#17 ギルド会議

 その報せがもたらされたのは、まだ朝飯にも早い明け方のことだったそうだ。

 受け取ったのは申し訳程度の宿直として眠い目を擦る職員が二人。関係者に報告が十分に行き渡るには二時間ほどを要し、協会の会合所といえば聞こえはいいが、実態は田舎役場の会議室にダンジョン管理課の人員が出揃ったのは陽が昇り切った時間帯である。


「『鋒山』が全滅だそうだ」

「正確には報告という体で逃がされた新人が一人。今は救護所で寝かされているが、まあ、ほぼ全滅と見ていいだろう」

「……しかし、たかが四層で『鋒山』がですか」

「たかが四層といってもダンジョンですからな。何があってもおかしくはない」

「ではこの件に関しては、注意喚起と、追悼の意の表明ということで宜しいでしょうか……」


 *


「良い訳ねえだろうがダボ共がよ!!」


 机をぶっ叩いた老師は、そう怒鳴りつけた後、深呼吸して椅子に座る。しかしその顔には明らかに怒りが滲んでおり、落ち着きを取り戻す様子もない。


「ちょっとソフィアちゃん声大きいよ」


 老師を諫めるのは初めて見る顔だが、この場に居る以上は冒険者だろう。装備を見てもかなり気合の入った古顔であろう目元に古傷のある男性が店員に詫びる。

 冒険の打ち上げや作戦会議によく利用されるこの食事処は、騒がしくともある程度は冒険者のやりたい放題が許される場所だが、時間帯が違う。


 卓を囲んでいるのはこの辺りの各ギルド、それも五階層以下の深層を活動場所とする有力ギルドの代表者であるそうだ。表面上は和やかに取り繕れた彼らだが、抑え込まれた怒りや威圧、張り詰めた魔力が内面はそうではないことを示している。


「とはいえ、危惧する気持ちは分かるけどね。谷場くんのところが四層でだろう? 間違いなく何らかの異常事態と見ていいだろうさ」

「特記レベルの脅威対象、それもほぼ全域の探索が済んだと思われていた四層で。つまり越境徘徊型の上位個体ってことかね」

「その件なんですけど……」


 そういって冒険者たちの話に割って入ろうと手を上げたのは、一目で冒険者ではないと見て取れるスーツ姿の女性だ。


「管理官の篠宮です。私が報告を受けた蔵見さん――件の『鋒山』の新人の子ですが――、彼女の証言によると、魔物は冒険者と見分けが付かなかった、とのことでですね……」

「騙し討ち程度でタニバんとこの連中が全滅するかよ。根本的に強えんだよ、最深部かその付近に出てくるような奴だ。問題はそいつが階層を超えて好き勝手に動いてることだ。ウチの田中が見たのがそれだとすれば、そいつは誰にも知られずに一層にまで上がって来てるってことになる」


 老師がこの場に俺を連れてきたのはこのせいか、と納得する。名前を出され、一行の視線が俺に集中した。先程の篠宮という女性が話を振ってくる。


「ダンジョンに潜る冒険者は基本的には自己責任、というのが鉄則ではありますが、今回の件に関してはこのD22山榛ダンジョンの存続にもかかわる緊急事態です。しかしこちらで討伐依頼を出すにはあまりにも情報が不足しています。些細なことでも構いません。既に伺った以外の、この個体に関する情報はありませんか?」


 水を向けられ、俺はあの時のことを必死に思い出そうとする。思い出せ。奴――権藤を名乗ったあの男は、何をやり、何を俺に語りかけて来た?


「奴は……俺が倒した魔物を解体していました。骨も川も肉も、全て懐に収めて持ち去った……それから、老師と先輩のことを認知していました。最近、二人が俺と活動を共にしていることも」


 その言葉を受け、それぞれが考え込む仕草を見せる。その表情には少なからず驚きと苦いものを混じらせていた。


「そのレベルでこちらの事情を把握しているということは、偶然一層に降りてきたというわけではないな。定期的に冒険者側の情報を収集しているということだ」

「知能が高すぎる。人間を装えるだけでなく接触した上で正体を気取られずに会話を交わし、何らかの目的のために手を出さずに去った。討伐隊を組もうにも、ただの人間と変わらない姿でダンジョン全域を逃げ回られてはどうにもならん」

「……普段からあたしらを見てるが声を掛けず、お前が単独で動くのを見て話しかけてきたってことか? お前一人で迷宮に潜ったの、アレが初めてだっただろ?」


 老師が呟いた言葉に、篠宮という女性が反応する。


「だとして目的は何でしょう。容易に狩れるはずの彼に手を出さなかったのは、何か他に目的があるからでは?」


 そうだ。あの時、奴は俺を奥地に誘い込まずとも、証拠の隠滅も含めてあの場でどうとでも出来たはずだ。

 誰しもが言葉に詰まる。そもそも、魔物の行動原理というもの自体が良く分かっていない。そのほとんどが無軌道に人を襲うだけか、あるいは縄張りを守るだけの魔物たちに、目的や意思を感じることが常日頃ないのだろう。


「何にせよ、調査隊兼救出隊を組織すべきだ」

「協会の上部は動かないでしょう。私の管理官権限で出せる依頼内容としては、この事態を公表したうえであくまでも情報収集のための調査依頼という形になります」

「仕方ないさ。各ギルドから人員を出し、装備が整い次第出発とする。それでいいな?」


 間違いなく割に合わない仕事ではあるが、このままではダンジョンの運営自体が立ち行かなくなる可能性が高い。俺を除く全員が参加を表明し、反対する者は居なかった。


「田中さんはどうされます?」


 冒険者たちから離れ、篠宮さんからの質問を受ける。俺も一緒に来るかどうかということだろうか?


「……流石に今回は足手纏いが過ぎます。俺はダンジョンには潜らないで、ここで皆さんを待っていますよ」

「そうですか。では良ければ、ダンジョンの封鎖や地上での情報収集を手伝っていただいても? 今は人手が少しでも欲しいのです」


 まだ状況を把握していない冒険者は多いだろう。文字情報での掲示だけでは、混乱は避けられまい。


「わかりました。俺に出来ることであれば、お手伝いさせていただきます」


 *


 篠宮さんは、ダンジョン管理課でも主に調査や情報収集を担当しているらしい。現場に出ることはそう多くない職員の中では、例外的に例外的にダンジョン内への出入りも多い方なのだそうだ。


「職員のほとんどは、ダンジョンに入ったことがないか、あったとしてもほんの数分程度滞在した程度です。まあ、どこのダンジョンもそんな感じのようですね。皆が寄せ集めの公務員。ダンジョンの出現と同時に何の覚悟もないまま、市役所や役場から引き抜かれただけの人間です。私も元はただの事務員でしたし、ダンジョンに潜るだなんて夢にも思っていませんでしたから」


 特殊警棒を携帯した彼女からは、僅かながら魔力の存在が感じられる。

 それはつまり迷宮内に長時間滞在し、魔物との命のやり取りを潜り抜けたことがあるということを意味している。

 

 調査隊を送り出した後、篠宮さん他二名の職員と共に、ダンジョンへの入り口を鎖と立て看板で封鎖する。そのような権限はないという話だったが、あくまでも名目はゲートとそこに照準を合わせた銃座の不具合ということにするらしい。


「実質的に判断を下すのは、探索者上がりの嘱託職員がほとんどですから。役立たずの上を無視して、権限を誤魔化して必要な処置を施すための小技は自然と身に付くものです」

「何というか、ひどい言われ様ですね……」

「ダンジョン管理課の上層部は、他所から追い出された冷や飯食らいです。年功序列のエスカレーターに隅の方で行き場のなかった連中が、不意に生えたポストにしがみ付いただけ。最初はそれなりに仕事があったようですが、今はお察しの通りです」


 ひとまずの作業を終えると、後はやってくる冒険者を待つだけだ。

 手を動かすことを止めると、頭の中を様々な考え事が満たし始める。気になるのは、『鋒山』の谷場さんたちの安否だ。


「――あの、そういえば。報告のため地上に逃がされたという『鋒山』のメンバーの一人のことなんですが、」

「蔵見さんですね。彼女なら今も救護所に居るはずです」

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