勇者パーティーの遊び人、じつは国から派遣されたカウンセラーだった件

たってぃ/増森海晶

【序章】

 今からちょうど、100年前の出来事です。

 魔王が人々を恐怖に陥れ、魔物が跋扈し、魔族が多くの街を襲いました。

 え? 跋扈ばっこって? 

 あぁ、ごめんね。君たちが子供だということを忘れていたよ。

 えぇと、跋扈っていうのは、いっぱいいて好き勝手に暴れまわるって感じかな。

 そして、そんなお先真っ暗な暗黒の時代を終わらせた勇者のお話を、今日、したいと思います。

 眠いけど、ちょっと我慢してね。聞いているうちに目が覚めると思うから。

 それにね、100年たったのを記念して大きなお祭りをするから、聞いておかないと損するかもよ。


 それじゃあ気を取り直して、続けようと思うよ――。

 


――100年前。


 魔王が倒された。

 凱旋がいせんを果たした勇者パーティーは、王都の宿で疲れ果てた顔を突き付けている。

 病人のように血の気のない青白い顔。6人掛けのテーブルに腰かけて、目を合わせずに沈黙するその姿は、勇者と言うよりも罪の発覚を恐れている犯罪者に近い。

 魔法で灯された天井のランタンが煌々こうこうと照り、提供された食事は人々の好意が精いっぱいに表れた、新鮮な食材のフルコース。掃除の行き届いた部屋に清潔なシーツ。

 目に見えないが感じ取ることが出来る、人々の感謝が彼らの傷口と罪悪感を抉っている。

 見えない傷跡から黒い血が流れて、心臓が悲鳴をあげている感覚。

 彼らは今、絶望していた。


 勇者アークユリウス。

 魔王により父親を奪われた元復讐鬼。女神から勇者の証である聖剣エクスカリバーを受け取り、魔王を討ち果たした英雄は苦悶に満ちた表情でテーブルを見つめている。


 聖女スティグマータアルマ。

 純粋に魔王に脅かされた世界を憂い、生まれ育った修道院を飛び出した少女だ。魔王の動きをとめる聖矢セイントアローを撃ち込んだ彼女は、怒りを必死に押し殺して無垢な表情に歪な陰影を描いている。


 魔導士ルーンマスターエベル。

 魔族によって一族が500年以上も守ってきた宝物庫が灰になり、一族の誇りをかけて魔王討伐に名乗りを上げた魔法使いだ。古代魔法【ネビュラ】を復活させた功績から、魔導士の称号を得た彼は、まるで怯えるように頭を抱えている。


 狂戦士ベルセルクレア。

 いくさの神であるババルナと【魔狩まがり】契約を結び、狂戦士となった彼女は魔王が倒されたことで、契約が解除され普通の少女に戻ってしまった。数多あまたの修羅場から解放された顔は達成感よりも、今にも泣きそうな哀れな様相となっている。


 格闘神バトルマスターマタイ。

 魔王の血を浴びたものは不老不死となる伝承を信じて、勇者パーティーに加わった格闘家だ。すべての格闘術を習得するために魔王を討伐したのだが、結局、不死になることは叶わず、沈んだ重たげな表情は、不死になることを望む重たい十字架を背負ってしまったようだった。


 そして、最後のメンバー。

「みんなー。いつまでも辛気臭い顔してないで、ちゃっちゃとご飯を食べようよぉ」

 

 重たい雰囲気を陽気な声で破壊し、おいしそうな湯気をたてているパンを一掴ひとつかみ。

 

 遊びルーズルカ。

 勇者の最初の仲間であり、自他ともに享楽主義の彼女だけは、魔王を倒した勇者パーティーらしく喜びで顔を輝かせている。

 レオタードにマントという露出の高いマジックドレスが似合う豊満な肉体と、妖精を連想させる、可憐さと意地悪さが同居した美貌。腰まで伸びた金髪にエルフの血筋をあらわす、森のような緑の瞳とわずかに尖った耳。

 

 今、その場にいる彼女だけが長い旅路を終えて、重たい荷物を下ろしたような達成感をかみしめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る