第3話 溺れる肺

「目をゆっくり閉じて下さい。貴方は今どのような景色が見えますか?」


「川が見えます。小さい頃によく遊んだ近所の川です」


「貴方は今、何をしていますか?」


「兄と川で水遊びをしています」


 そこで私の記憶は途切れてしまう。


 私は水が怖い。


 幼い頃、川で兄と遊んでいる最中に浅瀬の先の急な深みに足を滑らせ私と兄は溺れてしまった。

 私だけが助かったが兄は見つかっていない。

 川の流れが急な事もあり、いくら捜索しても遺体は見つからなかった。

 私の記憶は途切れたまま当時の事を思い出せない。


 その日以来、水が怖いのだ。


 悩んだ末に私は今カウンセリングを受けている。それでも川で兄と遊んでる光景その先の記憶が途切れてしまう。


 近頃、夢を見るようになった。


 私は兄と川で遊んでいる。浅瀬から深みへ足を滑らせてしまい水の中視界は塞がれてしまう。


「助けて!」


 そう叫んで目を覚ました。

 肺だろうか?胸の辺りが不快に感じる。


 その日以来、私は続けてあの日の夢を見る。


 深く、より深く、もっと深く、どこまでも深く……


 日を増すごとに夢の輪郭がはっきりと見えてくる。


 そうだ私は確かに足を引っ張られた。


 記憶が蘇り、私は恐怖に震えた。

 誰が私の足を引っ張ったのだろう?


 夢を見るのに比例して身体にも影響が出始める。

 胸の不快感は強くなり、目眩や冷や汗、何より激しい息切れが私を襲う。


 カウンセリングの先生へ相談してみた。


「先生、夢を見るんです」


「あの日の事を思い出してきてるのかもしれません」


「夢の輪郭がはっきりしてきます。私はどうすれば……」


「無理はいけません、それより体調も良くなさそうだ一旦、別の病院を紹介しましょう」


 私は紹介してもらった病院で検査を受けた。


「肺に水が溜まってます」


 検査内容と夢が結び付き、私は固まる。


「原因は色々と考えられますが大事を取って安静にして下さい」


 医者の話しも頭に入ってこない。夢と何か関係があるのだろうか?私の足を引っ張るのは一体誰?あの日の事ばかりが思い出されてしまう。


 家に帰り混乱する思考を抱え眠りにつく。


 私は夢を見た。


 近所の川


 浅瀬での水遊び


 深みへ足を滑らせる


 深く、より深く、もっと深く、どこまでも深く……


 私は溺れていく


 誰かが私の足を引っ張る


 誰だろう?






 ……兄だ


 掴んだ足を離してはくれない


 私は今、気がついた


 幼いままの兄が私を呼んでいるんだ……


「ごめんね」


「寂しかったよね」


 私はどこまでも深く沈んでいく


 “肺は水で満たされる”


















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