第26話 ダンジョンの監督業務

「なんじゃ、騒々しい。ってユーニャちゃん、やっぱりここにおったんか?」


 シルヴィアとアンが、霧谷館キリタニカンに戻ってきた。待ち合わせ場所にユーニャさんがいなかったため、引き換えしたという。


「よくわかったな?」


「行動パターンを読んで、たしかカレーの容器を預けっぱなしじゃったわって思い出したんじゃ」


 可能性を感じて、キッチンを覗きに来たそうだ。ドンピシャで、ユーニャさんの行動を当てるとは。


「やはりこの、カズヤさんとおっしゃる方はハレンチだわ、シルヴィアさん! アタシのフィーラちゃんとハグを!」


「誤解だっての!」


 オレは、事情を説明する。


「フィーラちゃんは魔王なんじゃけど、アンデッド関連の話はあんまり得意じゃないんじゃ」


「夜、お一人でおやすみもできないらしく」


 暗い場所自体が、あまり得意ではないらしい。

 戦闘時は、あんなに強いのに。


「事情はわかったわ。だけど、いくらなんでも男性とそんな」


 ユーニャさんは、頬を染めながら唇を噛みしめる。


「生徒会長、わたしとカズヤさんはなんでもなくてですね」


「ちょっとうれしそうじゃない?」


「い、いえ。見間違いですっ」


 なんでちゃんと、フィーラは反論してくれないのか。どもってんじゃん。


 しばらく思考した後、ユーニャちゃんが口を開く。


「決めました。次回の図面武闘会ですが、追加ルールを要求します! ドロリィスさんが負けたら、あなたに寮を退室願います。よろしくて?」


 答えは聞いていない、って勢いで、ユーニャさんが提案してきた。


「勝手なこと、いうて!」


「以前はフィーラちゃんを連れ戻すと言ったけど、フィーラちゃんの意思を尊重したわ」


 今回は、オレが出ていくだけでいいとのこと。フィーラは寮に住んでも構わない。


「そんなの魔王ドナさんが許さんけん」


「いや。大丈夫だ」


 魔王ドナが、シルヴィアの後ろからヌッと出てくる。


「ドナ、話を聞いていたのか」


「うむ。これくらいのピンチを切り抜けられないようでは、魔王とは呼べぬ。また、魔王をさらに従える大家としての資質も問われるだろうな」


「正直なところ、オレは寮を手放してもいいんだがな」


 実際、シルヴィアの物件やらアンのダンジョンの収益で、オレはそれなりに潤っていた。女子寮に固執する必要はない。


「ダメだ。お前には、この霧谷館を管理する義務がある」


「あるのか、そんなの?」


「うむ。霧谷館の女性陣には、お前が必要だ」


 なんだろうな。必要な要素って。


「ドナでは、補えないものがあると?」


「そうだ」


 しかしユーニャさんは、そんな説明では納得しない。


「たとえドナ・ドゥークーの秘蔵っ子といえど、この寮からは出て言ってもらいます!」


「ああ。そうしろ。ただし、そちらも負けたら相当のリスクを負うことになるぞ」


「構いません。フィーラちゃんが殿方の毒牙にかかるくらいなら」


 ユーニャちゃんは今度こそ、シルヴィアたちと寮を出る。


「オレたちも、ついていっていいか?」


 魔王の業務とやらを、オレも把握しておきたい。ドナが面倒を見るようだが、


「わかりました。でも、フィーラちゃんからは離れてちょうだいっ」


 同行は許してもらえたが、ユーニャさんはフィーラの手を掴んで放さない。


 シルヴィアのダンジョンに、オレたちも入る。

 関係者用の抜け道を進行し、すぐそばにいる冒険者たちを観察した。

 作物栽培や畜産をメインとした迷いの森と、遺跡型のダンジョンを所有している。


「冒険者側の攻略は、スムーズなようね」


 地球人の冒険者は、順調にダンジョン内を進んでいた。魔物たちを倒し、すぐに最奥部へ到達する。


「あれが、シルヴィアの分身体」


 シルヴィアの魔王バージョンは、ブヒートくんに乗った半裸の騎士だ。


「えらい露出が多いんだな?」


「豊穣神っちゅうんは、あんなもんじゃないんかのう?」


 どうもシルヴィアは、農耕の神をイメージして魔王を作成したようだ。


『なんじゃあ。お主らは? この領域に踏み込んだもんは、容赦せんけんのぉ』


 シルヴィア魔王体が、ムチを振り回す。


「あれはなんだ? 広島弁くずれの魔王なんて、初めて見たぞ」


「違うわよ。あれは四国地方の方言だわ」


 カップルらしき二人組の前衛が、シルヴィアを値踏みするように観察する。あまり、脅威と感じていないようだ。テンガロンハットと、ビキニにホットパンツ姿だしなあ。ヘタをすると、カウガールに見えなくもない。


「どっちでもいい。さっさと片付けて、お宝をゲットだ!」


 後ろにいた魔法使いが、地面から火柱を発生させた。


 シルヴィア魔王体が、炎に巻き込まれる。


「やばい!」


「大丈夫よ」


 オレは危険を感じたが、ユーニャさんは動じていない。


『ほほう。地球人にしてはやりおるのう? じゃが、傷ひとつつかんわい』


「無傷だと!? 俺様の魔法をくらって、ノーダメとか!」


 魔法使いが、驚きの顔を浮かべる。


『こんどはこっちじゃ』


 魔王シルヴィアが、ブヒートくんを猛突進させた。


 前衛が盾を構え、防ごうとする。


 だが、ブヒートくんはあっさり二人を跳ね飛ばす。


 そのまま、シルヴィア魔王体は魔法使いをムチで縛り付けた。


『アンタも、帰らんかい』


 魔王シルヴィアは、魔法使いをコマの要領で回す。落ちてくる盾使いたちと、衝突させた。

 冒険者たちが、強制的に退出させられる。


 アンが、しきりに戦闘状況をメモしていた。


「あっさり、倒しちまった」


「見たでしょ? あれでシルヴィアさんは、本気ではないの。分身体で、あれだけ強いのよ。あの冒険者たちだって、決して弱いわけじゃないわ」


 ユーニャさんの手が、震えている。

 続いて、遺跡型のダンジョンに。


「二つもダンジョンを買うなんて余裕が――すりゃああ!」


 入り口に入った途端、ユーニャさんが何者かの影を掴む。そのまま、片手だけで投げ飛ばした。


「ぐえ!」


 影は顔面から、地面へ転落する。ゴブリンだ。手に、スマホを握りしめている。


 その影の背中を、ユーニャさんはヒザで抑え込んだ。


「これは、没収します。あとシルヴィアさん、ギルドにご連絡を」


「ほ、ほうじゃった」


 シルヴィアが、あたふたとスマホでどこかへ連絡を入れる。


「なにがあったんだ?」

「盗撮です」


 オレがぼーっとしていると、フィーラがそう教えてくれた。


 できたてのダンジョンには、よく盗撮犯が多数出没するという。女性の衣服の乱れを狙うのはもちろん、敵情視察やアイテム情報の盗用など、目的は多岐にわたる。


 この犯人は、おそらくセンシティブ関連の盗撮まだろうとのことだ。


 しばらくすると、シノブが誰かを数名連れてこちらにやってくる。


「こっちです。この者は、盗撮の現行犯。ただちにスマホの回収と、事情聴取をお願いします」


「はい!」


 軍服を着た数名の女性が、ユーニャさんが抑え込んでいる男性を連行していった。あれが勇者か。


「カズヤさん、あなたは『アスリート盗撮』ってのを、ご存知かしら?」


「あるぜ……なるほど。つまりそういうことか」


「そうよ」


 バトルをしていると、自然と装備品が乱れてしまう。だが、それはアスリートの比ではない。モンスターに腕や足をひっかかれたり、胸当てやスカートを食いちぎられたり。そんなスケベシチュエーションを狙っている輩は、人間だけにとどまらないのだ。


「アスリート盗撮と同じように、冒険者盗撮はお金になるの。カズヤさん、あなたもダンジョンを経営するなら、それは覚えておいてちょうだい」


「わかった。ありがとうユーニャさん」


「べ、別にあんたのためじゃないから! フィーラちゃんが危ないから言っているの!」


 髪をかきあげながら、ユーニャさんは勇者たちの後へ続いた。 


「あんな、ドナさん。ユーニャのペナルティの件なんじゃが……」


 シルヴィアが、ドナに耳打ちをする。


「わかった。シルヴィアがいいなら、そう手配しようじゃないか」


 ドナは、シルヴィアからの提案を承諾したようだ。


 帰宅後、追加ルールのことを話したら、ドロリィスはうなずく。


「心配するな。絶対勝ってみせる」


 実に頼もしいな。ドロリィスは。

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