スペース不動産
カクヨムSF研@非公式
第1話
われわれが気づいたときには、もう手遅れだった。
恒星が赤色巨星になり、大きく膨らみ始め、われらが母なる星を飲み込んだ。同胞たち、百億人のうち四〇億人は、宇宙船に乗り込んで脱出することができた。ほかの六〇億人はどうなったか知れない。
われわれの文明のおわりだった。
銀河公国歴六四二〇年のことだった。
われわれのひとり、アムルゼッスンは会社星〈ハタ・ラーカ・ヌ・モノ・クゥ・ベカラズ〉、以下〈モノ・クゥ〉から亜光速航行で十年の星域に位置する不動産星〈チ・ンタイ・スー・ミタイ〉、以下〈チ・ンタイ〉にやってきた。
「らっしゃいませ~」
双頭の亀がデスクに座って待っていた。早速、アムルゼッスンは事情を説明した。双頭の亀は答えた。
「察しますよ。でもこの広い宇宙では頻繁に起こっていることです」
アムルゼッスンは肩を落とした。
双頭の亀はスープーというらしい。スープーは続ける。
「この辺ですと……そうですね。ここなんてどうでしょう?」
スープーは電気を消す。黒いホログラムが部屋を包みこみ、立体的な銀河の図を表示させる。星々がきらきらと輝き、目がくらみそうになる。そのなかからスープーは〈モノ・クゥ〉を指さし、
「ここからレーザー光を照射します。〈モノ・クゥ〉に近い星を〈モノ・クゥ〉系から探してみましょう。いい場所が見つかるかもしれません」
最初に見つかった星は〈モノ・クゥ〉から亜光速航行で十年の超優良物件だった。
「いかがですか? わたくしとしてもこの物件はおすすめです」
スープーのもうひとつの頭が言う。
「日当たり良好、でも夜は三十年にいちど来るんだ!」
アムルゼッスンは答えた。
「われわれの身体には概日リズムがあります。百年にいちどです。三十年では生活リズムが狂います。われわれに寝ぼけたまま出社しろというのですか?」
スープーは頭を搔きながら、
「分かりましたよ、とてもいい物件だったのになぁ。残念だ」
と言い、もうひとつの頭は、
「このシャチ・クゥ!」
と叫んだ。アムルゼッスンは気にせずに続けた。
「亜光速航行で、十年とは言わない。二〇年、せめて五〇年で良い物件はないのか?」
「そうですねぇ、ここなんてどうでしょう?」
スープーは指をさす。
「
「へぇ、お家賃は?」
「テラフォーミング料込みで、これくらいで……」
スープーは指で値段を示す。
「それは、お安い」
アムルゼッスンは飛び上がって喜んだ。
「では内覧してみましょう」
アムルゼッスンが戸惑っているとスープーがゴーグルを渡した。
「さいきんはこのご時世でしょう? 現地に飛ぶことは出来ないんです。4D仮想化技術がありますからリアルタイムで星をみることが出来ます。データとしての星ですけれどね」
「なるほど、わかった」
ふたりは惑星に降り立った。冷たい風が吹いてきているらしい。
「ずいぶんと寒い星のようですね」
「まだ二酸化炭素の合成作業が終わっていませんからね。契約前にテラフォーミングは終わらせる予定です」
ふたりのまえに巨大な岩のようなかたまりがいくつも転がっている。
「あれぇ、おかしいな? 情報だと、この星の歴史は戦争で終わったはずなんだけど……」
アムルゼッスンは震えながら言った。
「ということは、これは?」
スープーのもうひとつの頭が叫んだ。
「遺体に決まってんじゃねぇか!」
アムルゼッスンは顔面蒼白になった。
「いやです、いやです。こんな星、お祓いしてくださいよぅ」
「非科学的なことを言いますね。国家、星間規模の戦争なんて、いまどき珍しくないですよ。すべてが終わった星、果てる星ですよ。これからいくらでも産めよ、増やせよ、ですよぅー」
「いや、恋人と事故物件でエッチする生き物がどこにいるんですか」
スープーのもうひとつの頭が言った。
「確かにな……」
これより遠い星を探すことになった。年周視差を用いて〈モノ・クゥ〉から三〇〇光年先までの星々である。
アムルゼッスンは、本当にいい星があるのかと半ば疑い始めていた。
「お客さま、ここはどうでしょうか?」
交通の便が悪い。これだけでモチベーションは下がりまくっている。しかし四〇億人の同胞がそれを許すだろうか。気を引き締めて、スープーのはなしを聞く。
「ああ、悪くないな」
「気象条件に特にこだわりは?」
「というと?」
「まぁ、見に行ってみましょう」
ふたりはきらきら輝く砂漠に足を踏み入れた。
アムルゼッスンは息を呑んだ。
一面に輝くダイアモンドの雨だ。そのさまは美しい。荒れ狂う空から、ぎらぎらしたダイアモンドが降り注ぐ。宝飾店を経営すれば多額の利益が見込める。〈モノ・クゥ〉で忙しく働くなんて、そもそもナンセンスだ。
「このダイアモンドの雨は天然ものです。大気を形成するメタンが分離して炭素を高圧で変質させるんです。これを市場にばら撒けばどうなると思いますか?」
スープーの目がこちらを睨む。
「ダイアモンドの価値の大暴落か?」
「はい、お客さまのビジネスパーソンとしての手腕が試されますね」
アムルゼッスンはわが種族のことを思い出す。〈モノ・クゥ〉に勤めている意味を。勤勉だけがわが種族の取柄ではなかったか? われわれが富豪になる? 無理だ。〈モノ・クゥ〉は星系じゅうのサービス、流通、製造、ありとあらゆる分野に長けた超高性能コンピューター群を用いる銀河系企業だ。かれらと張り合うなんて石油王の息子並みの神経の図太さがないとやっていけない。われわれは胃腸が弱いんだ。
「くぅ……
「なんですか?」
「止めだ! 止めだ!」
スープーはため息をついた。
「お客さま、もうここらが正念場ですよ。次の星は人工衛星のレンタル料がかかります」
「はぁ?」
「ですから、肉眼で測れる距離には、いい星が、無いんです!」
「分かった。了解だ」
スープーは手元のコンピューターに数字を打ち込んでいる。ホログラムが連動して一〇〇〇光年先までの星々を映し出した。
「亜光速航行ですぐとは言えませんが、このへんになると閑静な星々になりますね。都会の騒々しさとは無縁になってくる。いい星々です」
「今度はどこだ?」
「
ふたりはゴーグルを被った。
「なにぶん、古いデータになります。最後に訪れたのは、三〇年は前だ」
「だいじょうぶなのか?」
「テラフォーミングはすでに完了済み。エアコンも完備してます」
「エアコンって……」
ふたりが星に降り立つと、すでに小人のような黄色い生き物たちがいた。
「おい、ここは契約済み物件じゃないか」
「そうだったかな……。データベースにはそんな記録はないですが」
「三〇年で何かの生物が進化したんじゃないか?」
「そんな短い期間でありえません」
ふたりは小人たちを眺めた。しあわせそうな笑顔だ。なにか、来てしまったこちらが悪いような気分になってくる。
「データベース更新が同期してないのでは?」
「まぁ、確かに。われわれも生き延びるのに必死な業界ですからね。リストから漏れているのかも」
スープーはゴーグルを外す。
「何だったんだろうな……」
スープーはもういちど、手元のコンピューターを操作した。
電話が鳴る。
スープーは受話器をとると、なにやら口論を始めた。
「困るよ、契約を焦った結果じゃないか!」
アムルゼッスンはスープーに尋ねた。
「どうかしたんですか?」
「あの子どもたちは、こちらの不手際でした。別の社員が契約を焦って、特定危険外来宇宙人をですね、審査を通さずに呼び込んでしまったんです」
「特定危険外来宇宙人?」
「印ありってやつですね」
「それで、どうするんだ?」
「退去してもらいます」
「どうやって?」
「駆除ですよ、そりゃ」
アムルゼッスンの背筋が凍った。
「あんな無邪気な笑顔を殺すっていうのか?」
「あれはロンビバレーっていう印ありのなかでも短期間で一気に増えるタイプでして。わたしも初めて見ましたよ。契約のときは一体しかいなかったのが、記録であの数ですから、もっと増えていると思いますよ」
スープーは画面にロンビバレーによって滅んだ星々を映した。
赤い大地の星があっという間に黄色く染まり、地形が変わっていく。見ていられない。
「で、どうやって始末する気だ?」
「まぁ、核爆弾で小惑星を力学的に飛ばして、ドカンかと」
「はぁ……」
物件は傷つかないのだろうか。
「安心してください。惑星のコアさえ残っていれば、ガス型宇宙人との契約ができます。かれらには硬い岩盤は要りませんから」
そういうものなのか……。
「アムルゼッスンさん、この件は人工衛星使用料をサービスしますからご内密に」
「構いません。われわれとしても有意義な時間を持ちたい。それだけです」
そうしてふたりは様々な星々を内覧した。〈モノ・クゥ〉から一〇〇〇光年先の宇宙には魅力的な星々があった。しかし、十分な広さ、重力、気候条件など、ぴったりの星は一向に見つからなかった。
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