第12話

「桜さん、流石に休んだほうが良いのでは..............?」

「..............煩い。それ何回目?私が良いって言ってるんだから良いじゃん。事務所の利益にもなるし、あなた達的には何も困らないしいいこと尽くめでしょ?それならいいじゃん」

「ですが..............どの仕事も体が資本です。体調が崩れてしまってはいけません。桜さんはこれから先、より活躍していくのですから」

「煩いって言ってるでしょ!!良いの、これで。..............これで、良いんだから。じゃあ、また明日。もう二度と同じことは言わせないで」

「..............はい」


 車をバタンと閉め、マネージャーに別れを告げる。


 私だって仕事をしすぎていることくらい分かっている。体が壊れそうなのも分かっている。全部わかったうえで私はやっているのだ。


 何か気を紛らわせないと狂ってしまいそうだった。頭がどうにかなってしまいそうで仕方なく仕事で紛らわせているだけ。そうしないと体の前に心が壊れてしまいそうだったから。


 いや、もう既に壊れているのかもしれない。


 だって私は、過労で死んでもいいなんて思っているのだから。いや、死んでもいいじゃない、死にたいと思っている。


 何もかもがどうでも良かった。


 苦しかった、悲しかった、辛かった、何もしたくなかった、寂しかった、、息苦しかった、何も考えたくなかった、狂ってしまいそうだった、おかしくなってしまいそうだった。死んでしまいたかった。


 荒々しく玄関のドアを開け、鍵を閉めズルズルとドアを背に崩れ落ちる。


 心の底から不安という感情と苦しいという感情、その他の負の感情が体にへばり付いてぶるぶると震えてしまい立てなくなった。


「お兄ちゃん.............私、寒いよ。..............抱きしめて。もう、立てないかもしれないの」


 お兄ちゃんのハグだけで私はこの先も頑張っていけるの。お兄ちゃんが頭を撫でてくれるだけでこれからも生きていこうって思えるの。お兄ちゃんが、生きてくれてるだけで私は嬉しいの、幸せなの、これ以上の事なんてないんだよ?お兄ちゃんだけが私の生きる希望なの。お兄ちゃんの言葉で私は自分を変えられたの。お兄ちゃんが私のすべてなの。お兄ちゃん以外何ていないんだよ。お兄ちゃんは他の何者にも代えられないの。


 お兄ちゃん..............苦しいよ、イタイの。

 

 胸が。


 張裂けそうなほど。


 私が私じゃなくなっちゃうみたいなの。


 何かドロドロとしたものが罅割れた心から漏れ出して止まらない。必死で胸を押さえて止めようとするも全く止まる気配がない。


「お兄ちゃん、助けてよ」


 答えてくれる声は当然なかった。そんなことわかってる。分かっていてもお兄ちゃんに助けてもらう他に何もない。


 お兄ちゃんとの思い出を頭の中で反芻する。


 不器用に笑っているあのお兄ちゃんの顔、そして優しく撫でてくれた手のぬくもりをどうにか思い出して数舜痛みが和らいだ気がしたが、それも真っ暗な冷たい玄関の床が私を現実に引き戻す。先ほどまで思い浮かべていたお兄ちゃんの顔は消えてしまった。


 何度思い出しては消え、思い出しては消え、思い出しては消え、思い出しては、消えて、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


 お兄ちゃん。


 ねぇ、お兄ちゃん。


 私、おかしくなっちゃいそうだよ。


 ねぇ、お兄ちゃん。


 私、狂いそうだよ。


 ねぇ、お兄ちゃん。


 大好きってまだ伝えられてないの。


 ねぇ、お兄ちゃん。


 私、お兄ちゃんとずっと一緒にいたいの。


 ねぇ、お兄ちゃん。


 お兄ちゃんは私の事好きだったのかなぁ?好きだといいなぁ。


 ねぇ、お兄ちゃん。


 タスケテ。




 


 




 

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