第14話 借りますか? 借りませんか?

 なんと、シノブはスク水を脱ぎ捨ててしまった。貞操観念というものがないのか、この女は!

 シノブは仰向けの状態になり、その上にスク水が覆いかぶさった。あれだ、エロいイラストやグラビアとかで見る光景だ。学生証とかを腹の上に乗せるんだよな。


「わーっ! シノブちゃん! なにやってるんですか!」


「スク水、窮屈」


「ダメ!」


 ムリヤリ、フィーラがシノブにスク水を着せ直す。


「はあ、はあ。まったく、油断もスキもありませんね。殿方もいらっしゃるのに」


「このお湯を肌で感じないなんて、日本人としてはありえない」


 たしかに、オレも一人だったら、素っ裸ではいりたいものだ。


「それにしても、ガチの温泉なのか?」


「まあな。天然温泉だ」


 もうリゾートじゃん、ここって。


「温泉が出ると知っていれば、私も寮として考えなかったんだがなぁ」


 廃校になる前は、ここに温泉が湧くなど知りもしなかったらしい。


「いやあ、カズヤはどう思う?」


「どうって言われても」


 ちらっと見たが、一番スタイルがいいのはシルヴィアだ。グラビアアイドル級である。


 その次は、フィーラだ。こちらはアスリートっぽい健康的なセクシーさだ。


 ううん、と思考しながら、どうにか寮生たちの不健全ボディを目に入れないようにしていた。


 しかし、規格外のサイズがオレの目に飛び込んでくる。


 スレンダーな割に、ドロリィスは胸だけが大きい。これは、シルヴィアとどっこいどっこいなのでは?


 ドロリィスの谷間に、オレは釘付けになってしまった。


「普段はドラちゃん、サラシで隠しているんじゃ」


「変なことをカズヤに吹き込むなっ!」


 シルヴィアとドロリィスが、お湯の掛け合いを始める。

 アンは極めて、普通の体型だ。男性ウケしそうなプロポーションである。

 やはりというか、シノブが一番ストーンとしていた。


「私が聞きたいのは、ここを買い取ってもらえるかどうかなんだが」


「そっちかよ!」


 心が読めるのか、ドナは!?


 


 風呂から上がったところで、ようやく出前が到着した。

 家庭科室まで移動して、食べることに。


「いただきます」と、みんなで手を合わせた。


「さあ、つまんでくださいませ」


 アンは、寿司やピザを頼んでいる。みんなで食べられるものばかりだ。


「相変わらず、アンちゃんは女子力が高いのう」


 さっそくシルヴィアが、ハマチをつまむ。


「ご謙遜を。シルヴィア先輩もじゃないですか」


 シルヴィアとフィーラがオーダーしたのは、人数分のギョーザである。自身の分は二人とも、ラーメンと半チャーハンセットだ。


「みなさんも、どうぞ」


「いただこう。三人とも、女子力が高いな」


 ドロリィスとシノブは、カツ丼弁当とおにぎりを頼んでいた。ちなみにオレもである。


「そうでもありませんよ」


 フィーラたちのラーメンは、見事にノビていた。


「ここまでの距離を考えていませんでした」


「計算できなかったなら、仕方ない」


 シノブは自分のカツ丼を、フィーラに半分シェアしてあげる。


「ありがとうございます」


「ん」といい、ノビたラーメンをフィーラから半分すくいあげた。それを一息ですする。 


「悪い。気が利かなくて」


 オレにもう少し、サービス精神があれば。


「お気になさらず。食べたいものを食べることが、一番ですわ」


 たしかに、この弁当はうまそうだったのだ。


「アンも、おにぎりだけは頼んだんだな?」


 弁当屋で売っている昆布のおにぎりも、アンは買っていた。


「そうですの。地球のごはんは、だいたい食べてみたくて」


 上品な見た目に反し、アンは庶民的な娘だな。


「アンよ、開けてやろう」


「ありがとうございます。ですが、自分でできますわ」


 ドロリィスの申し出を断って、アンはおにぎりの袋を開ける。お嬢様に似つかわしくない仕草で。


「器用だな」


「防災訓練で、やったじゃありませんか」


 アンが、おにぎりにパクついた。

 他にも、パウチ型非常食の茹で方なども、学んだという。

 魔王だからな。襲撃や自然災害などは、日本の比ではないのかも。


「避難訓練って、頻繁にやるのか?」


「表向きはな」


 ドナは、バケツみたいな容器に入ったフライドチキンのセットを分け合う。


「訓練と称しているが、実際は地球の食べ物のリサーチが目的だ。コンビニで売っているものを、みんなで食い合うのだ」


 よく考えていやがるぜ。


「一応、うちに買い手がいない物件はこんなところだ。価格も、お手頃である」


 ドナが説明をすると、ほぼ全員が苦い顔をした。


「空気が美味しいですわ。わたくし、ここは気に入りましたわ」


 アン一人を除いて。アンは深呼吸をしながら、ご満悦だ。


「自然に囲まれて、美しい景観ですわ。こんなところで暮らせるなら、それもまたよろしくてよ」


 ギシギシと不気味な音を立てる木造の床にさえ、アンは興味を示していたからな。


「待てアン。たしかに別荘としては、申し分ない。しかしずっと住むとなると、難しいぞ」


 ウキウキしているアンの言葉を、ドロリィスは遮った。


「我々の目的は、寮でのんびり過ごすことではない。地球の調査」


 シノブも、仕事モードに入っている。口にギョーザを詰め込みながらしゃべっているが。


「この自然を調査せずして、地球をどう調べろと?」


 アンも、反論をする。


「お前の言いたいことはわかるよ、アン」


 ピザのチーズが切れるのを待ちながら、ドロリィスが会話を続けた。


「たしかに地球の生態系を調べるなら、ここはうってつけだろう。しかし、ここは我々の世界に近い」


「文明レベルが低すぎる。ぶっちゃけ、ど田舎。近くにコンビニがないのは、ありえない」


 ドロリィスに続いて、シノブも首を振った。ふたりとも、フィーラに寿司を口へと詰め込まれながら。


「都会の喧騒を離れたい人用の、建物だからな」


 ドナが、そう説明する。


「じゃあ、パスで。都会の騒々しいのは嫌いだけど、不便すぎるのはもっとつらい。なにより、コンビニが近所にないのは」


 シノブからも、ダメのサインが出る。


「コンビニ、好きなのか?」 


「アニメの推しのグッズが、コンビニでしか売っていない」


 さいですか。


「わたしも、眠れさえすればそれでいいのですが、買い出しが不便ですね」


 フィーラも、ここは却下だという。


「ですがフィーラさん。転移魔法を使えば、コンビニだってラクラクじゃございませんの?」


「転移魔法は正直言って、バイクの運転より面倒」


 アンの言葉を、シノブが否定する。


 複雑な手順を踏まなければ、転移魔法とやらは発動できないらしい。


「転移魔法は、転移先にも目印が必要です。いちいちコンビニやスーパーなどに設置させてもらうんですか?」


 フィーラからも意見されて、さすがにアンも「そうですわね」と言葉を引っ込める。


「最後に、シルヴィアさんは、どうお考えですの?」


「野菜が採れて動物が飼える場所としては、ええがのう」


 シルヴィアは、自分のラーメンを差し出す。ノビきったラーメンを。


「やはり、わざとやっていたのか」


「実際に見せた方が、わかりやすかろうよ」


 残ったラーメンを、シルヴィアは一気に食べきる。

 なんだ? ドナとシルヴィアの会話が、斜め上すぎて理解できない。


「さっきシノブが、フィーラに言っていただろう? 『店からこちらまでの距離を推測できなかったのか』、と」


「ああ」


 ラーメンがノビるくらい、遠いんだったな。


「ここは、一番近い町中華でも、一時間はかかる。フィーラは、本当にわからなかったのだろう。だがシルヴィアは、飲食業をやっている」


 そんな彼女が、麺のノビる時間を把握できないわけがない。



「申し訳ございませんが、こちらは却下ということで」


 アンは、あっさりと引き下がった。出前好きなのかな?


「答えは出たな。一応聞くが、ここを借りますか? 借りませんか?」


 ドナが、アンに答えを求める。


「はい。借りま……せん」


 第一候補であったこの地は、却下とな……。


「ほいじゃあ、アーシが買うわい」


 却下となりかけたところで、シルヴィアが手を上げた。


「寮としてじゃなく、卒業後の農場兼ダンジョンとして買い取らせてくれい」


 しかも、借りるのではなく「買う」と。

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