ピリオドのない話。

@yanagi-kasuka

ピリオドの返事話



さよならが決まっていない恋なんてない。

何故なら人はこの世界と必ず別れを告げる日が来るのだから。



「あちぃ……」

アスファルトが歪んで見える。蝉の声がうるさくて、俺の声も掻き消されるくらい小さく聞こえた。

学校の近くのコンビニ。植え込みの木が影を作って、ちょっとした避暑になっていた。

植え込みと地面の、もう意味が無いくらい低い段差に腰掛けて、待っている。

友達を待っている、なんてはっきり言えれば良かったけど、最近なんだか、それがしっくりこない。

一緒にいすぎてからかわれるのにはもう慣れていた。満更でもない自分にも。なんとか夫妻が来たぞ、なんて言われて、夫妻じゃねぇよ、と笑うあいつに合わせて笑う度、あぁそういうのじゃねぇよな、と言い聞かせていた。

「そういうのじゃない」

蝉の声がうるさい。下心を隠そうと精神統一でもしようとしたのに、気が散る。

そうじゃないんだって、あいつが言うから。

そうじゃない、そうじゃない、そうじゃない……。

「そう」だと思いたいのは俺だけだから。

恋なんてしたことないから、わからないに決まってる。

ただ、あいつといるのが一番居心地がいいとか。学校帰りに寄り道に誘われても、断らないのはあいつだからかな、とか。

そういうことを考えては、いつも唸っている。

女が寄るのは別にいいけど男とふざけるのはなんか嫌だ。なんでかわからないけど嫌だ。

背丈だって変わらない、声も男。でも確かにあいつの方が顔はいいし、線が細いけど、過去に彼女だっていた。ちなみに俺はついこの前別れた。

女にふられてヤケを起こしているのかもしれない。

だったらなおさら情けないな、と固まった体を解すために背伸びをした。瞬間。

「おまたせ」

「うおっ !?」

冷たい何かが頬にあたる。がさ、というビニールの音。

悪戯っぽく笑うあいつが、そこに立っていた。

「アイス買ってきた!」

「まじ?ありがてぇ……ゴチです」

さっきまで考えていたことは頭の片隅に投げる。

このクソ暑い中でアイスなんて、こいつもしかして神か?

両手を合わせて拝めば、なんだそれ、とあいつが笑った。

いつも思うのだ。綺麗に笑うやつだな、なんて。

おっと、よくない考えが戻ってくる。片隅に押しやって、と。

「抹茶好きだったっけ」

「覚えてんのかよ。まぁ二つしかないし、お前がチョコ好きな時点で決まってるだろ」

俺も覚えてるけどさ。

さっさと実食実食、と言いながら、となりに腰掛ける。渡されたアイスの蓋を開ければ、いい具合に溶けていた。

「うまっ」

「そりゃ高級ブランドだから。寄り道付き合ってくれたお礼な」

付き合う。

何となくその言葉を意識してしまう。付き合う、か。何だろうな、付き合うとか、恋するとかさ。

全然わかんないまま、元カノばっかり増やしてきたけど、きっと今更わかっても遅い。

「……どうした、ぼーっとして。彼女にフラれて感傷にでも浸ってんの?」

あながち間違いじゃない。

「いやー……うーん……」

押しやったはずの考え、感情が戻ってくる。

伏し目がちにアイスをつつく横顔、額から垂れる汗。濡れた唇が綺麗で。

あいつがこちらを向く。バチッと目が合って、すかさず逸らして、アイスをつつく作業に戻った。

「……何考えてんの、お前」

「……いや、何も」

「嘘つけ、何か考えてる時黙るだろ」

ぐうの音も出なかった。

ここまで言われちゃ仕方ない。

俺は残りのアイスをかきこむと、ふぅ、と息を整える。差し出されたポケットティッシュで口を拭うと、あいつがその向こうで笑っていた。

はぁ、と、長いため息が出た。どこからどう言うべきか。むしろ相談するにはあまりにも哲学的な気がする。

アスファルトをじっと見てみる。うーん、と唸りながら、考えて、考えて。

「……恋って何だと思う?」

結局、絶対答えがわからない問いにたどり着いた。

あいつはぽかんと口を開けて、何度か瞬きした後、空になったアイスのカップを袋に入れ、神妙な面持ちで。

「ん、ふ……ははははは!!」

大爆笑した。

「笑うんじゃねぇよ!! 真剣なんだよこっちは!!」

「だよな、ふふ……お前、元カノの数だけは多いし、ふは……さすがにそろそろ考えるか……んふふっ」

成長したようで何より、と言いながら、余韻でクスクスとうるさいので、頭を叩いておいた。

「いやさ、図星といえば図星なんだけど。……俺、付き合うとか恋とかわかんなかったし」

お前はわかる?

あれだけ俺を笑ったんだからわかるだろう。

あいつは、うーん、と腕を組んで、考えている。その上品な所作が似合うのがむかついた。

「……わからん」

「わかんねぇのかよ!!」

真剣な顔で言うな、そんなこと。頭いいフリして馬鹿なのか。

こいつに相談した俺が馬鹿だった。頭を抱える。少しでもこいつに揺らぎそうに……なってないけど……とにかく、俺も馬鹿だと思った。

「ごめんって。いやでもさ、そんなこと言われるって思わないじゃん。まさかのお前から」

「悪かったな」

「拗ねんなって」

バシバシと背中を叩いたあとに、あいつが空を見上げる。

ふぅ、とため息をつくと、今度はちょっと真剣に、しかし笑いながら話し始める。

「……感覚だと思うよ。恋とか、付き合うとか。そばに居て心地いいとか、ずっと一緒にいても飽きないとか、誰かと一緒にいたらちょっと嫉妬するとか……そういう小さい違和感の積み重ねが、恋っていう感覚になる」

付き合う、はその魅力を再確認する作業なんじゃないか。

ここまで言われて、押し黙る。同性相手でも成り立つものなのか、わからなかったからだ。

だって全部、端から端まで、俺があいつに思っていたことだったから。

「でもさ、恋って感覚だから、だんだん忘れてくじゃん。だからフラれるし、永遠には続かない。覚えがあるだろ?」

「うっ」

「ははっ」

からかわれて、俺は黙り込む。余計に何も言えなくなった。

「恋はいつか死ぬものなんだよ。さよならが決まってる。俺だってそこそこ女の子をフッたりフラれたりしたし」

これだけ聞いたらまるでクズだが、まさにその通りである。しかもだいたいは女の子から声がかかるのだ。

さよならが決まっている感覚。俺があいつに、目の前の男に覚えた感覚に、終わりが来る。

そんなの、微塵も感じなかった。

じゃあこれは、何だろう。恋には一致しているのに、さよならなんて感じさせない感覚。

「さよならがない恋は?」

「え」

「さよならがない、ってかさ……さよならしたくないと思うような恋って、ないの?」

俺はあいつを見ながら、聞いてみる。

純粋な疑問だった。この名前が知りたい。恋で止まりたくないものがもしあるなら、俺は。

「……愛、かな。……愛はずっと続く気がする。なんというか……うーん、難しいけど……『愛してる』って言葉があるくらいだし、あとほら、愛ってなんか、深い感じするだろ」

馬鹿のくせに難しいことを言うな、なんてため息をつきながら、納得できるようで出来ないことをごにょごにょと口に出している。

愛。

愛か。愛。確かに、そうかもしれない。さよならが決まっていない感情。抱き続けられる感情。

恋が終わるのが嫌で、恋を超えた先の感情。

愛してる、なんて、言葉。

「そろそろ帰るか、涼しい場所いきたいし」

隣で、あいつが立ち上がる。

数歩踏み出したあと、動かない俺を見下ろした。

見慣れていた顔だ。綺麗な作りをしているのは知ってるし、だから女にモテる。頭もいい。一緒にいて飽きないし、心地いい。他の男と話しているのを見ると、複雑になる。

だから、もしかして。

「置いてくからな」

呆れて身を翻そうとした、あいつの手首を掴む。

「なんだよ」

不意に出た言葉に、すぐに返事は返せなかった。

俺が、こいつを?まさか。いや、わからない。

言ってみてもいいんじゃないか。どんな反応をするか、わからないけれど。

なんて言う?それは、もちろん。

「………」

乾いた唇を開く。

「あのさ」

夏の生ぬるい風が吹いた。緑の影が揺れて、ざわざわと、音がする。

戸惑うような視線を感じた。何を考えているのかわからない、というような。

俺は長い溜息をついた。蝉の声が、囃し立てるように響き出す。

暑い。心做しか、鼓動も早い。……勘違いかも、しれないけど。

「……あ、」

言うのか、俺は。まだわからないのに?

そう、わからないのだ。わからないからこそ。

「……脚、痺れた」

壊れてしまうのが、一気に怖くなった。このままの日々が、なくなってしまうのが。

「はぁ?」

あいつが呆れる。手首を掴み返して、よいしょ、と腕を引っ張る。

そう、これでいい。別にどんな感情を持とうが、今、一緒に居られるのならば。

愛情とか、よくわからないけれど、それによって壊れるものがあるなら、俺はその道を選ばない。

立ち上がる。勢いで手を引かれながら歩き出した。

夏風は温いままで、変わらない。違うのは、 手首を掴む温度だけ。


その手が離れたことを名残惜しく思ったのは、きっと気のせいだ。

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