底辺ダンジョン配信者だけどリスナーがトップインフルエンサーだった件 ~知らずに軽い気持ちで宣伝を頼んだら異次元の大バズりで人生が激変する~
黒井カラス
第1話 大バズり
「チャンネル登録者数が4で同接も4、コメントはこの二時間で1000だろ?」
虹色に輝いて集束する魔力の弾丸を指先から解き放つ。五色の軌跡を引いて馳せた弾丸は一つ目巨人の眉間を撃ち抜いた。全長五メートルはあろうかという巨体が倒れ、しかし背中が地につく前に霧散する。
「やっぱり可笑しくない? この配信」
『リスナーのコメント率100パーセント』
追従する撮影ドローンに搭載された読み上げ機能がコメントを拾う。
「それは嬉しい限りだけど、ほかの配信でもこんなもんなの?」
たまに同接が5になったり6になったりするけど、すぐにまた4に戻る。
なにがいけないのかと自分の配信を見返したりもしたけれど原因がさっぱりわからないからもう諦めた。きっとなにかが致命的にダメなんだ。
まぁ、同接が4だろうが1だろうが趣味でやってることだから別にいいんだけど。
『他の配信者とか見てないの?』
「んー、完全に見てないってわけじゃないけど途中で消しちゃうからな-、いつも」
『なんで?』
「今のはそうじゃない。こうすべきだった。なんでこうしないんだって、気付いたらウザい指示厨みたいなこと思っちゃうんだよ。流石にコメントを残したりはしないけどさ」
『それって有名な配信者だったりする?』
「さぁ? 気が向いた時に目に付いた配信に行くから誰とかは憶えてないな。というかここで名前出したら問題でしょ。いくら同接4のクソザコ配信でもマナーは守らないと」
『すでに結構なこと言ってる気がするけど』
「個人名を出してないからセーフ。どうせこんな配信誰も見てないからセーフ」
ここはダンジョンの第三十九階層にあたる白亜の迷宮。
何者かがなんらかの目的を持って白亜の石材で作った人工物で壁には解読不能の文字列が並び、文明の痕跡を残している。
構造は複雑で踏破するには何日も掛かるし、現れる思念獣はどれも強力で難易度が高い、とされてる。俺にとっては早朝の散歩とあんまり変わらないけど。
「しっかし長いな、この迷路。もう面倒だから壁ぶち抜いていい?」
『ダメ』
『ダメ』
『ダメ』
『ダメ』
「えー、でもリスナーだって迷路を前にしたら一度は考えるだろ? 壁を壊せばゴールまで一直線じゃんって」
『考えはしても実行には移さない』
『
『白亜の迷宮は貴重な遺跡なので保護対象です。故意に傷つけてはいけません』
『通報しました』
「わかったよ、冗談だって冗談」
ショートカット開通は諦めることにした。少しだけ本気だったのは黙っておこう。
「ちょうど角だし、ちょっと休憩しようか」
壁を背もたれ代わりにして腰を下ろし、思念獣の接近に注意しつつ飯にする。
雑嚢鞄から取り出すのは食パンとベーコン、焼いた目玉焼きに小袋に詰めた調味料。魔力を込めて指を振るえば中に浮かび、こんがりと焼き目がつく。
それらの行程を終えて手元に下りる頃にはすべてが重なりサンドイッチとなっていた。
「いただきまーす!」
香ばしい匂いに誘われるままかぶり付き、焼けた食パンが音を立てる。火加減ばっちり。黄身は半熟、ベーコンはカリカリ。調味料の塩梅も完璧。
ダンジョンで喰う飯は格別だ。
『お腹空いてきた』
『今度、真似して良い?』
「いいけど、ダンジョンで喰わないと味は半減だよ」
『ダンジョンで食べるから問題なし』
「マジ? もしかしてリスナーも配信してんの?」
『そうだよ』
『言ってなかったっけ』
『いつもダンジョン攻略の参考にしてます』
『この前、この配信のお陰で命拾いしました。ありがとうございます』
「あらま。へぇ、そうだったのか」
焼きたてサンドイッチにかぶり付きながらふと思う。そうか。リスナーも配信者か。と言うことはリスナーのリスナーがいるわけで。もしかしたらこの配信よりもずっと賑わっているかも知れないのでは?
「……一応聞くけど。俺より同接多いの?」
瞬間、沈黙が流れる。
同接たったの4だけど、これまでコメントが途切れたことはなかった。今日だってそうだ。だが、たった今その記録に終わりを迎え、リスナーは押し黙った。
あれだけ饒舌だったのに。
「ほーん」
『正直すまないと思っている』
『軽く追い抜いてごめん』
「いや? 別に? なんとも思ってませんけど?」
『それなんとも思ってる人の言い方』
『怒ってる?』
「いやいや」
この辺でからかうのは止めにしとくか。
「さっきはああいう言い方したけど怒ってないよ。全然。配信は趣味だし、見てくれるリスナーが一人でもいれば俺は満足だよ。まぁ、リスナー全員に負けてるってのはショックだったけどな。ほんのすこしだけ」
これでも配信歴は長い方でそれなりに培って来たものもある、と思う。
他の配信者からしてみれば一瞬で追い抜けるような積み重ねでも俺にとっては宝物だ。ただまぁ、配信をしているなら多くの人に見て貰いたいって気持ちがないわけじゃない。
「宣伝とかしたほうがいいのかねぇ」
『宣伝大事』
『他の配信者とコラボとか』
「コラボって言ってもいるのか? この階層まで来られる配信者。俺、配信中に見たことないんだけど」
『一応、いるはいる』
「いたとしてコラボしてくれるかね? 同接4のクソザコ配信者と。相手にメリットなさ過ぎだろ。俺なら断るか無視するけどね」
『たぶん快諾してくれると思う』
「またまた。そんなわけないでしょ」
『宣伝がしたいなら代わりにやろうか?』
思ってもみない言葉が聞こえた。
「リスナーの配信でってこと?」
『うん』
『そう』
『いいね、それ』
『菖蒲が良いっていうなら』
「マジで宣伝してくれんの? じゃあ頼んだ。これで登録者数が二桁、いや三桁くらいいっちゃうかもなー。なんて」
『たぶん三桁万人くらい行くよ』
「はいはい。楽しみにしておくよ」
リスナーの冗談を軽く流してサンドイッチを完食し、水筒の水で喉を潤して攻略再開。立ち上がって再び白亜の迷宮に挑む。
「ちょうどいいや。この辺りで一回やっておこうか」
指先に魔力を込め、雫とし、それを手の平に落とす。跳ねた雫は波紋となって空間に波打ち、迷宮の壁を貫通して広がった。
この魔術に攻撃能力はない。だが、それ故にあらゆるものを透過することができる。
「よし、大体わかった」
『今ので地形把握できるのズルくない?』
「ズルくないズルくない。魔術の応用。創意工夫の賜だよ」
『それにしたって菖蒲の魔術は謎すぎる』
『チート』
「みんなもっと努力しなきゃ思念獣に殺されちゃうよ。この配信の貴重で大切なリスナーなんだからさ。まだまだこの配信の養分になってもらわないと」
『途中までいい話だったのに』
『これだから菖蒲は』
『シンプルに嫌な奴じゃん』
「たしかに。でも、それも俺の魅力だろ?」
『自分で言うな』
けらけらと笑いながら迷宮を進む。
「さーてと、もうすぐ終点かな」
波紋によって蒐集した地形データを参考にすれば迷うことなく迷宮を解ける。
この足は淀みなく進み、常に正しい道を歩み。そうしてこの迷宮の最奥に位置する場所、仮想生物の群れが待ち構えた広間へと到着した。
「迷宮ツアーご一行様ご
『言ってる場合か』
『来てる、来てる!』
「知ってる。これくらい楽勝だから心配ないって」
狼を模しつつも、より凶悪に変貌した思念獣たち。
名称はウル・スタディ。
元となった思念の影響からか、群れを成した彼らはまず俺の周囲を取り囲んだ。低く唸り、幾つもの目に睨み付けられ、口の端から涎が垂れた。その中心で俺は指先に魔力を集束させて雫とし、それを更に虹色に輝かせる。
『危ない!』
ウル・スタディたちが仕掛けてきた。
「大丈夫」
虹色の雫が地面に跳ねて波打つ波紋。こたびの波紋には明確な攻撃判定がある。それが迫り来るウル・スタディたちの一切を消滅させた。
「ほらね?」
『なんでこの階層の思念獣をそんな簡単に……』
『凄すぎ』
『相変わらずの規格外』
『なんらかの方法で不正してるでしょ』
「努力と試行錯誤の賜だよ。マジで」
空っぽになった広間を真っ直ぐ抜けて扉を押し開く。すると見えてくるのは次なる階層へと続く通路。夏の夜空のように天井で鉱石が輝き、明るく通路を照らしている。
「白亜の迷宮踏破!」
長ったらしい迷路を抜けて、ようやく念願のゴールに辿り着いた。握り締めた拳を突き上げ、心に達成感が満ちる。
この瞬間のためにダンジョンに挑んでいると言っても過言じゃない。ついでにうんと伸びをして大きく息を吐く。
『おめでとう』
『おめでとうございます』
『楽勝だった』
『次も余裕だね』
「ありがとう。どうもありがとう」
賞賛を浴びつつ次の階層へと続く通路を見据える。
あの先に第四十階層が待ち構えている。ここより難易度が上がるのは確定事項。攻略し甲斐のある階層だといいな。まぁ、今日はここで終わって帰るんだけど。
「さて切りもいいし今日の配信はここまで、チャンネル登録――はみんなしてるから高評価よろしく」
『もうしてる』
『高評価に抜かりなし』
『次の配信も楽しみにしてます』
『お疲れ様』
配信を終わらせてから再びうんと伸びをして大きく息を吐く。
「ふぅ……帰るか」
次の配信では第四十階層に挑戦だ。今日の疲れを明日に残さないためにも早めに家に帰るか。いや、待てよ。英気を養うために焼き肉に行くのもありだな。今日はかなり思念獣を狩ったし、冒険者組合から相当な額が貰えるはず。
懐に余裕があるし、今夜はちょっと豪勢に行くか。
「――いただきます」
配信者としてはクソザコでも、ダンジョンを攻略する冒険者としては最上級。階層が深くなるごとに思念獣は強くなり討伐報酬の単価も上がる。それで良い肉を喰い、良いベッドで寝て、良い装備を調え、またダンジョンに挑む。
そんないつもと変わらない、人よりすこし贅沢な日々は翌朝をもって崩壊した。
「――なん、だよ。こんな朝っぱらから」
朝、やたらと鳴り響く携帯端末の通知音に叩き起こされる。
薄く開けた目が睡魔に負けそうになるのを必死に堪えて、側にある携帯端末に手を伸ばす。ディスプレイに光が宿り、待機画面から先へと進む。
「着信が117件……通知が1250件……」
急激に目が覚め、跳ね起きた。
「は?」
尋常ではない数の連絡にただ呆然と数字を眺めることしか出来なくなる。
なんだ? なにをやらかした? なにかが起こってる。なにが起こった? ぐるぐるぐるぐる思考は巡り、とりあえず届いた通知に目を通す。
「テレビ?」
急いで机上にあるリモコンを取ってテレビを付ける。
「――現在話題沸騰中! 突如として世のインフルエンサーたちが次々に紹介し始めたこの配信者は一体誰なのか! 冒険者組合に取材して来ました!」
いつもは寝過ごすか始まる前に家を出ていて見ることのない朝の情報番組。
昨今のニュースが映し出される大型モニターに映っていたのは昨日俺がしていた配信の一部。それが途切れると今度は俺の顔写真がでかでかと表示された。
「嘘だろ……」
まったく意味がわからないが、朝起きたら地上波デビューしていた。
これはいったいなんの冗談だ?
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