の先まで見通すことができる力。
すると、孔音の目に脳裏に映像が浮かび上がる。
そこには、教室があり、机が並んでいた。
子供たちが居る。
大勢の子供達だ。
皆、楽しげに笑っている。
孔音の目には、死者たちの姿が見えた。
彼らは、生きていた時と同じように笑い合っていた。
だが、氷が溶けるように泣き顔に変わっていく。
そして、一人また一人と泣き始める。
孔音の目には、彼らの思いが見えていた。
彼には、悲鳴を上げているように思えた。
助けてと叫んでいる。
孔音には分かった。
次に彼が目を閉じた時には大粒の涙が流れていた。
孔音は泣いていた。
悲しみのあまり、涙を流していた。
孔音の目には、多くの子供の死の姿があった。
空襲で焼け死んだ子供。
親兄弟と離ればなれになり、飢え死にした子。
空襲に巻き込まれ逃げている最中に殺された子供。
様々な死があった。
そして、その身体には剣が突き刺さっていた。
腕や脚だけではない、胸に腹に首にも剣が突き立てられている。
まるで串刺し刑にあった罪人たちのように……。
孔音は、自分の胸を押さえた。
思わずその場で両膝を地面につく。
孔音の目から流れた涙が頬を伝って地面へと落ちた。
「どうされました?」
住職は、心配そうに声をかけた。
「子供たちの姿が見えました……。僕には、分かりました。あの子は苦しんでいます、体中に剣が刺さっているのが見えました」
孔音は、ゆっくりと立ち上がった。
「剣? 何ですかそれは。どうして子供にそんな物が……」
住職には、見えていないようだ。
当然だろう。普通の人に霊を見ることはできないのだから。
ならば
孔音は二つ折りのガラケーを取り出す。
孔音は二つ折りのガラケーを取り出すと、折りたたんだまま自分の額に当てる。
住職には孔音が何をしているのか分からなかったが、やがて携帯から何度かフラッシュが放たれた。ガラケーを操作している訳では無い。孔音の念によって、ガラケーに画像データーが送り込まれるのだ。
数秒後、孔音が携帯電話を開いた。
画面を見た住職は驚きの表情を見せた。
画面に映し出されたのは、屋外ではなく校舎内の風景だ。
そこに無数の剣を体に突き刺したまま倒れている少年の姿があった。
7歳ぐらいの男の子だ。着ている服には血がついているように見える。
おそらく、この子は死んでいるのだろう。
いや、すでに死んでいたのだ。
それにも関わらず、死者に鞭を打つように剣が何本も体を貫通している。
「これは!?」
驚く住職に、孔音は説明をする。
【念写】
心の中で念じることによって、写真乾板やフィルムに感光させたり、映像を出現させたりすること。
明治43年(1910)12月に、日本の研究者の福来友吉が御船千鶴子・長尾郁子の透視の実験・研究中に発見した現象といわれている。
X線を通さない鉄の箱の中に密閉した写真用乾板を入れ、超能力者・三田光一が念写画像を焼き付ける実験を行い成功したとされるが、これらの研究内容を発表したものの当時の学者達から実験の不備を非難され認められることはなかった。
なお、三田光一は「天成の霊能者」、「当代無比の神通力者」と呼ばれた天才だ。
昭和6(1931)年6月24日に、それまで人類の誰も見たことがなかった「月の裏側」の像が見事に念写されていた。
この月の裏側の念写像は学術的にも詳しく調べられている。
東京大学の後藤
その結果、月の裏の主要なクレーター、ならびに海が、念写像と実に31個も一致することを突き止めた。これは全体の7割に相当する範囲である。
また物理研究家の佐佐木康二氏は、1994年の月探査機クレメンタインの画像データを詳細に分析し、月の裏の念写像とクレメンタインの月面画像が8割も相関していることを示した。
つまり三田光一の念写は当時の厳密な実験だけではなく、数十年後の最新の宇宙探査によっても、その正確さが認められたことになる。
住職は、耳にはしていたが初めて見る念写に驚いていた。
「あの剣は経文です。子供たちを成仏させようとしてあげられた供養が、逆に子供たちを苦しめています」
孔音は言った。
住職の顔色が変わった。
「どんなにありがたいお経も、唱える者次第で意味を変えるのです。そして子供たちに、その意味が通じていなければ何の意味もないのです」
孔音の言葉を聞いた住職は顔を伏せた。
自分がしてきたことが間違っていたことを理解したのだ。
だが、今更気づいても遅かった。
慰霊祭を行い続けてから、もう何年も経ってしまっているのだ。
「そんな。拙僧のしたことが供養するどころか、逆効果だったとは……」
住職の声は震えていた。
孔音が言う通りなら、今までやってきたことは無駄なことだったということだからだ。
慰霊祭など無意味だったのだ。
ただ、子供達を成仏させようと訳の分からない経文を聞かせて苦しめ、犠牲者を増やしていただけだったのだ。
しかも、それが自分のせいで行われていたということに、ショックを隠しきれない様子だ。
「……では、どうすれば子供達を助けられるというんですか?」
住職は、すがるような声で尋ねた。
孔音は、しばらく考え込んだ。この歪んだ状態を
もしあるとしたら……。
その時、孔音の脳裏に映像が浮かんだ。それから、決意を込めた表情で告げた。
「なら、僕なりのやり方でさせて頂きます。子供達を救いましょう」
孔音は廃校となった校舎を見上げると、力強く歩き出した。
◆
浴衣姿の子供3人が坂道を登っていた。
小学生ぐらいの男の子2人と女の子1人だ。
3人とも笑顔を浮かべている。
「ここで本当にお祭りがあるのか?」
一番背の高い少年が言った。
背筋が伸びて姿勢が良い。
髪も短めで清潔感がある。
小さな体ながら、どこか堂々とした雰囲気があった。
名前を
「大丈夫よ。お父さんの知り合いで、この辺りの人達がやってるんだって言ってたもの。ちゃんとしたお店よ」
少女は大人びた口調で言う。
後ろ一つ結びの三つ編みにした長い黒髪。
幼子ながら利発そうな顔立ちをした少女だ。
名前を
「でも。このあたりで夏祭りをしていることなんて、検索しても出てこないよ」
不安げな顔を、翔の隣に居る少年はスマホを触りながら言った。
一見して寡黙な様子があった。
感情を表に出さない彫像のような姿と顔は、どこか冷たい印象を受ける。
どこか大人びた雰囲気を持ち合わせた少年だ。
名前を、
幼い時からネットを使いこなしていた。
しかし、今回ばかりは、いくら検索をしてみても情報を見つけることができなかった。
そのことで、春斗は少し動揺していた。
何故なら、今回の祭りは普通ではないから。
(まさか、心霊スポットである廃校で夏祭りがあるなんて……)
そう。
そこは、戦中に大勢の死者を出したことによって廃校になった学校なのだ。
そこには幽霊が出るという噂が立っていた。
その噂が本当だとしたら、こんな危険な場所に来てはいけない。
もしも、その話が真実なら、幽霊に取り憑かれてしまうかもしれないのだから。
だが、その危険を知っていながらも、どうしても好奇心を抑えられなかった。
だからこそ、こうして3人はやって来た。
それでも行きたかった。
だって、その廃墟には不思議な魅力を感じていたから。
3人が歩を進めていると、祭ばやしが聞こえて来る。
その音に誘われるようにして、自然と足早になる。
やがて、視界が開けてくると、廃校の校庭には大勢の人で賑わっている光景が広がっていた。
屋台が立ち並び、多くの人々が集まっている。
提灯が連なり、夜空を照らしていた。
まるで、昼間のように明るい。
その中心にあるのは、大きな櫓だった。
その周りには、太鼓や笛を奏でる者たちが居た。
皆、一心不乱に演奏している。
まるで、夢の中にいるような錯覚を覚える。
そんな、非日常的な世界が目の前に広がっていた。
「すげえ。お祭りだ!」
翔は、目を輝かせている。
まるで、遊園地に来た子供のように興奮している様子だ。
彩も、目を丸くしながら見つめている。
春斗も驚いていた。
彼は、心霊スポットの噂を聞いて興味を持っていた。
しかし、同時に怖いと思っていた。
もし、幽霊に出会ってしまったらどうしよう。
そんなことを考えていると、恐怖が胸の内に湧いて出てくる。
だが、今はそんなことを忘れてしまったかのようにワクワクした気持ちが溢れてきた。
心臓の鼓動が早くなる。
胸の奥が熱くなる。
初めての感覚だ。
そして、胸の高鳴りは最高潮に達する。
それから、3人の少年は祭囃子に導かれるようにして、祭の会場へと入っていった。
「やあ。いらっしゃい彩ちゃん」
3人を孔音が迎えた。
「こんにちは。孔音さん」
元気よく挨拶をする彩。
孔音とは面識があるようだ。
孔音は、3人に目を向けると優しく微笑んだ。
それから、ゆっくりと頭を下げた。
翔と春斗は慌てて、孔音と同じようにお辞儀をした。
「お祭りに子供の彩りが欲しくてね。よく来てくれたね。ありがとう」
孔音は優しい声色で語りかけた。
その言葉は、子供を安心させる効果があるのだろう。
不思議と聞いているだけで落ち着いた気分になれる。
孔音は続けて言う。
「さあ。他の子供達と、お祭りを楽しんできて」
孔音は言うと、子供たちの背中を押した。
翔は勢いに乗って祭りを楽しむことにした。
「春斗、彩。行こうぜ!」
2人に声をかける。
すると、春斗と彩は顔を見合わせると、お互いに笑顔を浮かべた。
そして、2人も翔の後を追いかけていった。
まずはヨーヨー釣りだ。
フネの中に飴玉のような彩りの水風船が浮かんでいる。
その数は、数え切れないほどだ。
こよりで作られた糸で水風船を釣り上げるのだ。こよりを水で濡らさないのがコツだ。
春斗は、早速挑戦することにした。
しかし、これがなかなか難しい。
春斗は集中する横で、翔が釣り上げる。
「翔上手!」
彩が感嘆の声を上げる。
釣った水風船は、彩の手に渡った。
「へへ。ざっとこんなものさ」
翔は得意になる。
その横で、こよりが切れた女の子が残念そうな顔をしていた。
水風船を取ろうと頑張っていたのだが、取れなかったのだろう。
翔は励ます。
「大丈夫だよ。次は取れるよ」
その言葉に、少女は笑みをこぼした。
翔のアドバイスもあり、再びチャレンジする。
今度は、無事に取ることができた。
少女の顔が輝く。
それを見ていた翔達が、拍手をすると、周りの子供達も一緒になって拍手をした。
そのことに少女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「良かったね」
春斗は、その光景を見て言った。
「私、保子」
少女は名乗る。
子供同士は簡単なきっかけで友達になれたりするものだ。
翔達も名乗り返す。
そうして、4人は打ち解け合った。
輪投げや射的を楽しんだ。
どれも初めて経験することばかりだった。
お祭り会場で遊ぶ度に、友達が増えていった。
最初は緊張していた春斗だったが、次第に楽しくなってきた。
そして、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
気が付くと、お祭りは最高潮を迎える。
たすき掛けをした孔音が祭ばやしに合わせて太鼓を叩く。
盆踊りの始まりだ。
みんなが、それに合わせて踊る。
春斗、彩、保子が楽しそうにしている姿を見て、翔の心が温かくなっていく。
(こんなにも幸せを感じることができるなんて……)
翔は嬉しかった。
保子は笑っていた。
この幸せな時間を大切にしたいと思った。
だから、ずっとこのまま続いて欲しいと願う。
やがて、夜空に大きな花火が咲いた。
その美しさは、見る者の心を魅了した。
それは、とても幻想的な光景だった。
盆踊りは続く。
夜空には次々と大きな花が咲く。
それが消えると、また新たな大輪の花が夜空を鮮やかに染め上げた。
その光景を目にして、春斗の胸の中にあった不安が消えていた。
まるで魔法にかけられたように……。
やがて、夜空には静寂が訪れた。
祭りの終わりだ。
翔達は、満足した表情を浮かべている。
その様子に、孔音は微笑んだ。
翔は、満面の笑みで言う。
「良い祭りだったな」
春斗も彩も同意するように大きく首を縦に振った。
そんな3人の様子を見て、保子は微笑んだ。
「私も楽しかった。こんなに楽しかったのは初めてかも……」
そんな言葉を漏らす。
その言葉に、翔が尋ねる。
何故なら、彼女が少し悲しげな様子をしているように見えたから。
翔は、彼女に問いかける。
すると、彼女は答えてくれた。
「私のお父さんとお母さんは戦争で死んじゃったの……」
突然の言葉に、翔は戸惑う。
保子の両親は、空襲によって亡くなったのだという。
その時のことを思い出しているのか、彼女の瞳からは涙が溢れ出していた。
見れば周囲にいる子供達は、みな同じように泣いている。
中には、泣きじゃくる子もいる。
翔は、かける言葉が見つからなかった。
春斗も同じだ。
だが、彩は優しく語りかけた。
「もう泣かないで。私達、友達じゃない」
その言葉に、保子は驚いたような顔を見せた。
彩は、優しく微笑んだ。
その笑顔は、人を安心させる力があるようだ。
保子は笑みを見せる。
その目元に溜まっていた雫が、一筋の線を描いた。
「ありがとう。私、みんなと友達になれて本当に良かった……」
その言葉を聞いて、彩と春斗は喜びの感情に包まれた。
翔は言う。
「ああ。俺も、みんなと友達になって良かったよ」
すると、祭りに参加していた子供達の身体が光を纏い始めた。
その輝きは、徐々に強くなっていく。
その光景を目の当たりにして、翔は思った。
これは夢ではないだろうかと。
しかし、現実なのだとすぐに理解できた。
子供たちは光となって一瞬にして夜空へと消えた。
夏に散る花火のように。
残されたのは、春斗と彩と翔の3人。
そして、各店の店主と五人囃子、孔音と住職だけだった。
【盆踊り】
盆の時期に先祖を供養する行事、またその行事内で行われる踊り。
そもそも盆踊りとは、お盆の時期にお迎えしたご先祖様の霊をもてなし、一緒に過ごして送り出す行事だ。
夏のイベントの1つではあるが、ただの踊りではなく神聖な行事といえる。
盆踊りの由来は、仏教の「念仏踊り」だとされている。
この念仏踊りとは、自分自身で念仏を唱えながら踊るもので、後に踊る人と念仏を唱える人が分かれた「踊り念仏」に発展した。
これらの民俗芸能がお盆と結びつき、現代の盆踊りになる。
お盆にちなみ8月15日に踊って、16日にご先祖様の霊を送り出すという流れだ。
室町時代から始まったものであり、およそ500年の歴史を持つ厳かな行事の1つとなっている。
盆踊りはご先祖様のおもてなしをするという意味合いのほかに、地域の人々との交流という要素もあわせ持っている。
これは家を出て独立している人が久しぶりにお盆の時期に帰省し、盆踊りで旧友と再会したり、近所の人々と楽しく会話して踊ったりすることで仲を深められるからだ。
また、江戸時代からは、男女の出会いの場としての機能も果たすようになった。昔は、多くの男女が一緒に集まるイベントはほとんどなかった。
当時の人々からしてみれば、心までも踊るような気持ちだったはずだ。盆踊りの晩(旧暦では7月15日)は満月。照明がなくても明るく照らされていたことで、気持ちが高揚しやすい状況だったと思われる。
春斗と彩は呆然としていた。
「まさか。このような慰霊があったとは……」
住職が驚きの声を上げる。
孔音は静かに目を閉じた。
それから、ゆっくりと口を開く。
「子供達の荒んだ心を癒やすには、訳の分からないお経よりも、楽しい想いをしてもらうことが一番だと思ったんですけどね。どうでしたか?」
その声色は優しかった。
住職は孔音に深々と頭を下げた。
その目は潤んでいた。
孔音の想いが伝わったのだ。
翔達3人が、孔音に向き直る。
孔音は、真剣な眼差しをしていた。
「ありがとう。みんなが、あの子達を楽しい時間へ導いてくれたんだ」
その言葉を聞き、春斗と彩は嬉しかった。
自分達の行動は無駄ではなかったと実感することができたから。
翔は、子供達が去った夜空を見上げていた。
先ほどまで、そこには大きな花火が咲いていたはずなのに、今は星々しか見えない。
それは、どこか寂しく思えた。
翔の心の中に何か温かいものが芽生えた気がした。
「またな。みんな」
翔は呟いた。
それは小さな願いだった。
だが、その言葉は夜空に吸い込まれていった。
その言葉に応えるように、夜空に輝く星が瞬いた。
きっと、彼らは見守ってくれている。
そう思うことができた。
翔達は、再び歩き出した。
この真相を世間の人々は知らない。
だが、それでいいと翔は思った。
真実は分からなくて良い。
ただ、自分の胸に秘めておくだけで良い。
それだけでも十分だった。
こうして、翔達は夏休みの思い出を作ることができたのだから。
あの子供達は、みな成仏したのだろう。
この日以来、この廃校で、さまよう子供の霊を見ることは二度となかった。
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