第35話
最初、悟さんと出会ったとき変な人だななんて思った。五百円で私を買おうとする人なんて今までいなかったし、私に同情しているというわけでもなさそうだった。
今まで私が会った人たちは私に同情してくるか、身体目当ての人か、その両方であるということが多かった。私も、ただ胸の内にある寂しさや悲しみを少しでも紛らわせればいいからそれでも別に良かった。
だが、やはり心の中ではもやもやとこのままでよいのか、何か違うような気がするという気持ちや漠然とした不安、寂しさがあった。
それを悟さんがすべて解決してくれた。体で繋がり距離を物理的に近くするよりも心の距離を近くした方がより私の心は安心した。今までの不安や寂しさが消えていった。
悟さんと接するほどに私は悟さんの事を知りたいと思った。より近づきたいと思った。私は悟さんに惹かれているのを自覚していたし、より中を深めるためにキスをした。本音を言うのならその先もしたかったが、この先より仲を深めていけばいずれそうなれるだろう。
そんな日々を過ごしていたある夜の事だった。
今日は家にお父さんが帰ってくる。正直に言えば、私とお父さんとの関係は微妙であり距離感が掴めていないし、私がいつからかお父さんを無意識に避けているところもあるし、より幼かったときはお父さんのことを嫌っていたのだと思う。何故かと問われれば、お母さんがいなくなった私の寂しさや孤独を親であるあの人が埋めてくれなかったから。
ただ、それだけ。だが、幼い私にとってはそれだけでも十分にお父さんを嫌う要因になりえた。今になって思えばお父さんも大人だからと言ってお母さんがいなくなったことを受け止めきれずに仕事に逃げていたのだろうということは何となくだがわかる。今となってはもうお父さんの事は嫌いではない。無関心に近いと言える感じだ。
玄関の扉がガチャリと音を立てて開いたことが分かった。リビングから出て、おのずと自室へと足を運んでいた。
いつものように何も言われずお互い干渉せずそのまますれ違うはずだった。
「ただいま、美嘉」
「っ!?」
思わず、後ろを向いてお父さんの顔を見てしまう。どうにも照れたような気恥し気な、なんとも言えない顔をしてこちらを見ていた。
「お、おかえり。お父さん」
「.....その、な。美嘉。話したいことがあるんだ」
お父さんに促され、椅子へと座って対面した。こうして顔を合わせるのなんて何年ぶりだろうか。それすらも思い出せないくらいお父さんと話すのは久しぶりだった。
「.....美嘉。あの、その.....な」
「う、うん」
ぽつり、ぽつりと独白のような形でお父さんは話すを進めた。私は、それを何も言わずただ黙ってお父さんの言葉を咀嚼して飲み込む。
今まで私をほったらかしにしてしまったこと、どうしてしてしまったのか、その他の色々なことをお父さんは吐き出すように話した。
私もいつしか相槌を打つようになり、徐々にだが自分の感情をお父さんへとぶつけることができるようになっていた。あの時どうしてほしかったのかとか、あの時私はこうだったとか。
普通の親子ができるような会話をやっと今になってできるようになった。
そして、すべてをはなしきったあとお父さんはこんなことを言ったのだ。
「あの男の子に感謝しなきゃな」
「.....?」
「家に帰る前に男の子に会ったんだ。美嘉の友達だって言ってたよ。あの子のおかげで私は美嘉と話し合う決心がついたのだから」
私の友達の男の子……そう言われて思い浮かぶのは悟さんしかいなかった。
悟さん.....いえ、悟君、の方が親しみやすいかな。これからはそう呼ぶことにしよう。
やっぱり悟君は変な人。だけれど、今はどうしようもなくあなたの事しか考えられなくなってしまった。
悟君。
今すぐあなたに会ってキスがしたい。その先も。その先もずっと。
私はあなたに依存したい。
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