#5 冒険の後のひと休み
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もう食うとこねえだろ
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噛めば噛むほど味の出る動画
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アップロードした動画は、予想通りの反応を想定以上の規模で巻き起こしていた。
動画に直接つけられるコメントが老師の目に入らないよう折を見て検閲しているものの、誹謗中傷というより扱いとしてはかなり妥当な気がするので、もうよっぽどでもなければ素通ししたほうがいいのかもしれないと思いつつある。
「ゴブリンはよ! 臭ェけど耳だけァ焼いて喰うと美味ェんだ! ほら、火ィ出せ! 出来んだろ?!」
再生回数に気を良くした老師が、もう一度料理を振舞ってくれている。今度は焼肉に挑戦中である。
昨日は食べたのが犬で良かった。心の底からそう思う。
「あの、すみません。人型の奴はちょっと……」
「はァ? ゴブリンの耳は人型じゃねえだろ。お前の耳はこんな形してんのかよ」
「ああ……いや、こんな耳してません。ごめんなさい」
本当に申し訳ないが、たとえ耳が尖っていようと、そして臭くなかろうとゴブリンを食おうとは思えない。
だって明らかにこいつらは何かしらの会話をしているのだ。内容は知る由もないが、二本の足で立ち、道具を扱い、言葉を喋る生き物なのである。
自分の価値観と目の前の現実との間で板挟みになる俺をよそに、先輩は肉ならなんでもいいとでもいうように老師の焼いた肉を食い続ける。
「先輩も、なんでそんな躊躇なく食えるんですか」
「ん? ぼくも熊の魔物は食べたくないよ?」
そういうことではないのだが……いや、それであっている気もしてきた。俺だって熊鍋だったらここまでは嫌がらなかった気がする。
「たぶんねえ、二足歩行を特別視しすぎてるんじゃないかな。四つ脚の獣はみーんな四つ脚の獣を食べてるし、たまたま二本足の生き物が少ないから食べ慣れないってだけであって。魚が魚を食べて共喰いだっていうのはおかしいじゃない? 分類上は人が豚や牛を食べてるのと同じかそれ以上に離れてるわけだしさ。ゴブリンも形が似てるだけの縁もゆかりもない生き物だから同じだよ」
「あの……でもゴブリンは……喋るので……」
「クジラも喋るよ?」
「クジラは……喋るか……」
そう言われてしまえばゴブリンも問題ない気もしてくる。俺は混乱し始めている。
目の前の食事が、実は案外旨いのではないかという気がしてきた。
焼き上がった肉を箸で摘まんで持ち上げる。
「……い、意外と良い匂いしますね」
「だろ? ゴブリンは臭みさえとれば美味いんだよ!」
老師の笑顔だけがやけに眩しい。
俺の内心など老師は全く気に留めることもなく、期待の眼差しを向けている。
その後のことについては、ひとまず省略させてほしい。
*
昨日倒した双頭犬の皮が、ベランダに吊るされている。
牙や爪はあの後ヨミさんが引き取って、今は値が付くのを待っているところであるそうだ。
「そんなに見詰めてもアレはまだ使えねーよ。ま、気持ちは分かるがな。お前にゃカメラの分の制約もあるし、皮なめしも自分でやるか? 仕上がりは落ちるがその分呪いも軽くなる」
「え? あれって俺の防具に使うんですか?」
「は? いや、そりゃお前。防具だろ。お前はアレを武器にでもするつもりだったのかよ」
こちらとしては、『俺の』の部分に疑問を呈したつもりだったのだが、この人はなんというか、凄く面倒見が良いのだな、という印象がある。
おそらくこの人は、後輩がいればきっとこうやって何かと世話を焼いてくれるのだろう。その世話の感覚が一般から酷くズレた部分があるのが問題ではあるが。
そう思えば下田先輩の振舞いにも納得がいく。
小さい頃に老師から戦い方を教えてもらった、と言うのだ。幼いころから老師の好意に浸され、純粋に受け取ってきたのだろう。
なんだかんだで人の良い先輩も結構ヤバいところがあるのかと思うのだが、あれは獣人であるからというより老師の影響なのだと思う。
「というか田中。その作業服、自分で使い込んだモンだと思ったら古着屋で買ったんだってな? まあ、新品よりはマシだから判断は間違ってないんだが」
「ええと、それは、はい。……怒られてます?」
「いや。基本的には性能と秤に掛けつつ呪いの少ないものを選んで、生き死にに直結する頭と足回りは他人の癖の付いてないものを使う。妥当な判断だよ」
今俺は、探索で身につける装備を普段着として着続ける事を指示されている。装備を身体に慣らしてダンジョンから受ける制約を軽くするための措置である。
これがあるので、ダンジョンの最寄りの町は少々奇妙な景観をしている。スーパーやドラッグストアに武器や鎧を身に付けた人間が結構な確率でうろついているのだ。
「つってもまあ、ダンジョンのない土地で準備を整えたにしちゃ合格、ってレベルだな。ちょっとこの辺りの店でも回ればもっといい装備が手に入る。案内してやるよ」
正直に吐くのであれば、装備を古着屋で買ったのは単に金が無かったから、という身も蓋もない真実が出てくるのだが、買う金が無いにしてもそういう店の場所を把握しておいた方が良いのは間違いない。
こちらのレベルに合わせた優良店や選ぶ時の注意点など、ベテランからのアドバイスはいくら貰っても困るものではない。
じゃあいくか、と腰を上げた老師に付いて歩き出してしばらく、通り沿いのガラスに自分たちの姿が映って、俺はようやく今の自分たちの姿が他人の目にどう映るか気が付いた。
女子小学生と作業着のおっさん。
せめてどちらかが鎧兜でも身に着けていれば冒険者だと分かるのだが、残念ながら今冒険者としての身元を示すものは一切ない。事案めいた組み合わせに周囲からの視線がどう突き刺さっているやら気が気ではない。
「よし、まずはこの店だ」
老師が一軒の店の前で足を止めた。
想像していたのはゲームに登場する防具屋のような木像で年季の入った薄暗い建物だったが、この店構えは――、
「あの、ファンシーな雑貨屋にしか見えないんですが……」
「当ったり前だろ。この町にダンジョンが見つかって何年目だと思ってんだ? 昔っから商売やってた町の個人商店が冒険者向けの品も取り扱い始めました、みてえなのが殆どだよ」
言われてみればそれはそうであるし、よく見ればショーウィンドウには『冒険者向け装備品あります』の手書きポップが雰囲気を崩さない程度に貼られていた。
死刑宣告か何かの類である。
ますます事案みを増した空気に肩身を狭くしながら入店すると、たしかに奥の方に使い込まれた革の胸当てや小手、刀剣類が並んだ棚がある。
あの一角があるならまあ、場違いというほどでもないだろう。一息吐いて安心するも、老師はその途中、どこぞのテーマパークのおみやげ屋染みたキャラグッズの棚の前で立ち止まって見入り始めてしまう。
「あの……老――ソ、ソフィアさん……?」
「なんだよ、そもそもこっちがお前に付き合ってやってんだからちょっとくらい良いだろうが!」
「それ買ってどうするんすか……」
「学校に持ってって見せ合ったりすんだよ! 文句あんのか?!」
ああ。俺はちょっと泣きそうになりながら理解する。
そっかこの人ゴブリン滅多刺しにして焼いて食うけど女子小学生だもんな。
他の客からの『なにこの邪魔なオッサン』という軽蔑を言葉でなく魂で受け取って生命力を削られながら、恐る恐る老師に提案する。
「あの、自分向こうの棚見てて良いですか……」
ん、という適当な返事を都合よく解釈し、そそくさ冒険者向けコーナーへ移動した。
ここなら少しは息が出来る。
周辺の消臭剤や芳香剤のあからさまな多さにお前ら臭いんだよという存在しないメッセージを勝手に受信してまたダメージを負いながら、並べられた商品を見て回る。
レザーグリーブ。鋼線の縫い込まれた脛甲。鋲付きの円盾。ファンシーの世界の一角に割り込んで並ぶファンタジーで無骨な装備品に、なんだか日常と非日常の混線する奇妙な感慨を覚える。
商品の並んだ棚の下の方、一振りの短剣に目が留まった。
綺麗な剣だ。そう思ったのは何故だろうか。
ぼろぼろの鞘から覗く握り部分には一切の飾り気もなく、磨き上げられた刀身は鞘から引き抜くまでは見えなかったはずなのに。
ククリナイフを扱いやすく縮めたような、前方に湾曲した片刃は分厚い造りで、両刃になった切先に重心が寄せられている。
手に取った瞬間に、奇妙な感覚があった。まるでダンジョンの制約を反転させたような、霞が晴れるような意識の冴え。
(あれ……これ……)
次の瞬間、その短剣に完全に意識を持っていかれて留守になった胴回りに何かが突っ込んで、俺は危うく剣で指を切りそうになる。
「ぐぉ……っ!」
突っ込んできたのは、女の子――いや老師だ。
「ちょ、何すんですか危ないじゃ、」
「馬鹿馬鹿馬鹿声がでかい静かにしろ!!」
老師は流れるような動きで俺の後ろに隠れながら元来た方向の何かを窺い、隙を見て棚の隅っこに挟まって身を隠した。
視線の先にいたのは老師と同じぐらいの年頃の三人連れの女の子の集団だ。
何の変哲もないお友達艦隊は横に広がった単横陣を維持したまま店内をひとしきり巡航すると、満足したのか店を去る。
「な、なあ、あいつらもう行ったか……?」
*
こんな場所に居られるかと連れ出され、結局短剣は買えず終いだった。もっとも今の手持ちではそもそも武器も防具も新調する余裕はない。
その後も何件か店を冷やかし、結局老師が自分で使う分の消耗品を買い足すばかりで買い物は終わった。
とはいえ店の場所と品揃えを知れただけでも収穫は大きい。
日も暮れる頃、上機嫌で先を行く老師が振り返って投げて寄越したのは切り傷用の軟膏で、礼を言ってありがたく頂戴する。
「そういえば、最初の店のあれ、結局何だったんです?」
「はあ? 何でもいいだろ! 詮索好きは女に嫌われるぞ!」
つまるところ、老師も老師で秘密の多いレディということなのだ。そういうことにして笑っていると、老師は少しムスッとして人の殺せそうな目でこちらを睨んだ。
「老師、何か食べて帰りますか?」
「要らん。食べて帰るとママが怒る」
相変わらず周囲の目にどう映っているか微妙な組み合わせではあったが、向こうも向こうで他人の目ぐらいは気にするのだと思うとどうでも良く思えた。
辺りの家から、美味そうな夕食の匂いがふわふわと漂っている。
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