第12話 愛の告白

 先天魔術の影響によるものか、別段珍しくもないがその頭髪は白銀に染まっている。肩に掛かる程度のショートカット。前髪から覗く瞳は丸く、顔つきはすこし幼く見える。体格も小さく、美夢よりも身長が低い。

 ほかに配信者が見当たらない辺り、グループではなくソロ派。

 しかもこの階層まで一人で来られるくらいの確かな実力を持っている。


「有名な方だったのですね。今朝、テレビを見て驚きました」

「今朝? なんかあったっけ?」

「ニュース番組よ。あんたが思念体を二体も撃破したから特集が組まれたの。当然、美夢もリアタイしたし録画もばっちり」

「もはや本人よりも詳しいじゃないか」

「ファンなら当然」


 自慢げだった。


「そんな有名な方にいきなりこんなことを言うのは気が引けるのですが、ここであったのも何かの縁」

「ん?」

「好きです」


 目を真っ直ぐ見て告白された。


「はぁああああああぁああああああああああぁあぁああ!?」


 美夢が発狂した。


「ちょ、ちょちょちょちょっ、ちょっと!」

「姉貴、落ち着いて」

「だって、だって! ねえ! 知らなかったって!」

「はい。存じ上げていませんでしたが、同じことが二度立て続けに起こって運命を感じました。一目惚れならぬ二目惚れです」

「ダメよ、ダメダメ! 絶対ダメ! こんな人気絶頂期に誰かと付き合うなんてダメ!」

「やはり、ダメでしょうか?」


 全員の視線がこちらに向く。美夢なんて今にも殺されそうな目付きだ。

 その圧力に屈したわけじゃないが。


「付き合うもなにも、俺まだ名前も知らないんだけど」

「これは失礼を。気持ちが逸るあまり自己紹介を忘れていました」


 こほんと小さく咳払いをして、彼女は仕切り直した。


「申し遅れました。私の名前は飾璃唯名かざりゆいなと申します」

「俺のほうの自己紹介はいらないな。唯名。俺も色々と恋愛経験はしてきたけど」

「してきたんだ……」


 なんか美夢がショックを受けてる気がするけど。


「互いのことを知らないまま付き合うと碌なことにならないってのが俺がこれまでに得た教訓の一つだ。だからまぁ、気持ちは嬉しいが告白するにはまだ早すぎる」

「……なるほど、たしかに貴方の言う通りです。運命だと舞い上がっていました」

「ふぅー」


 美夢の深いため息が聞こえる。


「ですので」

「うん?」

「まずは私のことを知ってもらえるよう、そして好きになってもらえるよう、努力することにします。まずは第一歩と言うことで、コラボしませんか?」

「はっはっは。そう来たか」


 大抵の女はああ言うと諦めてすごすごと帰るんだけど、すぐに別の角度から攻めてくるなんて面白い。こう言う切り返しは嫌いじゃないし、俺もちょっと興味が湧いてきた。


「だってさ。いいよな、美夢」


 と、声を掛けてみたものの返事がない。

 目を伏せて腕組みをしながら指先でとんとんと自分を叩いている。

 かと思えば大きなため息を吐いた。


「わかったわよ。コラボ禁止令は撤廃。元々、美夢の我が儘みたいなものだったし、ここで拒否したら女が廃るってもんよ。気は進まないけど、気は進まないけど!」

「ありがとうございます。美夢さん」

「いいわよ、お礼なんて。本気なのは見ててわかるし、それを邪魔する権利なんて美夢にはないし。ま、美夢は美夢で自分の好きにさせてもらうけどね」

「はい。もちろんです。負けません」


 かくして予想外の出来事ではあったものの、コラボ相手が一人増えることになった。


§


 第四十一階層、星の隠家。

 この階層は常闇が支配し、天井には満天の星々が輝いている。

 遍く光の粒、広がる星雲。星降る夜とはまさにこの景色のためにあると言っても過言ではないとさえ言われている。

 けれど、その折角の景色を覆い隠すように地上には背の高い木々が生い茂っていた。幹から伸びた枝葉によって覆い隠され、星を眺めることは許されない。

 星の隠家とはよく言ったものだ。


「折角だから配信開始は星空を映した状態からがいいと思う。賛成の人」

「いいんじゃない? 美夢に異議なし」

「俺も」

「私もです」

「いいね。じゃあ、早速移動しながら星空が見える位置を探そう」


 配信映えを意識した美里の提案で、まだ配信を開始することなく星の隠家を歩く。

 魔道具を宙に浮かばせて明かりは確保しているが、それでも別階層にいる時よりも視界は極端に狭い。

 視覚ではなく気配で思念獣の存在を探りつつ、生い茂る緑を踏みつけて星の見える位置を探した。


「なんと、ブロマイドが発売されるのですか? まったく知りませんでした」

「そうよ、これがその貴重なサンプル。現状、たった一枚しかないレアものなのよ」

「わぁ、とっても羨ましいです。発売日が待ち遠しくて堪りません。手に入れた時のため、菖蒲さんにサインの予約をしなくては」

「は! しまった、その手があったわね。先を越されたわ。菖蒲! 唯名の次は美夢だからね!」

「なんかいつの間にか滅茶苦茶仲良くなってるんだけど」

「共通の趣味があると仲良くなりやすいんじゃない? 知らないし、興味もないけど」


 さっきまで一触即発の雰囲気だったのに。

 ギスギスするよりは余程いいけど。


「ん、菖蒲。上だ」

「おー、ここなら星が見えるな」


 枝葉の天井にぽっかりと空いた穴から満天の星空が俺たちを覗いている。

 写真では見たことがあったけど、実際にこの目で見るのは初めて。なるほど、これはたしかに綺麗な星空だ。人生で一度は目にしたい、それだけ価値がある光景で間違いない。

 出来れば首が痛くなるまで眺めていたいが、すでに予告していた配信時間を過ぎてしまっている。この位置を探すのにすこし手間取った。


「じゃあ、始めるか」


 撮影ドローンを起動。

 予告した時間よりすこし遅れて配信がスタートした。


『始まった!』

『十分強の遅刻です』

『珍しい』

『まぁ、こういう時もあるよね』

『ダンジョンなんだし、十分ぐらいで目くじら立てんなよ』

『星空! すご』

『ここ何階層? 絶景じゃん』

『これ生でみたいな』


 配信開始の遅れに追究はあったものの美里の提案が功を奏した。

 撮影ドローンを介して映し出した星空に何百というコメントがつく。


「という訳で、いま美夢たちがいるのは第四十一階層、星の隠家よ。星空が映るのなんてここくらいなんだから、見逃した人もアーカイブで繰り返し見ることをおすすめするわ。そして」


 撮影ドローンが星空から俺たちを映す。


『なんか人多くない?』

『見たことない子がいる!?』

『誰? かわいい』

『突発コラボ? サプライズゲスト?』

『この際、可愛けりゃなんでもいい』

「どうも、お初にお目に掛かります、飾璃唯名です。よろしくお願いします」


 丁寧なお辞儀を伴って唯名の短めな自己紹介が終わる。


「唯名とは一つ前の階層で偶然あったの。急なコラボも同じ推しを持つ者として意気投合しちゃったからなの」


 美夢が上手い具合に話を纏めてくれた。

 そのお陰もあって、突然の登場にも関わらずコメントの治安は良い状態を保てている。

 美里の場合とは違って、唯名は完全に俺たちとは無関係な配信者だ。それなりに拒絶されるかと思ったけど、思いの外好意的なものが多い。

 好意的じゃないものもあるにはあるが、気にするほどでもない数で落ち着いてる。このことで配信が荒れることはなさそうだ。


「唯名の活躍にも期待してちょうだい。それじゃ第四十一階層、星の隠家の初見攻略開始よ!」

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