beyond

imano

1 月の子

1 異変

豪快なエンジン音を轟かせながら、特殊装甲を施したトレーラーは荒野を疾走する。

朝日に照らされて、橙色の光が車体に反射し、広大な地平線が揺らめく。乾いた風が砂を巻き上げ、遠くには蜃気楼のようにかすむ山々が見える。


このトレーラーは数か月に一度、荒野の街サースティと水上都市オアシスを秘密裏に行き来している。二つの拠点を繋ぐ、この重要なライフラインを護ることが俺の役目だ。


貨物の中身を知る必要はない――いや、知らされることはない。ただ一つ確かなのは、これが街と都市を生かす「命綱」であることだ。


15年前、俺は水上都市オアシスを降り、この世界を旅し始めた。

そして、その旅は終わりを告げた。


突如として現れた獣たちによって、世界は荒廃したのだ。


怪しく光る赤い目に、異様な青い体を持つ正気を失った存在。

──その名は、ダイブ。


動物の姿を模したその怪物たちは、街や人々を襲い、輸送物を破壊する。現代のいかなる兵器でも傷一つ負わせることができない彼らは、人類にとって「圧倒的な脅威」となった。


このトレーラーが止まれば、街は終わる。人々の生活は、消える。


俺には「荷物番ウォッチャー」と呼ばれる異名がある。

ダイブを倒せるのは、この俺だけだからだ。

偽物を名乗る奴らも最初はいたが、やがて消えていった。


──本物を必要とする時代が来たからだ。


「そろそろだな」


目印の看板を通り過ぎた運転手のキッシュが、サイドミラーをちらりと確認した。

緊張感を帯びた彼は深呼吸し、ハンドルを握る手に力を込める。


ダイブが近づいてくる。


「あんちゃん、仕事の時間だぜ」


キッシュの合図と共に、彼はアクセルを踏み込む。

トレーラーのエンジン音がさらに高まり、地面を震わせた。

俺は助手席から身を乗り出し、スライディングルーフを開く。


「フォーマットチェンジ・ガン」


腰に装着していたボックスが、無音で変形を始めた。姿を現したのは二挺の拳銃。

黒いボディには赤黒白の螺旋模様が刻まれている、ロングバレルカスタムされたデザートイーグル。


――これこそが、荷物番ウォッチャーの証だ。


俺は、この体がくたばるその日まで引き金を引き続ける。


遠くに点のように見えるダイブたちの群れが、じわじわと迫ってくる。

知能を感じさせないはずの彼らが、今回は異様な「執念」を感じさせた。


「何かが変だ……」


キッシュに気取られないよう小声で呟きながら、俺は群れを狙い定めて引き金を引く。

だが、手応えが鈍い。今までなら一撃で消えるはずのダイブが、なおも蠢いている。


「おい!いつもより手こずってるぞ!」


焦りの滲む声が背後から聞こえた瞬間、トレーラーが突然横転した。


「うわああああああああああ!」


キッシュの叫び声が車体の轟音にかき消される。

トレーラーは100メートルほど地面を滑り、止まった。

俺は砂まみれの体を起こし、トレーラーに目を向ける。

ダイブたちが特殊装甲に群がり、執拗に叩き壊している。


護らなければ。

荷物番として、残されたものを護らなければならない。


アリサと離れた、あの時のようには……。


「どけぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


怒声を響かせながら、俺は駆け出した。群れを撃ちながら突き進む。

だが、特殊装甲の最後の一枚が剥がれた瞬間、ダイブたちは動きを止めた。


その時だった。


眩い閃光が、トレーラーを包み込んだ。俺も、ダイブたちもその場に凍りついた。


光の中から、幼い少女が現れた。

彼女の体は黄金色に輝いている。


それは、希望の光なのか。それとも新たな悪夢の始まりなのか――。

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