レイン

道生きょう味

 この世界のどこか、誰も知らないある村に、レインという少女が住んでいました。

 レインは昔から体の弱い女の子で、いつも村の学校に行けず、一日のほとんどをベッドの上で過ごしていました。


 ある日、レインは体の調子が良かったので外に出ていました。また、雨が降っていたので、傘をさしました。

 雨粒が傘にあたる音はとても心地よく、レインはその音に耳を澄ませながら歩きます。

 レインは、楽しく散歩を続けていました。


 ところが、レインが森の中を歩いていると、怪物がやって来て、彼女の目を奪い去ってしまったのです。

 レインは視覚を失ってしまいました。


「お母さん、どこなの?」

 何も見えない、真っ暗闇の中でレインは叫びます。

 しかし、そんな彼女の叫びに、誰も耳を傾けてはくれませんでした。

 なにせ、その日は雨で、それに加えてレインは誰もいない森の中にいたのですから。いくら叫んでも、その声は雨にかき消され、聞こえなくなるのです。

「…もう、だめなのかな。ここで、死んじゃうのかな?」

 レインが諦めかけた、その時でした。


「お嬢ちゃん、こんなところでどうしたんだい?」

 通りがかったおばあさんが、レインに声を掛けてくれたのです。

 レインはおばあさんに、怪物に目を取られて何も見えなくなっていること、そのために動けなくなっていることを話しました。


 おばあさんは言います。

「よかったら、わたしの家に寄っていくかい? ここじゃ寒いだろう」

 レインは、おばあさんの家へ行くことにしました。


 おばあさんの家はとても温かでした。どこからか、薪のパチパチという音が聞こえます。

 それがさらにレインの気持ちを温かくしてくれました。


「さあ、こっちだよ」

 おばあさんはレインをどこかへ案内してくれました。

(どこへ行くのかしら?)

 レインはそう思い、好奇心でおばあさんの声のする方へと進んでいきました。

 すると、突然何者かに腕を引っ張られ、レインは尻もちをついてしまいました。


「行っちゃだめだよ」

と、少年の声が言います。

「どうして?」

とレインが尋ねると、その声は答えました。

「ここは、魔女の家なんだ。あのおばあさんは君を食べる気だよ」


 レインが進もうとした道の先から、おばあさんの声がします。

「お嬢ちゃん、こっちにおいで。今、温かいホットミルクを用意してあげるから」


 レインは迷いました。

 おばあさんを信じるべきか、少年を信じるべきか。

 普通なら、出会ってすぐの人を信じてはいけません。しかし、それはおばあさんに対しても一緒で、また、少年には一度、どこかで出会った気がして、レインは少年と一緒に逃げ出しました。


 おばあさんは、レインを追いかけます。

「まてっ!!」

 さっきまでの優しい響きはすっかり消え去り、地の底から這い上がってくるような恐ろしい声に変わっていました。


 レインは、逃げて正解だったと直感しました。

(あのおばあさんは、本物の魔女だったんだ!!)


 二人は命からがら家の外へ出ましたが、魔女はまだ追いかけてきます。

 レインたちは必死で逃げました。

 魔女が追いかけてこられないところまで、どこまでも、どこまでも…。


 しかし、二人はとうとう行き止まりにたどり着いてしまいました。

「もう逃がさんぞぉ!!」

 魔女は恐ろしげな声で言いました。


「どうしよう」

 レインは怖くて、もう一歩だって動けません。


 すると、少年がレインの手を離し、魔女の方へと駆けて行きました。

 そして、隠し持っていたナイフを取り出すと、魔女の心臓にそれを刺しこみました。

 魔女は耳を劈くような甲高い悲鳴を上げると、その場にばたりと倒れて、ピクリとも動かなくなってしまいました。

 ――そう、魔女は死んだのです。

 それを認めると、レインは手を叩いて喜びました。少年も一緒に喜んでいます。


「そういえば、あなたは誰なの?」

 ふと気になって、レインは訊きました。

「僕はフロウっていうんだ。君はレインだろう?」

 レインは、フロウが自分の名前を知っていることに驚きました。

「どうしてわかったの?」

「僕は君と同じところに住んでいるからね」

 その言葉で、レインはフロウが同じ村に住んでいる子どもだと知りました。どうりで、あったことがあると思ったわけです。


 フロウはレインの目が怪物に取られたことを知ると、

「それじゃあ、二人で怪物から目を取り返すのはどうだい?」

とレインに提案しました。レインも、そうしよう、と深く頷いてそれを肯定しました。

 それで、レインはフロウと二人で、怪物から目を取り返すことにしました。



 レインとフロウは怪物の住処をすぐに見つけました。いえ、どちらかというと、怪物の村のようです。そこには、レインと同じ大きさの巨大な虫や草木を操る怪物など、いろいろなモノがいました。

 レインの目を奪った怪物がいるところは、村の中央にある大きな家のようです。

 どこから行っても、必ず怪物に見つかってしまう位置なので、レインは困ってしまいました。


 すると、フロウが何かを思いついた様子で立ち上がりました。

「まっててね。僕が周りの怪物をなんとかしてくるから」

 そう言うと、フロウはレインの目を取った怪物以外のモノたちの家に火を付けました。

 木製の家ばかりだったので、瞬く間に炎は燃え広がり、轟轟と音を立てて全てが黒く染まっていきました。

 レインの鼻に、全部が焼け焦げていく匂いが届きます。


 レインには遠すぎて分かりませんが、今、村中が大パニックです。

 その騒ぎを聞いた中央の家の怪物は、外に出て惨状を目の当たりにし、大きな悲鳴を上げました。

「こんなことをしたヤツは誰だ!?」


 そして怪物はレインを見つけ出しました。

「お前が俺たちをこんな目にあわせたのか!!」

「ちがう、私じゃない!!」

 レインは必死に否定しましたが、怪物は信じてくれません。仲間では無いから、“信頼”というものが無いのです。


「殺してやるっっ!!」

 怪物が、怒りと憎しみに満ちた雄叫びを上げながら、レインの首を爪で掻き切ろうとしたその時です…!


 怪物は低い呻き声を漏らしながら、ばたりと倒れ、そのまま動かなくなってしまいました。

 胸には、あの魔女を殺したナイフ…。

 そう、フロウが間一髪のところでレインを助けてくれたのです。

「大丈夫? レイン」

「うん。ありがとう」


 レインは怪物が目を持っていないか探しました。しかし、見つけることは出来ませんでした。死んだ怪物は、レインの目を家の中に置いてきてしまったようです。

 村は既に火の海ですが、それを分かっていながらもレインは、目を取り返すために意を決してその中へ飛び込もうとしました。

 しかし、フロウが

「その必要は無いよ」

と止めました。


「怪物が僕たちを探している間に、家に忍び込んで君の目を取ってきたんだ」

「本当?」

「ああ、本当さ」


 こうして、レインは視覚を取り戻すことができました。




                                  おしまい

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