溶けない林檎
あさの
溶けない林檎
自転車をこぐ。この時だけ、自分は自由だと思う。
サイクリングロードをゆっくりと走る。家にいるときよりも、もちろん学校にいるときよりも、この時間が一番好きだと思った。
ああ、あの人は。サイクリングロードの東屋にいる男子生徒が目に入る。あいつは南 雪彦。いつも、理科準備室にいるへんな男子。
雪彦に声を掛けてみる。
「ねえ、なんかいるの」
雪彦はヒッと声を出して、私のほうを向く。排水管のほうを見ていたから何か生き物でもいるかと思ったのだ。
「カエル、カエルがいる」
そっとのぞき込むとたしかに小さなカエルがいた。
「解剖するの」
「しないよ、見てるだけ」
ふーんと私はつまらなそうな返事をする。
「ねえ、アイス食べない」
「アイス……」
「食べるの食べないの」
「何で僕が香川さんとアイス食べるの……」
「いいでしょ、別に、食べようよ」
そして、雪彦を無理やりアイスの自販機に連れて行って、選ばせる。
「僕お金ないけど」
「おごってあげる」
ええ、と情けない声をだす雪彦。
「私これ」
二人分のアイスを買って、ベンチに座って食べる。
「美味しいね」
「うん……」
雪彦は突然の出来事に戸惑っているようだ。
「この前さ」
話し始めた私を雪彦がじっと見つめる。
「化学の小テスト、教えてくれたでしょ、そのお礼」
ああ、と納得した様子。
「そんなの……席が近かったから」
「あの分野苦手だから助かったよ」
隣の彼は、ふふ、と嬉しそうにしている。なんてわかりやすいんだろう。
「今後もさ、教えてよ、小テスト。夏はアイス、冬は肉まんおごってあげる」
「え……」
「嫌なの」
「そうじゃなくて……僕なんかとなかよくしてたら、その……」
「なに?」
「香川さんも変な奴だって、思われちゃう……」
周りの人の目を気にしているようだ。ここは、はっきり言ってやろう。
「南は変だけれど、いいじゃん、それで」
私は雪彦を見て、にっと笑った。
「変ってことは、個性があるんだよ。個性のない群れているような奴らが、そんなことを言うんだ」
自分に言い聞かせるようにして、言う。
私は、友達との仲たがいでクラスから浮いている。その自分を勇気づけるためにも、この言葉が必要だった。
「香川さん……」
ぼうっと雪彦がこちらを見ている。その手に持ったアイスは溶けかかっている。
「僕は、香川さんのこと、いいなって思うよ。自由で、強くて。僕にはないものを持っている」
地面を向いて雪彦が言った。
「だから、話しかけてくれて、嬉しかったよ」
「……そう」
私は目を細めて笑った。
「じゃあ、この次の小テストも頼んだ」
「じゃあね」
手を振って、別れる。
本当は、彼をいじってやるつもりだったのだけれど、いじわるできない自分がなんだかおかしかった。
彼の前では素直になってしまう。不思議なものを持っている。
残りのサイクリングロードの道は、全力で自転車を漕いだ。
溶けない林檎 あさの @asanopanfuwa
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