第22話 惨劇の痕跡
「すまない。そういうつもりで一緒に寝たわけではないのだが」
朝食の席。申し訳なさそうに赤面して公主様がうつむいている。
昨晩作成した大きな丸太テーブルには、携帯用の保存食であるパンと白湯のスープが並んでいる。
「俺だって
さらっと事実を誤魔化して、なんだかそれらしいことを言って
「翔くんだって喜んでたと思うよ。柔らかな抱き枕だったって」
右手に柔らかく温かい感触が
と、
「何言い出しちゃってんだ
ケラケラと桜華がお腹を抱えて笑っている。殴りたい。
隣の席のアリスが不思議そうに首を傾げる。
「何かあったんですか?」
桜華がププッと吹き出しながら応じる。
「ナニかがあったみたいだよー」
怒りのボルテージが際限なく上がっていくのを
「桜華は口を開けば、何でも誇張して話す井戸端会議のおばちゃんみたいなやつなんだ。気にしないでくれ」
「そうなんですか。なるほどです」
妙に得心がいったという感じでアリスは頷いている。どこかから抗議の声が聞こえた気がしたが、
「ちょっと出発する前に周りを見てくるよ。もしかすると生存者がいるかもしれないし」
望み薄ではあるが。
森に踏み入ろうと一歩を踏み出すと、龍衣の袖をアリスにちょこんと掴まれた。
「私も行きます」
「駄目だ。君はここで待ってるんだ。俺一人じゃ守り切れない」
「でも、私の家族を探して頂くのに自分だけ待っていることなんてできません!」
真っ直ぐに力強いコバルトブルーの瞳が向けられる。それは引くことのできない強い意志を宿しているように見えた。
すると、意外な人物が名乗りをあげた。
「そういうことなら私も行くぞ。桜華も一緒に行こう」
公主様が
昨日の態度からして協力は望めないものとばかり思っていた
「まじか。なら千里眼を使ってくれないか」
千里眼を使えば周囲の状況が一目瞭然となる。
探索の精度を高めるため是非とも使用してほしいところなのだが。
「すまない。今は千里眼を使うことができない」
あっさり断られてしまった。
適性属性のない
そのため、千里眼がどれほど高度な魔術で、使用に際してどれほどの負担がかかるものなのか、そしてどのようなリスクが生じるものなのか。
昨夜も感じた公主様への不信感が再びもたげてくる。
だが、同時にわからなくもある。果たして彼女は協力的なのか非協力的なのか。千里眼を使ってまで協力する気はないが、同行を申し出る程度には協力する気があるということなのか。それはどのような心理が作用した結果なのか。
(あるいは、何か使うことのできない特別な理由が他にあるのか)
公主様が感情をうまく言葉にして伝えることのできない不器用な女だということは薄々わかっている。もしそうなら、ちゃんと話を聞いたほうが良いのかもしれない。
だがその考えも、アリスを睨みつけるようにしている公主様の姿が視界に入り、
「おい、どういうつもりだ。なぜアリスさんを睨みつける」
「
「どうしてって当たり前だろ!?
公主様は少し潤んだ目でこちらをじっと睨みつけ、プルプルと肩を震わせたかと思いきやプイッとそっぽを向いた。無言の抗議のようである。
「そんなかわい……じゃなかった。そんな態度で俺が納得すると思ってんのか」
後ろから腰の帯を引っ張られた。か細い声が耳に届く。
「やっぱり私、歓迎されていないのでしょうか」
振り返ると今にも泣きだしそうなアリスの顔が視界に入った。その頭にそっと手をやり、安心させようと無意識の内に頭を撫でる。
「大丈夫。アリスさんは俺が守るから」
アリスは青い瞳に溜まった溢れんばかりの涙を零し「ありがとうございます」と礼を言った。
◇◇◇◇◇
帆馬車に残された大量の
ポタポタと森の深部へ続くそれを
が、地面に落ちた血痕を辿る性質上、必然的に視界は下へ固定される。
それが災いした。
「
「ん? って、うぉい!?」
とっさに腰を落として頭を低くする。
頭上数センチのところで、トラバサミのような緑の
同時に後ろへ跳躍し、正体不明の敵から距離を取る。
全体像を視界に収め、
「食人植物!? 魔物じゃねえか」
樹木の上部に寄生するようにして緑の植物がへばりついてぶら下がっている。壺状になった本体の上部には大きな穴が開いており、緑と黄のギザギザした牙のようなものが無数に生えている。側面部からは無数の触手のような
全身からは
なぜ獣王の森に魔物が? という根本的な疑問より先に、ぞぞっと生理的な悪寒が走る。
「貫け、
「消え失せろ。
――
それは適性属性と同系統の属性エネルギーを口または掌から射出する龍人固有の特技である。
一拍反応の遅れた
魔核ごと断ち切り、魔物の姿は森に溶けるようにして消えた。
「助かった。黒陽、サンキューな」
公主様の警告がなければ、今頃は緑のギザギザ帽子をかぶるハメになっていただろう。龍人の体は強靭なので死にはしないだろうが、桜華にからかわれることは間違いない。しかも、
見返りを寄越せと言わんばかりに公主様がずいと頭を突き出してきたので、
「ちょっと翔くん。わたしも助けたんですけどー」
桜華が
「血痕がここで途切れてるな」
周囲を見回していた公主様が「見ろ」と樹木の根本を指差した。
そこには破けた衣服の切れ端や小リュック、片足だけ残された皮のブーツなど、人の痕跡らしきものが残されていた。草むらから折れた長剣を拾い上げ、その刀身を公主様が注意深く観察する。
「魔獣の血が付着しているが錆びてはいない。最近のものだな。そして血痕はここで途切れていて、被害者と思われる人間の
あくまで冷静に公主様は淡々と所見を述べる。
感情的に崩れ落ちたのは列の最後尾で震えていたアリスだった。
「お父さんは……ここで……」
食人植物はその強力な
両手で顔を覆うようにして涙を流すアリス。悲観に暮れるその姿が痛々しくて、
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