剣一本で覇を握る! 無能と呼ばれた少年は公主様の献身によって成り上がる ~ところで、公主様? 勝手にハーレム作ろうとするのやめてもらっていいですか?~

火乃玉

第一章 公主様に惚れられるまで

第1話 無能の烙印

「適性属性なし」


 それは死刑宣告のようだった。

 立会人である六人の女教師たちが一様にざわめき立つ。


「前代未聞ですわ」

「適性属性なしなんて因子継承の観点からみてもありえませんよぉ」

「これは困りました。どうしましょう」


 ここは最強種である龍人族りゅうじんぞくの運営する学園。

 中央龍皇ちゅうおうりゅうこう学園にある聖殿せいでん――儀式の間である。


 聖殿の中央には、魔術式の刻まれた大きな鏡が台座の上に置かれている。

 手をかざした者の適性属性を映し出すその鏡面には、しかし今、何色も映し出されていない。無。ゆえに適性属性なし。それが教師たちの下した判断だった。


 そしてそれは無能の烙印らくいんでもあった。


「嘘……だろ……」


 絶望的な結果に、無慈悲な宣告を受けた半龍人はんりゅうじんの少年・麒翔きしょうが力なくうなだれる。


 六龍の末裔まつえいである龍人族は、六属性――火水土風光闇――のいずれかの系統に属している。そして自分の属する系統を、適性属性と呼ぶ。


 龍人は、己と同系統の魔術や龍人固有の特技を磨いて、強くなっていく種族である。例えば、火の適性がある者は、火魔術と、炎を射出する吐息ブレスと呼ばれる特技を磨いて成長していく。そして適性のない魔術・吐息ブレスは習得することができない。


 ゆえに適性属性なしという結果は、学園のカリキュラムの大部分が無駄になるということを意味していた。


「しかし、どうしますの。これでは授業を受けても意味がありませんわ」

「どうするもこうするも。すでに入学手続きは終わっていますし……」


 縦巻きロールにしている派手目の女教師が、三つ編みの女教師に噛みついている。


「そもそも、なぜこのような出来損ないの生徒が入学できたのです?」

「それは私にもわかりません。学園長も渋い顔をされていました」

「どのような事情があったかは存じませんが、うちは名門中の名門ですのよ。このような生徒相応しくありませんわ」


 浴びせられる罵声ばせいが耳に痛い。

 教師たちから向けられる視線が怖くて、麒翔きしょうは顔を上げることができない。

 るような視線。哀れみの視線。侮蔑ぶべつの視線。感情のない無機質な視線。

 それらの視線は悪意に満ちているように感じられた。


「退学にするべきですわ」


 縦巻きロールの女教師が過激なことを言った。

 同調するように大人しそうな三つ編みの女教師が頷く。他の女教師もそれに続く。口々に、


「仕方ないですね。これを許せば名門の名折れというもの」

「そうだな。無能は我が学園に必要ない」

「下院といえど限度というものがありますの」


 そんな中、困り顔で異を唱えたのは幼女にしか見えない背の低い女教師だった。


「でも、でもですね皆さん。入学試験にパスしているのですからわたしたちの独断で退学というわけにはいきませんよぉ」


 縦巻きロールが噛みつくように反論する。


「だいたいその生徒、半龍人だと聞きましたわ。ハーフは龍人の力を十全に引き継ぐことのできなかった出来損ない。元々、能力が低いことで有名ではありませんか。大方、能力が低すぎてゼロだと判断されたのではなくて?」


 場がしんと静まった。


 針のむしろに立たされるも同然の少年は足が震えだすのを必死で抑える。

 いたたまれなくなって、歯を食いしばるようにして絞り出した声までもが震えていた。


「あの。僕はどうしたら……」


 一斉に殺気にも似た刺すような視線が少年へ向けられた。

 口を開いたのは、今まで議論に加わっていなかった六人目。三角眼鏡を掛けたツンとした美人。下院の一学年を統括する魅恩みおん教諭だった。


裁可さいかは学園長が下される。追って連絡を待て」


 そして厄介払いするみたいに聖殿から追い出された。




 ◇◇◇◇◇


 聖殿は学園の中心部、上院じょういんの敷地に存在する。


 中央龍皇学園では、成績上位者百五十名による上院じょういんと呼ばれるクラスと、成績下位者百五十名による下院かいんと呼ばれるクラスに別れており、学び舎、食堂、寮、図書館、研究施設、と生徒たちが利用する全ての施設は完全に区別されている。


 下院の生徒である麒翔きしょうには、上院の敷地に留まることが許されないため、速やかな退去が求められる。


 しかし、ショック冷めやらぬ麒翔きしょうの足取りは重く、また思考もどこか上の空でフラフラと覚束おぼつかない足取り。特に意識して足を向けた訳ではない。慣れない敷地内というのも手伝って、道を一つ外れてしまったのである。


 うつむき地面だけを見て歩いていたので、道を間違えたことに麒翔きしょうはしばらく気が付かなかった。そこが上院の本校舎にほど近い街路だということに気付いたのは、見慣れぬ赤い花びらが風に揺られながら舞い落ちてきたからである。


 見上げると、龍王樹のつける満開の赤が目に飛び込んできた。春には赤色、初夏には紫色、夏には緑色、秋には黄土色、初冬には青色、そして冬には白い花をつける。四季を華やかに彩る龍王樹の花々の隙間から、まぶしく輝く陽光が差している。


 不意に声を掛けられた。


「龍王樹の花言葉を知っているか」


 龍王樹の根本に後ろ姿の少女が立っていた。長く伸ばした艶やかな黒髪が風に流されて、赤い花びらと一緒に舞っている。そして彼女の着るころももまた赤かった。

 一目で上院の生徒だとわかった。学園指定の制服――龍衣りゅういのデザインが麒翔きしょうのものと明らかに違ったから。


 正当な理由なく上院の敷地に足を踏み入れた者は厳罰に処せられる。

 入学式で教えられた学園規則を思い出し、麒翔きしょうの顔は青ざめる。が、それも一瞬だけのこと。どうせ退学になるんだ、別にいいかと投げやりに考え、龍王樹の根本へ歩み寄った。


 ゆっくりと少女が振り返った。

 麒翔きしょうは思わず息を呑んだ。


 ――絶世ぜっせいの美女がそこにいた。


 夜闇より深い黒髪。

 意志の強そうな漆黒の瞳。

 蠱惑こわくに結ばれた薄桃色の唇。

 白磁はくじのように白く透き通った肌。

 華奢きゃしゃで細やかな肢体したい

 胸元の膨らみは大人の色香を放っている。


 顔立ちは、目鼻立ちが整っているなどという形容では到底足りない程の、圧倒的な美に装飾されている。男女の別なく見る者をとりこにするその容姿は、明らかに浮世離うきよばなれしていた。


 何より彼女の美をより一層強固にしているのはその服装だ。

 それは学園指定の制服であり、民族衣装でもある龍衣という着物。


 上衣うわぎぬは赤系統の布地と黒の布地を使って丁寧に織り込まれており、えりそでには金糸きんしによる龍の刺繍ししゅうが施され、肩口には「黒煉こくれん」との文字が刺繍されている。上衣の下には黒地に金糸で豪華な刺繍を施したはかま穿いている。総じて絢爛けんらんな上下の衣が合わされば、高貴な気品まで漂ってくるかのようだ。


 そこに圧倒的なまでの美が加われば、美は至高の高見へと上り詰める。それはまさに雲上人うんじょうびとのようである。


 惚ける麒翔きしょうの顔を下から見上げるように覗き込み、美少女が首を傾げる。長く伸ばした黒髪が風に吹かれて舞い上がり、麒翔きしょうの鼻先をくすぐるように触れた。


 いつの間にか、音もなく距離を詰められている。麒翔きしょうの許容可能なパーソナルスペースの限界を超えていたため、反射的に体が仰け反った。一歩後ろへ後退する。


「運命を受け入れろ」

「え?」


 ドキリ、と心臓が跳ねた。

 瞬間的に聖殿でのやり取りが思い出される。


「龍王樹の花言葉だ」

「ああ、なんだ」


 頭一つ低い位置。ほっと息をついた麒翔きしょうを見上げるように漆黒の瞳が覗き込んでくる。その美貌もあいまって黒い瞳に吸い込まれてしまいそうになる。


「不本意な運命があったとする。素直に受け入れるべきだと思うか?」


 ――適性属性なし。

 聖殿での光景が強くフラッシュバックする。


 無能の烙印。

 生まれついての才能が運命だというのなら。

 反射的に麒翔きしょうは叫んでいた。


「受け入れられる訳ないだろ!」


 少女はそっとんだ。


「ならばどうする」

「どうするって……」

「戦うか、逃げ出すか」


 戦って運命を切り開く。

 運命に背を向け、逃げ続ける。


 どちらかを選べというのなら。


「戦うべきだ。理不尽な運命を徹底的に力でねじ伏せる」


 ぎゅっと拳を握る。

 ここへ至るまでずっと宙ぶらりんの状態だった。

 それは自分を不当に扱った教師たちへの答え。

 美の化身たる少女は満足げに頷いた。その笑みはぞっとするほど美しかった。


「同感だ。だが、思うに任せないからこその運命。壁を超えるのは容易ではない」

「わかってる。だけどこのままじゃ終われない」

「そうだな。ところで――」


 もう一度、端正たんせいすぎる顔がぐっと近づいて来る。彼女は目を細めるようにして、


「どこかで会ったことはないか?」


 これほど強烈な美人である。

 一度でも見みれば、鮮烈せんれつに記憶に残り続けるだろう。

 麒翔きしょうが首を横に振ると、少女は「そうか」と頷き、距離を取った。適切な距離感に戻っただけなのだが、それはなぜか少しだけ物寂しく感じた。


「龍衣のデザインからして下院の生徒のようだな。ここは上院の敷地内。下院の生徒は立ち入り禁止のはずだが」

「ああ、いや。道に迷っちゃって……」


 少女は薄桃色の唇を薄く開き「ふむ」と頷くと、それ以上の詮索せんさくはせず、


「そこの道を右に折れて道沿いに進んで行けば、右手に高い壁が見えてくる。その先が下院の敷地だ。龍人の脚力なら、壁は超えられないほどの高さではない」


 丁寧な説明に麒翔きしょうが礼を言うと、少女は薄く笑み、


「その目。私は好きだぞ」


 強い風が吹き、龍王樹の赤い花びらが大量に空を舞った。


「? どういう意味……」


 それには答えず、少女は意味深にむと、荒波のように荒れ狂う赤い花吹雪の中へ姿を消した。




 それは小さなきっかけに過ぎなかったのかもしれない。

 しかし、この日を境に麒翔きしょうは少しずつ変わっていった。

 そして三ヵ月が過ぎる頃には、教師の前で萎縮いしゅくしていた少年の姿は完全に過去のものとなっていた。


 運命があるのだとすれば、この出会いこそが運命だったのではないかと後に思うことになる。そして龍王樹の花言葉どおり、運命を受け入れる日が訪れることになるのだが、この時はまだ知る由もない。

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