(5)勇気の試練
次兄が話し始めた。
「では、バツ、次は私の番だ。お前には、勇気を示してもらう」
二人目の兄。
次兄は、線の細いクールタイプの猫耳族。
知的な眼鏡男子である。
眼鏡を整える優雅な仕草が、人の目を奪う。
次兄が続ける。
「知っているとは思うが、弟は、超が付くほどの恥ずかしがり屋だ」
バツは、「だってさ」と、にやにやしながら、横にいるマルの脇腹を突くと、マルは、「うっせぇ」と、むっとした顔で言い返した。
「私の試練だが……私の目の前で、そんな弟にキスを出来たら勝ちだ。できるかな?」
「キス!!?」
バツとマルは、互いに目を合わせた。
次兄は、口元をほころばせる。
「無理矢理迫れば、恥じらう弟に、顔を爪で引っ掻き回されるだろう………くくく、見ものだな。まさに、勇気をもってチャレンジしてもらおうか」
****
バツは、ホッとしていた。
「……何だよ、勇気を示せだなんていうからビビったが、ちょろいな。キスなんていつもしてる。今更、恥ずかしいなんてあるかよ、なぁ!」
そのままマルを抱き寄せる。
「ほら、キスするぞ、マル」
「や、やだよ、俺。恥ずかしいもん……」
「はぁ!? お前、いつも自分からくるだろ!!」
「だって……今は、人に見られてるし……俺、二人きりじゃないとヤダもん?」
「まじかよ!!!」
マルは、ぷいっ、とそっぽを向き、顔をほんのりと赤らめている。
それを見た、次兄は、薄笑いを浮かべた。
「どうだ、ふふふふ! バツ、お前は分かってないな。弟は、そういう所があるのだ。そして、それこそが最も尊く、可愛いのだ!!」
バツは、チッ、と口を鳴らすと、マルの両肩を掴む。
「なぁ、ほら! マル! いいだろ!」
「だ、ダメに決まってるだろ!!」
頑なに拒むマル。
バツは、これは面倒くさい事になったぞ、と頭をポリポリと掻いた。
と、バツは、ある事に気が付いた。
「あれ? マル。お前の前髪に、何かついている。虫かな?」
「え!!! ウソ? 早く取ってくれよ!!!」
キッ、と目を思いっきり閉じて、バツに顔を向けるマル。
バツは、「隙あり!」と、マルの額に、チュッ、とキスをした。
「あ!!」
一瞬固まった。
すぐに、マルは、カーッと顔を真っ赤にして、バツの胸をボカボカと殴った。
「お、お前! なんて事するんだよ!!!」
バツは、ちらっと次兄の方を向いた。
次兄は首を横に振る。
(額へのキスでは、ノーカウントってことかよ……やはり、思った通り、口づけか……こうなったら、卑怯な手はなしだ。マルに真っすぐに向き合う。これしかない)
バツは、心を決めると、烈火のごとく怒るマルの目をじっと見つめた。
「ごめんな、マル。でも、俺、人前とか関係ない。俺はお前とキスしたいんだ」
「へ?」
いつにないバツの真剣なまなざしに、マルは目を逸らす事ができない。
「ダメか? 俺は本気なんだ」
マルは、ぽーっとバツの顔を見つめる。
胸が、ドキドキして、心地よい。
恋する相手。
その相手が、愛の告白をしながら迫ってくるのだ。
マルの頭の中は、お花畑。二人だけの世界に堕ちていく。
「お、お前がキスしたいっていうのなら……す、少しだけなら」
マルは、もじもじして言った。
もう、周りの人は視界に入っていない。
あれだけ、恥じらいの顔を晒していたマルだったが、今は目を閉じて、キス待ちのお姫様顔に早変わり。
チュッ。
唇が合わさる。
「おー!!!」
歓声が上がる。
次兄は、しぶしぶ、頷いている。
バツは、そんな次兄を横目でみつつ、にやり、と微笑む。
(本当に見せたいのは、ここからだぜ!)
バツは、そのまま、はむっとマルの唇を甘噛みし、ディープキスを始めた。
マルは、バツのキスを受けつつも、ギュッとバツの背中にしがみ付く。
ときより、キスの気持ちよさに体をぶるぶるっと震わせた。
人々は、最初こそ、二人をはやし立て、からかうような言葉を浴びせていたのだが、途中からは、あまりにも甘美なキスに固唾を飲んで見守るようになった。
長いキス。
マルは、しばらくの間、バツにされるがまま、とろとろになった顔をバツに向けていたのだが、シーンとした空気を肌で感じ取り、やっと自分が何をしていたのか気が付いた。
さっーと、血の気が引くのと同時に、バツを思いっきり突き放す。
「お、お前! 何キスしてんだよ!! 恥ずかしいだろ!! どアホ!!!」
バツは、涎まみれの唇を手の甲で拭い、次兄の判定を待った。
次兄は、ごくり、と唾を飲みこみ、深いため息をついた。
「……このような人前で、あのような激しいキスを……確かに、お前には勇気がある。バツ、認めよう」
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