第2話 昭和!?

 授業終了のチャイムが鳴る。それと同時に、遙はうーんと伸びをした。すると、後ろから同じように「う~ん」という声と伸びをする気配。

「あー良く寝た」

 ふわぁと大あくびをし、光はポリポリと頭を掻く。

「これ、ありがと」

 遙は教科書を光の机の上に置き、立ち上がった。とりあえず教室を出て、カオルにでも連絡を……

「錦織さん。校内を案内するわ」

 先程真を注意していた女生徒が、遙の隣に歩み寄ってきた。

「いや、別に知ってるし。というか、机とか古くない? それに何? あの棚」

 遙の矢継ぎ早の問い掛けに、女生徒はただきょとんとした表情をしている。

「ちょっと友達と電話するから、ごめん」

 そう言って、遙はブレザーの胸ポケットからスマホを取り出した。スリープ状態を解除する。

「あれ?」

 日時が文字化けしていた。慌てて画面を指でスライドさせる。映し出されるアプリ。しかしこれも文字化け。

「うそ!?」

 通話アプリと思しきものをタップし、なんとかカオルらしき人物の電話番号を選択するが、反応が無い。

「マジで!? 壊れた?」

 焦って色々タップしたり、スライドさせるが直る様子はない。

「何だ? これ」

「お? 面白そうじゃん」

 両側から掛けられた声に、遙は顔を上げる。

「ちょ、ちょっと……」

 真と光、二人が覗き込むように立っていた。遙は慌ててスマホを隠すと、離れる様に一歩下がる。

「勝手に見ないでよ。てかスマホ知らないとかありえないんだけど」

 今時、二人に一人はスマホを持っていると言われているのに、二人の反応は初めて見たようである。

「スマホ? 何だそれ? 優子、知ってるか?」

 真は眉間に皺を寄せ、先程の女生徒――優子と言うらしい――に問い掛ける。が、優子も「さあ……」と首を傾げる。

「マジで? え? 冗談とかじゃないよね?」

 遙は、周囲に助けを求める様に視線を巡らせた。しかし誰も目を合わそうとしない。合ったとしても、不審そうな顔をして逸らされてしまう。

 そこでふと、遙はある事に気付いた。男子は学ラン、女子は紺色のセーラー服。それは分かる。が、女子のスカートの長さが、今と全く違うのだ。短くて膝下。長ければくるぶしまである者もいる。

 ……おかしい。これじゃまるで……

「よっと」

 さっと、遙の手からスマホが奪われる。

「ちょっと、返してよ!」

「へえ~凄いな、これ。何書いてるか分かんねーけど」

 楽しそうに画面をスライドさせている光に、遙はずいっと手を差し出す。しかし光は身を翻すと、自身の机に座り、画面を触り続ける。

「返してってば!」

 遙が少し強めに言った時だった。

「さっきから聞いてれば……光さんに失礼だぞ!」

 光を庇うように、遙の目の前に一人の男子生徒が立ちはだかる。

「あんた誰よ」

 また面倒臭そうなやつが登場しちゃったよ……

 溜息をつきたくなるが、ぐっと我慢する。

「真さんと光さんの一番の舎弟しゃてい、尾形悟とは俺の事だぁ~っ!」

 遙は盛大に溜息をついた。

「いくら転校生だからって、少しは痛い目を……」

 尾形の口上の途中だが、この場にそぐわないバラードが流れ出した。

「うおっ!?」

 スマホをいじっていた光が驚きの声を上げ、取り落としそうになって慌てる。どうやらミュージックプレイヤーを押したらしい。この隙を逃さず、遙はスマホを奪い返すと曲を止める。そして素早くポケットにしまった。それと同時に、次の授業開始のチャイム。遙たちを見ていた生徒たちが、ガタガタと席につく。

「あ、じゃあ昼休みに案内するね」

 優子もそそくさと席に戻り、教科書を出す。遙は教師がやってくる前に教室を出た。



 教師の声と、板書する音しか聞こえない校舎を遙は歩く。造りは同じだが、あちこちに年代を感じる。教室の入り口から見える教師は、見た事が無い顔ばかり。遙はだんだん不安になってきた。果たして自分は今、本当に白麗はくれい高校にいるのだろうか。知っている顔に合わないし、スマホは壊れているし……

「何なのよ、もう……」

 ぽつりと呟く。じわりと景色が滲むが、ぎゅっと一度目を閉じ、開く。ここで泣いても仕方がない。遙は気分を変えようと、屋上に向かった。

 ガチャリとノブを回しドアを開く。ここから見える風景は変わらないはずだ。ごくりと唾を飲み、遙は足を踏み出した。

「……何で? 一体ここは何なのよ!」

 白い柵に走り寄り、半ば叫ぶように一人ごちる。

 目の前に広がる風景。それは遙が見た事の無いものであった。高層ビルやマンションなどは見当たらない。見えるのは、一軒家や商店街のアーケード。大体柵ではなく、フェンスだったはずだ。遙は柵に体を押し付け、もっとよく見ようと身を乗り出した。

「人の目の前で飛び降りとか止めなよ」

 気の強そうな女性の声。遙は振り返って声の方を見た。先ほど入ってきたドアの横に、これまたくるぶしまでのスカートに、今ではダサい、ウェーブのかかったワンレングスヘアー。どう見ても普通の生徒ではなさそうな女子の姿があった。

「ここの生徒じゃなさそうだね。どうしたんだい?」

「ここって白麗高校なの? いや、それより今はいつ?」

 遙の真剣な表情に、女生徒はびっくりしたように目を見開くが、すぐに笑みを浮かべ近付いてきた。そのまま遙の隣に立ち、柵に寄りかかる。

「ここは白麗で、今は八一年」

「八一年……?」

「そ。一九八一年」

「二〇二三年じゃないの?」

 信じられない。窓から落ちただけなのに。タイムスリップとかいうやつ? マンガでもあるまいし……

「転校初日に遅刻した上に、早速サボりとはやりますなぁ」

「何? 転校生なの? ああ、だから制服が違うんだね」

 両手をズボンのポケットに突っ込み、ニヤニヤしながら屋上に出てきた光に向かい、女生徒が手を挙げながら応える。

「今は何年?」

 遙は、同じ質問を光にぶつける。光は「はあ?」と眉間に皺を寄せ遙かに歩み寄ると、おもむろに片手を遙の額に当てた。

「なっ……!?」

 予想外の行動に遙は上体を逸らすが、背中が柵に当たってしまう。

「熱は無いみたいだな。うん」

 一人頷くと、光は再びポケットに手を突っ込む。

「今は一九八一年。昭和で言うと五六年。それぐらい俺でも分かる」

「それぐらいしか分からないんだろ」

 女生徒がカラカラと笑う。しかし遙は笑えない。


「二〇二三、令和五年じゃないの?」


「レイワ? 何だそれ」

「さあ?」

 二人の様子を見る限り、冗談ではないようだ。遙を、くらりと眩暈が襲う。

「大丈夫かい?」

 女生徒が遙の腕を掴む。

 昭和だとすれば、すべてに筋が通る。木製の靴箱、ロッカーではなく棚である事、スカートの長さ、スマホを知らない事……

「……帰して」

「え?」

「私を元の時代に帰して!」

 ばっと女生徒の手を振り払い、遙は語気強く言い放つ。

「何? 昭和って。第一、私、平成生まれだし。こんなダサい時代とかマジ無理……」

 遙が頭を抱えた時であった。光とは違う、男の声が入ってきたのは。

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