火酒

花宮零

火酒

 アルコール度数が一桁の酒では物足りなくなり始めた。ほろ酔い程度ではなく、酔い潰れて眠れるような強い酒を体が欲していた。いや、体はもうボロボロで、求めているのではなく習慣として惰性的に体に流しているだけだろう。


 部屋で一人の時間を過ごして、いったいどれくらい経ったのだろう。たいして時間はたっていないはずなのに、もう随分と時間が経ったように感じる。この孤独感を埋めることができるのは酒だけだった。試しに外で飲み、女の子に話しかけてもみた。しかし、彼女らも僕の孤独は埋めてくれなかった。


 部屋には孤独とウィスキー瓶だけが積み重なっていく。この部屋には昼夜もなければ季節もない。エアコンで一定の温度を保ち、昼夜構わず起きたらまず一瓶、眠るまで何瓶もウィスキーを空ける。人と話さないと人間はおかしくなっていくというが、僕もその症状は出ているのだろうか。外に出るのはウィスキーか最低限の日用品がなくなった時だけ。それも大概夜に出かける。昼夜構わないくせに、昼間の照りつける太陽には敵わないため夜を選んで外に出る。煙草は彼女との約束で吸っていない。


 しかしもう、その約束を交わした彼女はこの世にいない。


 彼女が死んで何ヶ月がたっただろうか。四十九日までは忙しく動くことで悲しみを忘れていた。しかしそれも終わった今、僕は何もできないでいた。彼女は煙草の匂いを嫌った。曰く、彼女が嫌いな祖父がヘビースモーカーだったらしい。僕が煙草に火をつけると、しかめっ面をして「嫌だ」と言った。感情表現の少ない彼女が嫌がるのは余程だと思い、その日以来吸わなくなった。


「なあ、俺はどうすればいい?」


 彼女の前だけは、格好つけて俺と呼んでいたことも、今ではただの辛い思い出だ。なのに当時の癖はなかなか抜けないまま独りごちる。起きてから2瓶目のウィスキーを空け、瓶を乱雑におく。


 彼女は飲酒運転の車に巻き込まれて死んだ。それを聞いてから、酒をやめようとも思った。しかし、現実を忘れるのに酒は必要だった。それに、彼女と一緒にあけた、ウィスキーの味が今でも忘れられないから。

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火酒 花宮零 @hanamiyarei

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