第15話 一路西へ
上院本校舎三階。
学園長室。
所属する群れにおいて
例えば、最も低い身分だと単色の布地に
中でも六妃ともなると、龍衣は
また、龍衣の左肩口には爵位を表す紋章とその中央に主人の名を刺繍する決まりとなっている。中央龍皇学園の生徒や教師の龍衣には、全て、翼を広げた
六妃が一人。序列第六位の
「それで
開口一番問われ、
「はい。我々龍人は魔獣との相性が良いので、経験の少ない
「それも問題ではありますが。違います。もう一つあるでしょう」
「魔獣相手に一対一で遅れを取ることはまずありえません。集団で行動すれば、武器を持たなくとも対処は可能でしょう」
トントンとリズムを刻む指の動きが早くなる。
「安全面の観点からその議論も必要でしょう。しかし、
「これです」
それは夏季特別実習のグループ分けを記した紙だった。
「何か問題がありましたか?」
「大アリです!」
そして
「これはどういうことですか」
今度こそ
「どうもこうも……公主様の希望ですので」
「これはただのグループではありません。将来、群れとして生活するための予行演習。言うなれば、仮想群れとでも呼びましょうか。それがなぜ。黒陽公主があの男子生徒と同じグループなのです」
「それはご本人の希望なのでわかりかねます」
「
「あの。お言葉ですが学園長。下院で行われた模擬戦では、公主様自身があの生徒の力量を見抜いたのです。止めることはできませんでした。それに決着はついていません。途中で止めましたから」
だいたい下院への転属を許したのはあなたでしょう。
背もたれに身を投げ出すように預け、
「わかってるわ。あなたはよくやってくれた。でも、本当にどうにもできなかったのかしら」
「最善は尽くしたつもりです」
「私は、明日からの夏季特別実習が不安でなりません。万が一のことがあれば、
「それは流石に大丈夫かと。学生身分で契りを結べば退学処分でありますから」
もう一度、
「あの子はとにかく無防備なのですよ。好印象を持った相手には無意識の内に近づいてしまう癖まである。そしてあの美貌。何日も寝食を共にして放っておく男子がいると思いますか。もしいるなら、私はそれを男とは認めません」
「しかし、退学処分となれば爵位は与えられず、無印となります。一生底辺のまま生活を送ることを許容できるとは思えませんが」
「千年に一人の才女と呼ばれるあの子には、全てを投げ捨てるだけの価値がある。学園卒業と爵位授与を拒否するだけの価値が。なぜなら
◇◇◇◇◇
長期連泊用の日用品。及び、替えの龍衣。その他、必要そうな雑貨類に保存食。野営のための道具をリュックサックに詰め込んで、夏季特別実習へ向けた遠征の準備は整った。
時期的に毛布の類はいらないかと
前日に受けた説明会では、
この世界には、魔物と呼ばれる生物が存在する。動物と魔物の違いは《妖気》を放っているか否かという一点に尽きる。特に、魔物の中でも単純な物理攻撃を主軸とした攻撃を行うのが、獣系の魔物であり、これを龍人たちは魔獣と呼び区別する。なぜなら魔獣は単純な腕力勝負で倒すことができるため、龍人からすると相性が良く、カモという意味で名称を分けて区別するのである。
獣王の森はその名の通り、獣系の魔物が覇権を取った森である。他の魔物はすでに駆逐されており、魔獣しか住んでいない。一年生の最初の実践訓練としては最適な場所なのだと説明会で
「しっかし、どうも気が乗らねえ。わざわざ移動に五日もかける必要あんのか?」
ガタガタと揺れる
馬車と言っても、引いているのは馬ではない。装甲リザードと呼ばれる、硬い鎧のような鱗を全身につけたトカゲが二匹、車輪の付いた荷台を引っ張っている。足は馬ほど早くないが、耐久力があり一日中走り続けてもそのペースが落ちることはない。防御力も高く
同様の帆馬車が計二十台。下院の生徒百五十名と引率の教師二名を乗せて、一路西へ向かっている。それは隊列を組んだ軍隊の進軍のようである。
「まぁそういうな。実践が一番実力を伸ばせるんだ。特に成長期の俺たちにとっちゃ、重要な訓練なのは言うまでもない」
狭い帆馬車内。大きな体を縮こまらせて
どう見ても、この中で一番割を食っているのは彼だった。
帆馬車内部には両端に長い板が張られて椅子のようになっている。進行方向に対して左右に五名ずつ分かれて座り、中央のスペースには各々の荷物が置かれている。ガタンと荷台が揺れるたびにお尻が痛む。乗り心地はあまり良くない。
「だが、わざわざ縄張りの外に出るというのは妙と言えば妙だな。特別な理由がない限り、普通は縄張りから出ないものだ」
「
「ラクレの街。特産品を求めて商人たちがやって来るんで有名だな」
アルガントを経由して商人たちはラクレへ向かう。
その噂を聞きかじっているので、知識として頭に入ってはいた。
桜華がぐいっと腕を引っ張ってくる。
「ねえ、ラクレの特産品ってなんなの?」
はて? 何だっただろうか。
不甲斐ない
「
美しすぎる公主様の横顔をチラリと盗み見る。
あれから、公主様は群れに入りたいとは言わなくなった。というか、群れについて言及すること自体なくなった。
どのような心境の変化があったのかはわからない。
ただ一つ確信していることがある。説得は成功していない。なぜなら
ただ公主様は出発前に謎の宣言をした。
「私は不器用な女だ。だから行動で示すことにする」
何の話かわからなかったので
帆馬車内部には、
「両手に花とはやるじゃねえか。色男」
正面に座る
「六人もはべらせといてよく言うぜ」
「右手に公主様。左手に学年五位の優等生。不満だというなら交換するか?」
「ほんとあんたは……自分を慕う女の子たちの前でよく言えるな」
「いい女だってのは事実だからな。こいつらだって気にしちゃいないぞ。なぁ?」
女子生徒たちは、当たり前だと言わんばかりに頷いてみせる。
その異様な光景に
お互い利用する関係。
それはそれで生きて行くためには必要なスキルなのかもしれない。けれど、やっぱりそれは寂しいような気がしてしまう。
「あんたたちの問題だ。俺が口を挟むべきじゃない。だけど俺は、あんたと同じにはならない」
野太い声が馬車を震わせるように笑い声をあげる。
「ああ、構わんぞ。群れごとに方針が違うのは当たり前だからな」
どうにもこの男。一筋縄ではいかないようである。
だが、嫌いではない。彼の言動は
正直、そこまではっきりと断言し、我が道を進める姿を羨ましくさえ思う。もしかするとそれは、龍人としての理想形なのかもしれない。
「さすが下院の首席ってとこか」
「あん? どうした急に? 熱でもあるのか?」
思いっきり気持ち悪そうに顔をしかめられた。龍衣の袖から覗く野太い腕には鳥肌まで立っている。失礼な奴め。
チラリと右隣を見ると、公主様が再び読書に
「こんな劣悪な環境に置かれても勉強とは……これが上院の首席か」
辞書みたいに分厚い本を開いたまま、公主様がこちらへ視線を向ける。
「少し気になることがあってな。丁度いい機会なので読破することにした」
答えて、すぐに視線を落として続きを読み始める。
「あー、わかった。翔くん。陽ちゃんが構ってくれなくて寂しいんでしょー!」
「ちげーよ!」
「む? そうなのか?」
「違うって言ってんだろ!」
「あーこれは照れちゃってますねー」
桜華がツンツンと左のほっぺを突いてくる。
「いい度胸だ。桜華。表出ろ」
「出れる訳ないでしょ……って、暴れないでよ。狭いんだから」
縮こまるような前傾姿勢、両腕を組んだ
「これが噂の夫婦漫才か。本当に仲がいいな」
桜華の頭をぐりぐりと押し込むようにプレスする。
「誰と誰が夫婦だ。これが夫婦に見えるのか? ご主人様と犬の関係だろ」
「そうだよ。わたしは犬。だからこうするの」
ガブリという音が聞こえた気がした。左腕に激痛が走る。愛犬を愛でていたら噛みつかれた。甘噛みではない。
「
子供の喧嘩の
読書どころではなくなった公主様が薄く笑みを浮かべる。
一行は一路西へ。
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