戻ってきた幼なじみが経験ゼロっぽいので、オレが何もかも教えることにしました。
遥 かずら
第1話 隣り合わせの窓で
「え? 砂森みるく?」
「そう。学年途中で転校しちゃったあの子……というより、砂森さん一家。覚えてる?」
高校生になってから二か月が経った日の土曜の朝。母さんがいきなり懐かしい名前を口にした。
この時期、うちの学校では体育祭が控えていることもあって、土曜だからと家でゴロゴロしていい余裕はない。そんな余裕の無いこの時間になぜあの子の名前が出てくるのだろうか。
砂森みるくはオレの幼なじみだった。小学校の学年途中で両親の都合で引っ越してしまって以来、しばらく彼女のことを気にすることは無かったんだけど……。
「もちろん覚えてるよ。けど、どっかに引っ越ししていったよね? うちもだけど」
オレの返事に、母さんは口元を緩めて何かを言いたくてたまらない顔を見せている。
「そう! 引っ越し!」
「ん? それがどうか……というか、嬉しそうにしてるのは何で?」
「隣の空き家、今リフォーム中でしょ? どうしてだと思う?」
オレの家の隣は長い間空き家だった。しかし最近になって工事関係者が出入りするようになり、今はリフォーム作業がピークを迎えている。
その時点で誰かが越してくるってことくらいは予想してた。ようやくお隣さんに挨拶が出来るという意味で嬉しさが込み上がっているなら……
「……お隣さんに好きな芸能人でも越してくるとか?」
母さんはミーハーなところがあるし、なくはない話だ。
「好きになるのはあなたの方じゃないかな〜」
「は?」
「まだ時間あるでしょ? さっき窓際に顔を見せてたからあなたのことを待ってるんじゃない?」
全く話が見えないんだけど……。
というか、
「窓ってどこの?」
「お隣さんとうちの窓が隣り合わせしているのは洗面所だけでしょ。そこならタイミングが合えば顔を見れるわけだし、行ってみたら?」
ずいぶんと勿体ぶるけど、要するにオレが好きになりそうな女の子がいるって意味だな。母さんの煽りに乗るのはしゃくだけどお隣さんが可愛い女の子ってことなら、とりあえず挨拶でもしておくか。
隣の家は工事用の白い防音シートがかけられていて、もうすぐ完成しそうな気配を感じさせている。
窓の前に立つと隣の家が見えるものの、そのほとんどはシートに覆われていてよく見えない。しかし洗面所の窓部分だけは露わになっていて、真新しい様子が見られたりする。
母さんに言われたとおり、オレは窓を開けて誰かを待つことにした。
「あっ……ども」
しかしご対面をしたのは工事関係者のお姉さんとおっさんで、何となく気まずくなった。
もしかしなくても母さんの勘違いだったのでは?
妙な期待なんかするんじゃなかった……そう思って戻ろうとするオレに、
「ともくん、見つけた」
背中越しに声をかけられた。聞こえてきたのは紛れもない女の子の声だ。
オレのことを知っているってことは――
「――でかいな、メガネが!」
女の子の顔よりも真っ先にメガネが視界に飛び込んできた。
一呼吸置いて顔を見ると、サイズの合わない赤ぶちメガネをかけた子がオレを不思議そうに見ていて、今にも床に落としそうなくらい首を
「メガネ、可愛い?」
「そりゃあ……というか、みるくだよな?」
「そういうともくんはともくん」
「今は
赤ぶちメガネをかけているみるくを見て、オレは思わず安心した。数年ぶりに再会すると性格が全然違ってることがあるからだ。
しかし赤ぶちメガネは可愛いうえに活発女子がかけることが多い(オレの常識)だけに、あの頃とてんで変わっていないのは良かった。
それにしても母さんが言っていたとおりの展開だな。
「あっ、メガネ……」
言ってるそばから、みるくがかけているでかいメガネがこちら側の床に落ちた。窓が隣り合わせなおかげですぐに拾って返せるのはいいのか悪いのか。
「ほら、メガネ」
「……? どうすればいいの?」
「へ? いや、今みるくがかけてたメガネだぞ。まさかこんな間近なのにド近眼か?」
オレがみるくと一緒に遊んでいた頃は、活発な小学生でメガネをかけていなかった。
それがまさかの超近眼とかになっているのか?
メガネはとりあえず洗面台に置くとして、
「みるく、オレの指は何本に見える?」
間近すぎて参考にならないが、確かめてみることにした。
「ともくんが人のままなら一本」
「人間だ! じゃあこれは?」
両手を大きく広げるも、
「ともくんの手、冷たい。温める?」
みるくはオレの指の数を言わずに両手を重ねてきた。
もしや天然に変わったか?
「手を合わせるんじゃなくて、何本……」
「二人合わせて二十本。合ってる?」
「……まぁな」
メガネどころの問題じゃなく再会して早々にオレをからかうとか、これも母さんと打ち合わせ通りの行動なのか?
とりあえず、
「ほら、メガネ返すから」
「それをどうするの……?」
赤ぶちメガネを手渡そうとするオレを見ながら、またしてもみるくは首を傾げている。
仕草が可愛いのはいいとしても、
「かければいいだけだぞ?」
「ともくんがかけて」
「オレは目は悪くないし、それはみるくのメガネだし……」
ずっと首を傾げながらもみるくはオレの反応を待っているように見えたので、まさかと思いながら、メガネをかけてあげた。
「――ありがとう、ともくん」
「…………今度は気を付けろよ?」
何だかよく分からないけどオレの手によってメガネをかけさせたかった?
「ともくん」
「ん?」
「これからたくさんよろしくね、ともくん」
「学校も同じだろうしよろしく! リフォームが終わったら挨拶行くからそん時また会うけどな」
小学生の頃と高校生になった今では変わるのは仕方が無いとはいえ、妙な違和感があるのは気のせいだろうか。
それにしてもオレの家の隣に越して来るなんて、これって偶然だよな?
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