03 安藤恭太 1


「ふふふ、んふふふふ」


「……恭太、ツッコミ待ちなのかい?」


「ホホホホ」


 先週、学の紹介により江坂真奈と出会ってからちょうど一週間、よく晴れた金曜日の午後に僕は大学内の「ラウンジ」で学と落ち合っていた。「ラウンジ」にはテーブルと椅子が雑多に並べられており、誰もが自由に利用することができる。


 今日、学をラウンジに呼び出したのは外でもない。江坂真奈とのデートの様子を報告するためだ。ちなみに、彼から相手を紹介された時にはいつも報告会をするようにしている。せめてもの礼儀というやつだ。


 一回目のデートで撃沈していた今までの僕にとって、この「報告会」は憂鬱なものだった。せっかく学が作戦を立ててくれたのに……という申し訳なさが三割、今度こそはと息巻いて戦場へ出たのに傷だらけで何も得ることなく戻ってきたことへの後悔が七割、というのがいつものパターン。

 しかし今日に限ってはまったく違う心持ちだった。

 なんてったって、先週のデートが上手くいったのだ。僕の希望的観測によれば、彼女は僕のことを決して「気持ち悪い」とは思ってない……と思う。それだけでもかなりの前進だが、今回は「また今度ご飯にでも」という誘いに彼女が乗ってくれたという功績がある。

 しかも、別れ際には彼女と連絡先を交換するところまで漕ぎ着けたのだ! 圧倒的成長。紹介した学だってまさかここまでトントン拍子に事が上手くいくとは思っていなかっただろう。


「それで、どんなデートだったんだい」


「聞きたい?」


「……聞きたい、と言って欲しいんだろう」


「待ってました!」


 僕は江坂真奈とのデートについて、学に洗いざらい報告した。話しながら、頬がにやけるのが分かり、その度に目の前で話を聞く学がしかめっ面をした。彼は今の僕のことを気持ち悪いと思っているのかもしれないが、そんなことさえまったく気にならなかった。ただ一人、江坂真奈が僕のことを気持ち悪いと思っていないという事実だけで、空を飛べる心地がする。僕は生まれ変わったんだ。これまでの非モテ陰キャ京大生じゃないぞ! 高校時代、憧れていた賢くてモテモテの京大生になれる日も遠くない。


「賢くてモテモテの京大生、はまだ遠いと思うけれどね」


「あれ、聞こえててん?」


「心の声が漏れてるんだよ」


 いけない、いけない。

 ひどい妄想を学に聞かれるのはまだしも、周りの人たちにまで聞かれたらもうお婿にいけない。あれ、よく見ればさっきまで隣の席に座っていたグループが遠くの席に移動しているような。


「とにかく、君が彼女と初デートで上手くいったということはよく分かったよ。まあ君にしてはかなり頑張った方じゃないか。えらいえらい」


「それほどでもぉ」


 あああ、気持ち悪いっ。側から見た今の僕はかなりの変人。いつもなら学の方が圧倒的に変人のはずなのに、立場が逆転してしまっている。


「で、今はどういう状況なのかい? 彼女と今後のデートの約束はできた?」


「それが、聞いて驚くが良い。今週の日曜日にまたデートをすることになったのさ!」


「おおお、恭太が輝いて見える……」


 学が大袈裟に身体をのけぞらせる。かなりの茶番劇だが、脳内が舞い上がっている僕たちにとってはどうってことない。今や遠くからチラチラとこちらを見ている他の学生なんぞ、まったく気にならなかった。


「ちなみにデートはどこに行くんだい?」


「清水寺」


 あまりにも王道すぎるその目的地に、学は目を丸くして驚いていた。僕だって初めての本格的なデートで清水寺に行くとは思っていなかった。でも彼女が行きたいというのだから仕方がない。こう見えて清水寺には詳しいし。


「そういえば恭太って、無意味なほど何回も清水寺に行ってなかったかい?」


「……無意味なほど、とは失礼な。いつデートをしてもいいように清水寺は調べ尽くしてある」


 なんだかんだで王道デートコースについては100回ほど履修済み。まったく僕って人は。どこまで完璧なんだ。


「余裕かまして凡ミスしないようにくれぐれも気をつけたまえ」


「言われるまでもあらへんわ」


 学はジト目で僕を見た。女の子とデートをする予定のある僕が突然優位に立ったような物言いをするもんだから仕方あるまい。もし逆の立場だったら悔し涙と共に一発地面に拳を叩きつけていたことだろう。その点、彼は僕よりも大人かもしれない。


 ピコン、と僕のスマホが鳴った。LINEの通知音だ。確認するまでもなく誰からの連絡か見当がついたので自然と頬が緩む。ここ最近ずっと彼女との連絡が途切れていない。会話が終わりそうになると、すかさず別の話題を振るようにするという努力の賜物だ。


「江坂くんからか」


「せやろうね」


「見なくて良いのかい?」


「あんまりすぐに返信したら暇人だと思われるやろ」


「君ってそういうところ、やけに気にするよね」


「それもこれも、女の子の心を掴むためさ」


 そう。僕はこれまでありとあらゆる作戦で女の子の気を引こうとしてきた。いわゆる駆け引きというやつだ。残念ながらことごとく失敗に終わっているが、やっていることは間違いないはず。押しまくっても引きまくってもダメ。押し引きの塩梅を見極めるのにはデータが必要だが、幸いにも「当たって砕けた」回数に関しては誰よりも多い自信がある。


「あ、もう4限目が始まる時間か。僕はそろそろ行くよ」


「あれ、今日授業なんて取ってた?」


「いや。『京都創造論』っていうぱんきょーの授業に出るんだ」


「もしかしてそれって」


「すべてデートのためさ」


「はあ」


 一般教養、略して「ぱんきょー」の単位なんて一、二回生の間にすべて取り終えている。しかし、『京都創造論』という京都の土地に関する授業が今後のデートの役に立ちそうだからと出るようにしているのだ。ははは、我ながらなんて勉強熱心なんだ。


「君の不純な動機には呆れるけど、恋人をつくるという情熱だけは尊敬するよ」


「ありがとう、心の友よ」


 

 4限の開始時間が間近になるにつれラウンジから学生たちがはけていく。僕も彼らと共に『京都創造論』の講義を受けるため、教室へと向かった。さて、今後のデートの作戦を立てることにしよう。

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