司令!海賊追うのはいいですが、暴力は控えていただけますか!

蒼井シフト

プロローグ:伝言

 指揮官は、ブリッジのシートに座っていた。前に顔を向けているが、そこには何もない。身じろぎもせず、黙って座っている姿は、人形のようだった。


 節電のため、艦内の照明は消されている。

 隊員たちは、一人用の退避ボックスに入って横たわっていた。気圧低下の際に乗組員を守る仕組みだが、エネルギー不足で酸素の供給が止まった状態では、長くは保たない。

 時だけが静かに流れていく。


 ピポン、という音が鳴った。

「遠征司令部から返信がありました」

 待ち焦がれた報告がようやく届く。それでも指揮官は微動だにしない。

「待機せよ、とのことです」


 MI(機械知性)が、返信内容を伝えても、指揮官は無表情のままだった。

 ややあって、大きく息を吸い、

 そのまま、表情は何も変えずに、息だけ吐きだして、嘆息した。

 遠征司令部は、捜索・救助を断念したのだ。

 代わりは、いくらでも「在る」から。


 指揮官は、仲間が濫用されるのを、何度も見てきた。

 安易な作戦、不十分な偵察や援護、無理な突入で。

 姉妹たちの体を、文字通り踏み越えながら、進んできたのだ。


“それでも、自分はまだ恵まれた方だ・・・十分に戦ったから”

 敵の地上部隊との、激しい交戦。

 銃剣での応酬となることも度々あった。

 組織的な抵抗が壊滅すると、あとは残敵の掃討に従事した。


 そうした戦いを思い出すと、今でも、体の奥底に、熾火のような喜びが疼く。

 昔は、その高揚が命ずるままに、ひたすらに戦い続けていた。

 しかし、生き残り、任務を重ねるうちに、

“この感覚は、仕組まれたものなのではないか?”

 という疑念を、感じるようになった。


“自分のことは良い。十分に戦ったから。

だが・・・”

 指揮官の体がようやく動き、近くの退避ボックスに目を向けた。

 内部の操作パネルの光で、中の様子が微かに見える。

 まだ顔に幼さを残した初年兵が、仰向けに横たわっていた。

 無言で、天井を見上げている。


 自分のことは、もう良い。

 だが初年兵が、戦う機会も与えられず朽ちるのは、いたたまれなかった。

 初めて、悔しい、不当だという感情を抱いた。


「ザッカウ」

 星間航法エンジンを制御するMIを呼ぶ。

「我々が死んでも、お前は活動継続できるな?」

「まもなく停止しますが、電力が供給されれば、再起動可能です」


 遠征司令部が捜索を断念した以上、その可能性は、極めて低い。

 それでも指揮官は、ザッカウに伝言を頼んだ。


「私と同じ、姉妹が来たら、伝えて欲しい。


 我ら、命に従いて、ここに臥せり、と」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る