チキン・ソーサリー

反逆の点P

鶏早朝に鳴き、声明星に聞こゆ

000 青春は温度を持たない

ある時夢を見た。

眩しい日差しに照らされながら、この町を見ていた。

雲一つない快晴…とはいかないが空はどこまでも青く続いている。

それなりに発展した町にはもう重機の姿は見当たらず、ただ人が揺れていた。

ぼくが何故ここにいるのかそれは僕にも検討がつかない。分かるのはここが近くの山の頂上であるということだけだ。とくべつ有名でもない山。山の中腹には神様が祀られているらしい。だがぼくはお詣りとかお願いとかそんなことをしにきたわけではないことを知っている。

隣には長髪の彼女がいた。時代錯誤なセーラー服の彼女が…

彼女…と言っても恋仲であるわけではない。

瑠璃色の手入れされた髪、冷たくもないし暖かくもない風が通るたびに彼女の髪は光に揺れ、その度に少し髪に手を添える素ぶりを見せていた。

頬は濡れている。ぼくはその涙の流れを止めることはできなかった。


001 未来日記

とある日の昼休み僕はそれに出会った。台風が南に配置される少し前の日の一幕だ。大きく回る螺旋階段の踊り場で僕はそれに出会った…"出会ってしまった"。その本、"未来日記"に、その本はちょこんと一人の僕を待つように置いてあった。純白の表紙には誰の名前も書かれておらずその日記、いやそのノートは誰かに 拾われるのを切に願っているようなそんな気がした。

片手には弁当が入った袋、もう片方には本来校内での使用が禁止されているスマホを持っていた僕は特に何かあるわけではないが熱中していたスマホゲームをやるために一人屋上で食事をしようとしていた。その時に落ちていたのがこの日記だ。

一度素通りしようとした僕だったがその声は唐突に僕の後ろから声をかけられた。

これがなければぼくをあの災厄に誘うことはなかったのだろうか。




「お〜い!羽苅(はかり)〜〜〜!」

木と上靴のぶつかる音が軽快なテンポで駆け上がる音が奏でられた。

「ことりぃぃぃぃぃーーーーーー!!!!!!きぃぃぃぃぃぃぃぃぃく!!!!!!」

振り向くとショートカットの少女の綺麗な足技がいままさに直撃しようとしている。

「あっぶねえ!!!!!?てかここ階段だぞどんな脚力してんだ!ことり!」

目の前でその怪物は華麗な着地をしてみせた。

「ふっふっふ、私を呼んだか!川のせせらぎのように優しく鳴く鳥!尾川(おがわ)小鳥(ことり)とは私のことだ!!!」

黒のブレザーを着た僕のクラスの学級委員長であり僕の天敵。ショートカットの二重の大きな目であるその声の主はスポーツ少女 尾川 小鳥(ことり)だった。

彼女の手には大量のプリントがあった。おそらく全て僕に渡す物であろう。

というかほんとにどうやって飛び蹴りをかまそうとしていたのだろうか…このレベルまでくるとみれなかったのかすこし残念である。

「はい!これ!」

相変わらず煩わしい女だ。彼女の大きな声はまるで虎の咆哮のように階段に反響している。

「静かにしろことり」

「分かった!」

「分かってねえだろ!」

まったくもって鳥と比喩できるのが頭だけだろう。小鳥という可愛らしい名前をつけた親に謝って欲しいほどだ。彼女の声は今も僕の耳の中で反響しているほど大きかった。いますぐここから立ち去りたかった所だがこの時の僕はまさに蛇に睨まれた蛙、いや鷹に睨まれた蛙であった。ぼくとこいつの間の生態ピラミッドが作用しなかったのである。

「まあとりあえずこれ!」

尾川は僕にその手に持ったプリントを渡そうとしてきた。僕は一旦スマホをポケットにしまいそのプリントを受け取った。

「ありがとな尾川」

僕はとりあえずの感謝をした。

「ふふん♪委員長だからこのくらいは当然だ♪」

「はいはい…委員長さんはさすがですね…」

「とりあえず委員長の私はお昼食べてくるから!じゃーねー!」

そういいながら彼女はこの場を立ち去ろうとした。が、しかし、運命はそれをよしとしなかった。あれっ?と彼女はその一冊のノートを拾う。これが全ての過ちだったのだ。

「これ、羽苅(はかり)のか?」

すごい真っ白なノートだなと尾川は言った。たしかに真っ白、信じられないほどの白さだった。そこに落ちているのが不思議なくらいに…そんなことを尾川に言われて初めて思った。

まるでそのノートは誰かがなんらかの意図を持ってそこに置いたかのように、はたまたなんらかの不思議な力によってそのノートが意志を持ってそこにいたようにも思えた。

そんなことを考えていると尾川は空いた間を埋めるように喋り出した。

「いやー、それにしても白いな。昔あった漫画のこと思い出しちゃったよー。まあ名前忘れちゃったんだけどな。」

その漫画の名前を思い出しているのか少し考えごとをしているようだった。

「まあその漫画で拾ったノートは純白とは反対の真っ黒なんだけどな。」

彼女は昔を懐かしむように言っていた。僕も当然その漫画を知らないわけではないがその話をしだすとはかり知れないほど時間がかかるので今回は遠慮しておこう。

「それはそうだろ。漫画で書かれる白ってつまらないからな」

「羽苅?それってどういう意味だ?」

彼女は興味を持ったのか不思議そうな顔をしていた。

「いやいや簡単な話だ、漫画って基本的に白と黒のコントラストで描かれるだろ?だからそのノートを白にするとあまりにも地味だ。だから白って色は漫画だとつまらない色になる。」

「おー、クラス順位最下位の羽苅くんにしてはなかなかに説得力のある意見だな。少しだけ納得してしまったよ。」

僕の名誉のため一応弁解しておくが僕は最下位ではなく下から二番目である。

そして最下位がこの女だ。

「でもさあ、羽苅くん。白ってそんなにつまらない色なのかな?」

こいつは少し人を舐めたような顔をしている。これは、そうぼくを馬鹿にしている顔だ。

「どうなんだろうな。僕的には白はつまらない色のように思うけど。」

「わたし的には白って面白い色だと思うな。白ってその上から黒とは違う色を入れることができるし。さっきの羽苅くんの話だとたしかに白黒の漫画だとそうだけど最近だとカラーの漫画もあって白の所に赤とか青とか色々な色を入れてるんだよ!それに…」

「それに…?」

クラス最下位の女の言うことである。僕の度肝を抜いてくる。そんな予感がしていた。

「白って二百色あるんだよ?」

沈黙が僕達の間を縫おうとしたがそれを解くために尾川は咳払いをした。

「とりあえずそんなことは置いといて。じゃこれよろしくな!」

尾川は手に持っていたノートを僕に押し付け走り去っていった。

その後やむなくして階段を登っていると下から廊下を走るな!というありきたりな教師の言葉が螺旋階段の中を吹き抜けていった。


2. 鬼火焼き

僕は一人屋上の一角で昼食を嗜しなもうと屋上を目指していた。

別に友達がいないわけではない。むしろ多い方だと自負している僕だが今回はゲームのアップデートのため早くログインしたいという心理である。長い螺旋階段の途中にこの先立ち入り禁止の看板があったが僕はそれを気にも留めず進んでいった。

そこから少しして階段を上がり終えると僕の前に重厚な扉が現れる。かなり年季の入った扉がさらにその存在感を後押ししているように感じた。僕はそれに手を伸ばし、開けた。

やはり少し錆びているのか扉が重いように感じた。ふわっとした夏の陽気に暖められた風が僕の体を包み込んだ。

先には黒ずんだコンクリート上にある青色のベンチで昼食を取る少女が1人僕を見つめていた。ベンチは古く、白い傷のようなものがところどころ見てとれる。

彼女の持つ瑠璃色の髪は屋上に吹く暖かい風になびいてた。なんというか、ぼくは見惚れていたのだ。

「あら…来客?珍しいですね。」

その瑠璃色の色とは反対の白いセーラー服を着た彼女はそんなことを呟いた。少し悩んだ末に彼女は太ももに乗せた弁当をそのベンチに置き立ち上がり僕の方に近づいてきた。僕はその異様な彼女の雰囲気に抜け出せなくなっていた。身長は女性の中だと少し大きいくらいだろうか?だがそう感じるのは彼女の雰囲気故なのかもしれない。

来客…というからには前からいたのだろう。だが、前…と言ってもせいぜい一週間である。たまたま会わなかっただけか?とそんなことを考えていた。

「あなたの…あなたの名前はなんでしょうか?」

彼女はそんなことを言った彼女に対してこう返した。

「名前を聞く前に自分で名乗るのが礼儀だろ?」

そんなことを。彼女からすれば僕はとてもませたやつだったかもしれない。

彼女は少しの沈黙のあとにこう答えた。

夜神楽(よかぐら) すずし と夜の神楽、夜に騒ぐ祭りと…だがしかし、彼女の様子からはそんな騒がしい様子を感じることはなかった。むしろ静かに佇むその様子は線香花火を想起させる儚さを伴っている。

僕は自己紹介をする前に小物のような咳払いを入れた。

「僕の名前は 一尺二寸(かまつか)羽苅(はかり)だ。

かまつかは一尺、二寸と書く、はかりは測定や図形のはかるじゃなく羽、そして草苅りの苅だ。」

「はかりくん?面白い名前だね」

なんというかすごい気まずかった。初対面ということもあるが彼女のそこに存在しないかのような白い肌に見惚れていた。

「…なんかついてる?」

「い、いえなにも」

気のせいか、夏の暑さは僕の頭をおかしくするのには十分だ。

「でなんではかりはこんなところに?やっぱりお弁当を食べにきたの?」

「まあ、そんなところだ…」

死んでもゲームがしたくて屋上に来たなんて言えない…なんか悪いこの人に悪い気がする。

「じゃあ一緒に食べない?私も1人で退屈してたからさ!いいかな?」

彼女は上目遣いで聞いてきた。自分より少し身長の低い彼女の上目遣いはバッターボックスに立ったストライクゾーンに投げられた豪速の球となりそれは最速の169.1キロを超えて、大幅にその記録を更新した。これは健全な高校生からしたらよろしくない。

落ち着け、落ち着くんだ。

「ふぅ…。」

「大丈夫?」

「あー、すいません。大丈夫です。」

「じゃあ一緒にご飯食べよ!」

彼女は出会って一番の笑顔を見せた。これが本当の性格なのだろう。僕はその笑顔に釘付けとなり彼女に一夏の恋という病を患った。食べている間は互いに口数が少なくなる。もちろんぼくは童貞なので、女の子とご飯を食べるなんて中学生…いや小学生ぶりである。彼女もお互いに出会ったばかりなので当たり前といえばそうだがなんとか話しかけてみたいところだ。そういえばずっと気になっていたがちょっと腕が当たるのが気になる…

「かぐらさんってもしかして左利きですか?」

「うん!もしかして腕気になる?一応右も使えるけど」

そういうと彼女は自分の箸を右手に持ちかえまた食べ始めた。

「両利きってすごいな。僕も昔左利きの練習してたんだ。」

彼女はふーんと素っ気ない返事をしながら卵焼きを箸で掴もうとしていた。

「まあ私もずっと両方使えたわけじゃないよ。いつからか使えるようになったんだよね。左手、ずっと右利きだった筈なんだけど。今日みたいな暑い日に卵焼きを掴む箸が左側にあったのに気づいた。なんでなのかはよく分からないけどね。」

そう言うと彼女は掴んでいた卵焼きをはむっと口の中に放り込んだ。

彼女の美味しそうに食べる姿にどこか救われる僕がいたような気がした。

そんなことを考えていた僕を横目に見た彼女はあと一つ残っていた卵焼きを僕の方に恥ずかしそうにしながら突き出した。

「これあげるからはかり君の卵焼き交換しよ」

「ああ、いいけど…」

この時僕の鼓動は等加速度運動のように心拍数は上昇していた。これって関節キ…

「はやく……」

これが彼女いない歴=年齢の人間の悲しい妄想でないことを僕は望んでいた。これは僕の始めた物語だ。これは僕が始める物語なんだ。

僕は突き出された卵焼きいやその卵焼きを掴んでいる箸に狙いを定めていた。におもいっきり齧りつこうとした。

ーンコー…カー…コ…ンキー…コー…カー…

「ん…?」

キーンコーンカーンコーン

「あっ…」

彼女は鐘の音が鳴るとともに卵焼きを自分の口に頬張り、なにやら急いでる様子だった。彼女が卵焼きを飲み込んだ時お弁当を完全に片付けていた。

「ごめん!また明日、会えたら!一緒に食べよ!じゃね!」

そういうと彼女は屋上から立ち去った。夏空に吹ける風のように。白いセーターを着た彼女は夏空に溶けた氷は溶けることなく昇華してしまったようだった。山風との出会いと別れに放心した僕は彼女が隣で座っていたところにそっと手を置いた。

「あっっっっつ!!!!!」

ベンチは彼女の存在を忘れてしまったかのようだった。彼女の熱は夏の大気と混ざり合い取り込まれてしまったようだった。

僕はこの時だけはワイシャツに透けた下着を見れる夏よりも彼女に触れられる冬に少し嫉くのだった。







003.三千世界


「はっ、はっ、ハックション!!!!」

リビングにある時計の針は9時12分を指していた。僕には公務員の両親と2人の妹がいる。がしかし今はリビングで1人優雅なてぃータイムをしている。てぃーといってと紅茶ではなく緑茶であるがそんなことは現在僕の家で起きている事件に比べれば些細なことであろう。だがそんな事件も僕にとっては不利益を被るどころかこうして1人の時間を楽しむ機会をくれたのだから片方の妹には感謝をせざるを得ない。

そんなふうなことを考えてながら僕は左手で白色の小茶碗を手に取り、すこし口に含みテーブルにおいた。テーブルから可愛らしいアホ毛がこちらを覗いていた。

するとそれは勢い付きすさまじいスピードで近づいてきた。

「にーちゃーん!!!!夏風邪かー!!!」

「?????????」

おどろいた僕は思わず口からお茶を吹き出した。水鉄砲のよりも勢いのある僕の口に含まれていたそれは僕の妹『索野(さくや)』の顔に噴射する結果となった。

一尺二寸 索野は僕の妹の片割れである。先月15才になった少女である。ロングの髪が似合う可愛らしい少女。先月の誕生日に少し早めにスマホをもらっていて今は全体的に浮かれている感じだ。だがそんな少女も顔に熱い茶をかけられてはたまったものではないだろう。

「あっちいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」

索野ちゃんはリビングで暴れていた。愚か者を見て僕は少しの愉悦に浸っていた。

すると索野は忍者のような身のこなしで立ち上がる。索野はパルクールを本人曰く'少し'嗜んでいる。なのでこのような動きは朝飯前…いや寝ながらでもできるという。

「うぅ…お兄ちゃんに顔射されちゃったよう…もうお嫁に行けないよお…」

「安心しろにいちゃんがもらってやる。」

「ほんとぉ?」

索野は上目遣いで僕を見つめる。

「嘘だ」

「兄ちゃんの嘘つき!」

そういい索野は僕の顔をぶん殴る。思い一撃である。

「いったぁぁぁぃぁぁ」

鼻血はギリギリ出ていないようだ。

「兄ちゃんの嘘つき!私に顔射したくせに!!!」

顔射は、相手の顔に精液を浴びせることによって性的欲求を満たす行為である____

「たしかにお前の顔にお茶を吹いたが顔射ではないだろ!それに麗しき女の子が言うんじゃありません!というかどこでそんな言葉を教わったんだ!?」

まったく最近の中学生は…学校でもこんなことを言っていたら我が家の恥である。

「あーそれか、たしか陸上部の一個上の先輩が言ってたやつだね」

陸上部…運動部の中でもバスケ部の次に聖なるオーラを纏う部活の一つ(僕調べ)である。まったくこれだから陽キャは…

「で?なんて名前のやつだ?」

「川のようなせせらぎのように鳴く鳥…」

ん?どこかで聞いた名乗り口上だな…

「尾川小鳥大先生だ!!!」

…やっぱり小鳥か…たしかに雀にそういう伝承はあるものだが…あいつはどちらかといえば鷺(さぎ)であろう。

「なんでお前があいつと仲良いんだよ!!!」

そもそも高校生と中学生だ。関わる機会なんてそんな多くないはず…

「あー兄ちゃんは知らねえと思うけど、私と小鳥先輩は大大大の仲良しなんだぜ!!!まあ話せば長くなるけどな!!!」

「ふーん」

「なんだよつれねえなあ私と大先生の仲はラブドールよりも高くえっちなねえちゃんのフェラよりも深いんだぜ!!!」

「最低だーーー!!!あとそんなことを大声で言うんじゃありません!!!!」

最低である。てかまじでどこでそんな言葉を覚えたんだ。

「うるせえ!私はエロで世界を救うんだ!大エロエロ魔神になるんだよ!!!」

「あのなあ…エロで世界を救うなんて無理に決まってるだろ…そもそも世界なんて救えるわけないだろ」

幾ら三千もの世界があると言われているこの世の中でも流石にエロで救われる世界はないだろう。というかあって欲しくないし、あってもその存在を信じたくないものだ。

「でもよう兄ちゃん下ネタって平和の象徴なんじゃないかっておもうんだ〜」

な…何を言っているのか分からねーと思うが僕も何を言っているのか分からなかった…僕の頭がどうにかなりそうだった。

さすがぼくの妹…利朝(とみあさ)市のコンポスターズとはよく言ったものである。まさに詐欺師だ。

「なんて言ったって私たちは生き物だ。生き物は繁殖をするためには住処が外敵に脅かされちゃいけないんだぜ。だから私たちがエロを享受しているうちは平和なんだぜ。完璧な理論だろ?」

言うほど完璧か?やはりぼくは騙されているようでならないのだが…ばかの考えていることはよく分からないものだ。

「あーそうそう兄ちゃん。今から買ってきて欲しいもんがあるんだがいいか?」

「あ?」


4.山月記

街を彩るネオンサインの外を出ると聞き覚えのある音楽が僕の耳に飛び込んできた。手にはベーコンレタスの入ったビニール袋が一つ入っていた。もちろんこれは僕の趣味ではない、索野の趣味である。空は操り人形となった僕の心を癒したが少し離れた場所にあった黄色の兎は泥遊びをしようとしていた。

「はー…」

閑静な住宅街に吹く僕のため息は初夏のぬくい空気と混ざり合っている。

「てかなんで僕がたかが血が繋がってる女のおかずを買ってこなくちゃいけないんだよ!」

僕はギリギリ聞こえないような声で怒りを吐露する。そもそも、ぼくが親にテストを見せないのが悪いのだ。というかなんであいつぼくが今回4科目赤点だったって知ってるんだ?コンクリートの塀のすぐ隣にある電柱には羽虫が群がっている。まあ僕が親にテスト結果を教えていないのが悪いだけなのだ。と自分に言い聞かせ心を落ち着かせる。そんなことを考えていると家の近くにある公園が見えてきた。その公園の少し先を右に曲がってすぐのところが僕の家である。しかし、すぐと言っても田舎の民である僕にとってすぐとは500m以上は歩かねばならないので意外と距離があるようにも思えてくる。

『ナニかが僕を見ているように感じた』

その視線は背後から夏に似合わな冷たい雨のように背中を撫でている。しかし、次にそれを感じた時は僕を見定めているようだった。馬鹿なのか利口なのか歳の取った骨董商のように価値の有無を物に問うようにその主からのものは少し湿っぽさも感じさせた。夜道を怖いと感じるのは人類の遺伝子に刻まれたものなのだろう。獣は夜行性の物が多く暗闇からその歯を人間に向けてきた。獣といっても兎から狐、日本にはいないが虎もそうだ。僕の足の動力は暗がりへの不安で塗り潰されつつある。僕は少し早歩きで家に向かうことにした。公園の横を通る時、公園の看板にはすこし苔が生えており看板には少し目を凝らすと見える程度の『囚四万公園」という文字が見えた。としま公園というのか相変わらず読み方が分からない公園であり夜の不気味さとマッチしている。

僕の耳を何かが舐めた。それは獲物に認定した対象を逃さないように僕にマーキングをしたようだ。最初は右をそして次は左を…僕はゆっくりと振り返った。影は僕より遥かに大きかった。

『そこには大きな虎がいた』

「と…ら…?」

鋭い爪は僕の顔目掛けて一直線に飛んできた。

僕は『死』を覚悟し、悟るように目を閉じた。

ああ…もう終わりか…なんやかんやいい人生だったかもな。しいて言い残すことがあるとすれば夜神楽に想いを伝えられなかったことだが…

しかし、僕を傷つけようとしたそれが僕にあたることはなかった。

「走って!早く!!!」

セーラー服の誰かが僕の前に現れた。その声の主はそう言ったあと甲高い悲鳴を起こした。彼女はコンクリートに叩きつけられた。彼女のセーラー服は虎の爪に晒されボロボロになっていた。しかし、ボロボロになった服の隙間には直接引っ掻かれた後があるわけではなく致命傷ではないようだった。僕は顔を見ようとしたが彼女の『逃げて!逃げて!早く!!!』という悲鳴にも似たその声に気押され顔を見ないまま走った。走って、走って走りまくった。公園の角を左に曲がり疾走した。虎はやはり僕を捕食対象として認識しているようでセーラー服の彼女など興味はないのか追いかけてきた。運動不足な僕にとっては犬との散歩ですらきついのだ。ましてや虎など追いつかれない訳がなかった。僕の背中を虎はその鋭い爪で引っ掻いた。コンクリートに強く叩きつけられる。まだ手にはビニール袋があった。仰向けになった僕のすぐ横には白い一冊のノートがあった。どこかで見たことがあるような。これのせいだ真っ白なノート、それはまた1人でちょこんと僕がここに来るのを知っていたかのように『気持ち悪い』まじでなんなんだよ。意味分からねえよ。

虎はゆっくりと俺に近づいてくる。恐怖は極限までに達していた。グルルグルルと虎はその犬歯からは涎が垂れ落ちた。涎が落ちたのと同時に僕に飛び乗ってきた。虎は最低でもヒトくらいの重さがあるはずだが何故か重さはなかった。死を感じたことでそのような感覚もアドレナリン?で無くなっているのだろうか。しかし、そんな現実逃避が意味をなす訳もなく目の前の虎は僕を常に食べようとしていた。

虎は僕の肩のあたりを噛んだ。痛みはなくただ喰われるだけだった。ここで終わりかな。そっと目を閉じた。

てか俺情けなくないか?

妹にパシリにされて、女の子に助けてもらったのに人生諦める?ここで死んだら、ここで死んだら…ここで死んだら…

「ここで死んだら学校のやつらに…ホモ野郎だと思われるじゃねえかーーー!!!」

僕は左手に持つBL本の入ったビニール袋で虎の腹のあたりを殴った。

「くそ!くそ!どけ!どけえええええええ!!!!!」

心臓の鼓動は加速し続けている。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

虎は容赦なく僕の肉を噛みちぎっていく。右肩には赤のなかに筋のある白色が見えている。月は暗雲に埋もれそれは兎が隠れているかのようだった。

もうだめなのだろう先ほどまで動いていた左手も動くことはなかった。

もう…

「宜候!!!」

「がる?」

虎は後を見る…と'同時'に吹き飛ばされた…

虎とは違う金色の髪を晒した聖職者(シスター)は虎の頭に飛び蹴りをかましたのだ。虎は数メートル先に飛んで行った…

「ふーう…大丈夫か?少年」

そういうとシスターは僕に手を差し出してきた。僕はこの手を握るのを迷っていた。

「あれ?そんなにあの虎にやられた痛みがあるのか?」

痛み…痛みがない!?僕はとりあえず彼女の手を取ることにした。

「あ、ありがとうございます」

「おう!きにすんな!ところでそのビニール袋貸してくんねえか?」

「まあいいですけど」

僕はビニール袋をそのシスターに渡したのだった

「お、ありがとう」

BL本の入ったビニール袋を渡したのだった…

一旦返してくれませんか?と言おうとしたのも束の間彼女はもうビニール袋の中を覗き込んでいた。もう終わりだ…今死にかけたところだがシスターに中のものを見られた。なんて神は残酷なのだろう。

彼女は少し苦い表情を浮かべていた。あっ…ちょっと引かれてるのか?こんな美人の人に?

「ぐ…ぅ…」

ん?その聖職者はてを口元に抑えた。

「がっ…!あ"ぅっ…ゔぅお"あ"」

まさかな

「げぇぇえぇえおええええがはっ…ご"ほっ…え"」

ええ…

「あのー大丈夫ですか?」

ゲロシスターはグットのハンドサインをした。あ、ダメなやつだ。

そんなやりとりをしていると虎は立ち上がりこちらに近づいてくる。

「"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」

先ほどまでの恐怖を思い出しパニックになり取り乱してしまった。

ゲロ女はビニール袋を投げ捨て僕の右肩に手を置いた。

「あー…ちょっと待ってて」

顔はゲッソリしていたが少しかっこよかった。ゲロを吐いてなければ惚れていたことだろう。彼女は僕の近くに落ちていた白いノートを拾った。

「ああこんなところに落ちてたのか、たく勝手にいなくなりやがって」

彼女は胸にあるポケットからペグシルを取り出し何かを書いているようだった。

「うっし!これでいいかな。おい!」

「はい!」

「これ持ってて!」

彼女はその白いノートを僕に投げた。中を見ると変な絵が書いてあった。一本の槍に三角形が刺さっている絵だ。周りは六芒星で囲まれている。

「よーしやるぞ!」

そういうと彼女はとんでもない速さで虎に近づいていった。動きにくいシスター服だろう修道着でも顔の近くまで一瞬だった。がしかし虎はそれを待っていたかのように左の前足でカウンターをかけようとした。

さらにそれをシスターは右手を盾にして受け止めたのだった。腕からは少し血が流れているようだった。シスターの左手にはまだペグシルがあった。彼女は虎の頭に何かを一瞬で描いた。

「もう終わりだよ」

彼女はそう言った。虎の額には一本の線に三角形と六芒星。あれは?

「永遠の剣_ベビー」

虎は青色の数本の剣(つるぎ)に貫かれその場で絶命したようだった。

「なんだよ…これ…なにが起こったんだ…?」

005.My sister

目を覚めますとなんだか綺麗なところにいた。窓ガラスからは夜の闇が射している。

「どこだここ?」

僕はレッドカーペットの上で寝ていた。体には紫のシーツが掛かっている。少し上がっているところで寝ていたようだ。左を見るとそこには1人の男性が十字架に括り付けられていた。

「ひっ」

よく見ると何度かテレビなどで見たことがある。教会なのだろうか?下に敷かれていたレッドカーペットは少し冷たかった。

「よお、起きたか?少年」

扉を開け誰かがこちらへ歩いてきた。金木犀のような髪を下ろした髪は黒のキャミソールにショートパンツのジーンズを着た彼女の腹のあたりにくるまで長かった。

エロすぎんだろ…この女が僕の買ったものにゲロを吐いたという事実に僕は救われたのだった。てかスラブ系の人か?美人すぎてやべえ…

「おいなにじろじろ見てんだ…襲うんじゃねえぞ」

「ゲロ女のこと襲うわけねえだろ!」

「あ?私は命の恩人だぞ」

その通りではある。だがゲロ女を襲う男などいるのだろうか、いやいないだろう。女性は品が大事なのである。

「まあいいか。で傷とかは大丈夫か?肩はとりあえず応急処置したけど」

肩を左手でさすると虎に抉られた傷はもうなくなっていた。 

「一体どうやって治したんだ!?」

彼女は少し悩んでから答えた。

『魔法』…と

「魔法?」

僕は少し戸惑った。魔法というのは幻想ではないのかと幻ではないのかと妄想厨の産物なのではないかと彼女はその問いに

『否』と答えたのだった。

「まあ魔法って言っても色々種類があってね、起源は各地域の伝承や宗教から来てるんだよね。さっきの虎を倒したのも魔法の一つだよ。」

「一つ質問いいか?」

「ああいいよ」

僕は唾を飲み、興奮を抑えた。

「僕にも魔法は使えるのか?」

「あははははははははあっはっはっはは!ぶふ!ふぁはは!」

彼女は笑いこけていた。耳の辺りが熱くなるのを感じた。恥ずかしさのボルテージがMAXにまで近づいていた。彼女の笑い声が少し落ち着くとまた喋りだした。

「君は面白いね、見たところ中学生には見えないけど、一応君にも使えるよ」

恥ずかしさで沸騰しそうだった。一瞬だけ取り戻した厨二病の心は失われた。

「さっきも言った通り魔法には色々な種類がある。まず私が使っていたのは魔術、これの起源は西洋魔術となる。他にも式神、祈祷、星読み、呪術、蠱毒とか色々だね。一般的に西洋魔術がこの界隈を仕切ってる訳だけど。」

「じゃあ僕でも火の玉だしたりできるのか?」

「頑張れば出せるんじゃない?まあ君に出せるのは白いミルクが関の山だと思うけど」

そういうとケラケラとまた笑い出す。やっぱり女性には『品』が大事だな…

「真面目に答えると君じゃ魔法は絶対に使えないけどね!」

そしてまた笑い出した。

「ああ、分かったよ。それともう一つ二つくらい聞きたいことがあるんだがいいか?」

「ああ一つはここが何処か、あとさっきの虎について…だろ?」

「なんで僕の聞こうとしたことが分かったんだ!?」

こいつ僕の心が読めるのか?そうだこいつは魔法を使えるんだ何か隙を見せたら何をされるか分かったもんじゃない。

「安心しなよ、別に取って食おうってわけじゃない今の力はこいつの能力さ」

女は一冊のノートを取り出した。しかしただのノートではない真っ白な蚕の糸のような純白の一冊。表面には『Arla』と書かれていた。

「おい、その本もなんだ…ずっと僕について来て気持ち悪いんだ」

「これかい?これは『未来日記』だよ。私たちはこういう異質な物をこう呼んでいる場違いな物体(アーティファクト)ってね」

「名前なんてどうでもいい。そいつはなんだ?」

「おいおい名前なんて…?名前は命そのものだよハカリ君」

「なんで僕の名前を知っているんだ」

疑問が次から次へと湧いてくる。なんなんだこの人…

「そんなことはどうでもいいだろ」

「失礼だな人の名前をどうでもいいなんて」

なんなんだこの人…シスターか?にしてはふしだらだが…僕は彼女の首元に目線を向けたがすぐに逸らした。決して胸部を見たかったわけではない。

「そう言うことだ。名前はその本質を表すんだ。私たちは知らないものに名前をつけることで本質を見抜いて今の時代まで生きてきた。名前がなけりゃ君はその言葉を検索エンジンにかけることも出来ない。ゴーグルもヤホーもバンクでも言葉をそこに代入することで知ることが出来る。」

「ん?結局なにが言いたいんだ?」

「結局…か…結論はいらないよその事実が大事だ。名前は未来日記これだけで大体予測がつくだろう」

「まあ、なんとなくな。」

未来…自分とか他人とかのを未来を予測?して見るノートなのか…でも何か書いてあるってことは表紙はもう少し汚れていてもいいはずだが

「さっき自分で言ったからあれだけど予測…とはちょっと違ってねそれは未来を確定させるんだ。足掻こうとしても変わらない真実さ。いやそれすらも未来の要素なのかもね」

「難しい話はよしてくれ僕はそんなに頭はいい方じゃないんだ。結局あの虎はなんだ?ただの虎だなんて言わないよな?」

女は少しだけ考えて答え始めた。

「虎…そうだね、哺乳綱食肉目ネコ科ヒョウ属に分類される食肉類。同属のライオン、ヒョウなどともに猛獣に数えられる動物だ。ただ一つ違うのはあれはここ利朝(とみあさ)市に巣食う化け物でありカミサマだよ」

化け物?たしかに虎は人間目線で考えたらとんでもない化け物である。しかし、その程度の説明で僕は納得できるわけではない。あの神々しさ。あの空気感、まさしくこの町を支配している。それは間違いのない事実だ。まさにあれは…

そんなことを考えていると女は一本のタバコを取り出し火をつけた。

銘柄の名前は『advance of life』芳醇な香りとバニラの甘さに加え林檎の風味とミントのアクセントが癖になる一本だ。と後に彼女は語っていた。

「ん?どうした欲しいのか?ほいっ」

女はそれを一本僕に投げつけた。

「おい、まだ僕は未成年だぞ」

「まあ硬いことは言うなよ。私がお前くらいの時はよく吸ってたぞ」

おいおいこいつ聖職者(シスター)じゃないのかよ…

「聖職者(シスター)ってのは神の法を破らなければ現実の法を守らなくて良いのか?」

「おいおいそんなんじゃないよ私だって法律は守るよ。郷に入れば郷に従えってね。でもさ君それだけじゃ人生つまらなくないか?いいか?だれかに掴まされた平等や平和、自由の味は君に渡した一本のタバコに負けるんだ。まあいいから持っときなよ、私は潔癖症だからね他人の触ったタバコは吸いたくないし」

「しょうがないな…」

僕は一本のタバコをポケットに入れた。

「話が逸れてしまったね、あいつは土地神だよ。ありたいていに言うならこの町に祀られた神様。今は守り神をやってるみたいだね」

「てことはあんた勝手に土地神を殺したってことか?」

「いやいや流石にそんなことはしないよ。それに彼らは半永久的に復活するように出来てるんだ。その代わり能力が落ちてたり知能を失ってる場合が多いけどね。復活するのは…んー大体2、3秒くらいかな?」

ん?2、3秒で復活するのか?

「さっき何回その虎を殺したんだ?」

「んー、君を運ぶのに結構時間がかかったからねざっと100いや200は行ってたかな」

やっぱりこいつやばいやつだ…宗教は違うだろうが仮には神様である。信仰心はあっても尊敬の念がフェードアウトしてるのか…

「別に特段たいそうなことをしたわけじゃない。彼はかなり弱ってたようだしね。」

弱ってた?むしろ僕を襲った時のやつはかなり活き活きしていたようだったが

「まあ彼『****』の力は大体3分の1、いや4分の1くらいだったのかな?流石に人の子が神に勝つって言うのは出来ないよ。私でも力を出し惜しんで勝つことはできないだろう。」

「まるであんたが人じゃないみたいな言い方だな」

「そうかい?異能を使えるモノを人間と言ってくれるのはとても嬉しいね。ところで君この後はどうするんだ?君が寝ている間に丑三つ時を過ぎてしまったし、戻る間にまたあの虎に出会ったら大変だろう。私からはここで朝まで待つことを提案させていただくこととするよ。」

「そうだな…」

「ところでだが君だけ私に質問をするというのも不平等だ。私からも君に質問をしてもいいかな?質問は一つだけだ。君は今日学校の屋上で女に会ったね?」

彼女の目はいままでにないほどの目の鋭さだった。猛禽類が獲物を狙うような目である。

「女?」

夜神楽のことだろうか?何か彼女に用があるのだろうか…というかなぜ彼女のことをこの魔法使いは気にしているのだろうか。

それはただの気まぐれだった。だがその気まぐれが僕を夜神楽をそしてこの化け物を混沌へと落としたのだった。

「悪いな、僕はぼっちなんだ。1人で昼食を食べていたよ。」

僕は『嘘をついた』命の恩人に対して。

「そうかすまないな。じゃあ質問を変えよう君は夜神楽 すずしという女の子を知ってるかい?」

やはり夜神楽かあいつは…といっても昨日知り合った仲だが気になる。一体この女は夜神楽になんの用があるのだろうか。こんなチンピラシスターに目を付けられるなんて運の無いことである。

「すまない。名前程度しか聞いたことがないよ。他のやつに当たってくれ。」

しばしの沈黙。女は頭に手を当て考えているようだった。そして僕と目を数秒合わせた。あまり見ないでほしい…面はいいのである。ゲロ女に惚れるなんて末代までの恥、いや僕が末代になってしまう。

「彼女…いま27歳なんだよね」

そういうと微笑みを見せ、私より年上とどうでもいい情報を付け加えた。

僕は少し鳥肌が立ち、このあとの問答を冷静に行える自信がなかった。

そうだ目の前にいるのは人ではない。

「ああ会ったよ。なんなら一緒にご飯も食べた。」

「ふーん。そうなんだ。彼女は君の学校 利朝(とみあさ)高校にいるんだね?」

「ああそうだ。でなんであんたが夜神楽に、夜神楽 すずしに何の用があるんだ?あいつはあんたみたいなチンピラシスターと関わる人間ではないだろ。それに…」

彼女の姿は高校生そのものだ。仮に一つ上だとしても…27?

「なに?君あの子のこと好きなの?若いっていいね」

「1日で好きになるわけないだろ」

また嘘をついた。

「まあいいや、君の女性の好みについて話しているほど暇じゃないし。君になら話してもいいかな…」

彼女は一つ呼吸をおいてまた話し始めた。

「あの子『神様』なんだよ」

「…は?」

神?夜神楽が?信仰、犠牲、祈りなどに応じて現世や来世で僕たち、祖先に恩恵を与えてきた上位の存在?夜神楽が?

「なにばかなことを言ってるんだ?神なんているわけ…いるわけ…」


今まではそうだった。今までは…あの虎と出会うまでは…不可思議は急速に現実を得た。僕の中で形作られた。溶けた氷はまた形を得たのだ。

「自分で納得してくれて嬉しいよ。話がスムーズで良い。まあその虎が原因なんだけどね」

「?」

「さっきも言っただろ彼は元気がないんだ。力を失ってるんだよ。」

「神は信仰、犠牲、祈りに応じて現世に恩恵を与える。まさか…」

今までに無いくらい頭が冴えていた。だけど信じたくなかった。まさか夜神楽すずしは…

「そう彼女は即身仏、人柱さ。もっとも彼女は『神様に捧げられる神様』だけどね」


006.パラレルスリップ

彼女は話が終わると立ち上がった。話はこれで終わりだよ。それとくれぐれも邪魔だけはしないように…あと、彼女のお弁当だけは食べちゃだめだよ?君も『イケニエ』になっちゃうからね…と言い残し教会を出た。その目は酷く冷たく奇しくもあの虎と同じように感じてしまった。

「ああ、人から見れば化け物か…」

彼女の言った言葉の意味が少し分かった気がした。しかし、お弁当を食べちゃだめ?どういう意味なのだろうか。

彼女の座っていた椅子にはかの日記が置かれていた。手にとってみる。裏表紙も真っ白である。表紙には名前が…Arla?なんと読むのだろうアーラ?彼女の名前だろうか。表紙を捲ると表紙とは裏腹な小汚い字が書かれている。少し残った空白にはすこし黒ずんだ見覚えのある跡。もう少し表紙が汚くても良いはずだが…何もかもが違和感だった。まさにアーティファクトこの二面性…というか印象の差が場違いな物体と呼ばれる所以なのだろうと悟った。しかし、問題は表紙との差ではない。むしろそんなことはどうでもよくなる。問題はこの文字…これは…僕の字だ…だけど何故?1ページ目にはこう書かれていた。


今日は長かった。久しぶりに家の近くの古い神社に行ったりした。長いと言っても感覚的な長さではない。物理的に長かった多分信じないと思うけどざっと1年分くらいの長さ、最初は死のうかと思った。けど妹達のお陰で助かった。すずしが助かったからいいと思った。

……


僕はそれをそっと閉じた。少し寒気がしている。何かが僕を見つめている気がする。だがしかし、この教会にはおそらくぼく1人だ。ぼくはそれを気のせいと思うことにして寝ることにした。

寝そべると教会は思ったよりも狭いことが分かった。まあいいや…_________


外から雉の声が聞こえてきた。スタンドガラス越しに陽が射しているのが分かった。どうやらあの一件は夢ではなかったようだ。教会の中ではほこりにも陽が当たっており教会の老朽化が目立っている。

「朝か…」

ぼくの独り言が教会の中を反射している。ズボンのポケットからスマホを取り出し画面を見ると6:53と表示されていた。とりあえずスマホを開くとすごい量の不在着信があった。当たり前か…あのあとは親にも妹達にも連絡をしていない。これでぼくも立派な不良少年の仲間入りである。ゲームのログインボーナスでももらってからかけなおそう。アプリを開いた。いつもの聞いた女声優の声…とは少し違ったものだった。画面を連打してみた。

画面には『4.1㎇のダウンロードが必要です』…との文面があった。

ダウンロード?大型アップデートだろうか…?だがおかしい…最近(というか昨日)アップデートがあったばかりだし、あまりにも早すぎる。4.1㎇ってゲームの環境4、5回変わるほどだぞ。あまりのゲーム脳にこの時ばかりは驚いた。

ふと枕元を見てもその日記はなかった。

「とりあえずここから出るか…」

これがこの世界のバグでないのであればぼくは時を超えてしまったようだ。


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木の葉の影は僕を林の中に隠している。ぼくの一挙一動に連動して低木の枝が服に刺さる。一体ここはどこなのだろうか…教会から出て数十分は経っているだろう。僕が土を踏む音は蝉時雨によって掻き消されていた。

「あっつー…。」

スマホは解約されていないようで教会を出る前に見たカレンダーは2019年7月3日(月)と表示されていた。夏相応の暑さである。一体何°くらいなんだろうか…しかし、それを調べる気力もバッテリーも残ってなかったからだ。

目の先の林から光が漏れている。あともう少しだ…

「やっと出れた…」

どこだろここ…目の端には身を覚えのある文字を捉えた。

利朝……囚…万公…

間違いない。あの夜見た字である。高校生になっても読み方が分からないあの公園だ。しかし、なにか妙だった。人がだれもいないのである。遊具には黄色や赤・青のコーステープが巻かれていた。砂場の周りにはカラーコーンが置かれ入れないようにしているのだ。きっと気のせいだ。この不安感も、体中を駆け巡る冷たさもきっと気のせいだろう。ぼくはこの公園から駆け出した。どこに?言うまでもない。家だ。あの家はまだあるのか。不安だった。心配だった。あの家が妹たちが。家族が。思ったよりもはやく家に着いた。

「はあ……はあ…はあ……。」

僕は唾を飲み込んだ。外観はなんてことない普通の家である。玄関のドアノブに手を付ける。

「開かない…」

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ

必死にドアノブを動かした。奥から音が聞こえる。

ドタドタドタドタ…

誰かが居る。母さんだろうか、いや父さん?はたまた引きこもりの妹だろうか。

ガチャ…

鍵が開く音が僕の耳の中に入った。扉がゆっくりと開く。可愛らしいアホ毛がこちらを一瞬覗いた。

「おおおおおおおおらああああああああああああああ!!!!!」

拳が僕の顔面に『直撃』した。あまりの衝撃に尻餅をつき、おまけに鼻血が出てきた。

「いっっっっっっったああああああいああああ!!!」

僕を殴ったのは妹だった。アホ毛が目立つロングの少女。『一尺二寸 索野』 

ぼくを虎の巣食う町に繰り出させた女である。

「ああ。なんだ兄ちゃんか。」

ぼくはすぐに立ち上がった。あぁ。頭がクラクラする…

「てかなに殴ってんだ!!!」

ぼくは思わず声を荒げてしまった。

「なんでじゃねえ!!!!!」

妹はぼくに頭突きを喰らわせた。

「あっだ…」

目の前が暗くなり、意識が薄くなっていった。


006.明野という少女の話

一尺二寸 明野は14才引きこもりの少女のはずだった。はずだった。

索野はそんなことをぼくの部屋で語り始めた。どうやらぼくが数年行方不明だったことよりも明野のことの方がこの家にとってよっぽど重要なことらしい。

「これはこの町の都市伝説だ。前に兄ちゃんに言ったかもしれないけどこの町には虎が潜んでるんだ。」

虎…あの日ぼくを襲った化け物…

「ああ知ってるよ、ぼくもあの夜に虎に会ったんだ。」

虎のことをあたかも昨日の出来事のように言った。昨日のように…しかし、僕があの教会で昏睡…していたわけだが確かに寝て起きたときが今日なら起きるまでは昨日なのである。僕は自分のことに違和感を持っていたのはいうまでもない。

「それなんだがな兄ちゃん、わたしもあの虎にあったことがあるんだ。あと私だけじゃなくて父ちゃんと母ちゃんそしてあきちゃんも…」

彼女は泣きだしてしまった。ぼくのいなかった期間で外に出られなかったのだろうか彼女の日に焼けた健康的な肌は白く儚い色になってしまっていた。あの日であった少女 夜神楽 すずしのように…索野が語らずともその虎がぼくの家族に手を出しているという事実だけは分かる。それだけにあの虎への憎しみは強まっていく。

「サクヤちゃん、無理はしなくていい、ゆっくり話してくれ……。」

ぼくは索野の背中をさすった。

「触んな…」

彼女の背中には成長期につくはずの肉付きはなかった。彼女の目は僕の方を見ているだけでぼくを見ていない。なにか遠くのものを見ている。索野は呼吸を落ち着かせた…。彼女の目はまだ涙が残っており、頬には薄っすらと流れたあとがある。

索野は説明すると色々と面倒だから…といい僕の部屋を後にした。索野は明野の部屋に入っていった。ぼくの部屋は横の部屋が両親の部屋でもう片方の部屋は明野の部屋なのである。ぼくの机には埃を被った家族写真が飾られていた。棚には参考書や好きな漫画があり、あの日よりも巻数が増えていた。そんなことに家族の中での僕の存在を再認識した。そんなことを考えていると索野が部屋に戻ってきた。

索野の首元にはなにか白いものが…白い肌が見えないくらいに…赤い目がこちらを覗く。それは小さな舌を伸ば…伸ば?

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

「これ明野ちゃん、アキちゃんだから。」

「いやどうみたって蛇でしょ!アキちゃんじゃないでしょ!!!」

蛇…蛇…蛇?

「まあ落ち着いてくれよ兄ちゃん。これが真実だぜ。」

一つ疑問に思うことがある。なぜ…なぜ…なぜ…

「なんで蛇なんだ?」

索野は少しの間沈黙した。

「そのことについては今から説明するぜ。コトは2年と半年前。ちょうど兄ちゃんが消えたころ…あの虎の厄災が町に降りそそった。虎は町の人を襲い始めた。兄ちゃんが消える前に虎から襲われたことはなかったんだ。虎はこの町の守り神的なものとして崇められていたんだ。」

守り神?あの虎が?厄災の間違いだろ。あきらかな敵意を持ってやつはぼくを攻撃しようとしていた。爪で。眼で。ぼくを襲っていた。あのリバースシスター『アーラ』が助けてくれなかったら僕もおそらくこんな風に…いや、こんな風になっていたのか…?僕の手は腕を流れた汗を握りしめた。

「なんで?って顔してるな兄ちゃん。別に私も詳しく知ってるわけじゃないんだ。詳しくは…知らない。ここら辺でこうなっちまったのは全部で33人だ。近所に住んでる成幸さん、クラスメイトの璃観(ルミ)…ほかにもいっぱい…原因は今も調査中だぜ。でも一つ間違いのないことがある。それは…」

「あの虎の都市伝説…か」

「そうだぜ…」


僕もあの虎に食べられていたら明野のような白い蛇になっていたのだろうか?真実は定かではない。なにも分からない。ぼくは虎からすればただの家畜なのである。だが家畜は自分の運命を理解していないわけではないのだ。生物に平等に与えられる死という運命。ただ今の状況は一介の家畜にすればとても幸運だ。それはあのシスター『アーラ』がこの話を解決させる鍵を握っているということである。


007.霞仔神社

とりあえず外に出てみた。今は四万囚公園のベンチに座って今後のことを考えている。索野ちゃんは最後まで僕を引き留めていた。ぼくが出ていったら'また'1人になる。もう1人はいやだ。私もみんなと同じところに私も連れて行って…とその目はぼくを見ていなかったどこまでも虚でどこまでも…あの様子からしてぼくの両親はだめになってしまったのかもしれない。きっと僕があの家に行って会ったことも索野からすれば死人が会いにきたくらいにしか思っていないのだろう。

そういえばあの日記に書いてあった神社ってどこのことなんだ?

古い神社に行った…物理的に長い1日…なんのことかさっぱりである。だがしかし、あの日記、未来日記に書かれていたのだから悪いようにはならないのだろう。

だとすれば問題はどこの神社にいくかである。僕はオカルトが好きだったり熱心な宗教家ではない。そうなるとこの公園の近くにあるところだろうか…というかそこしか知らないわけだが…

ぼくはおもむろに立ち上がった。視線の先には長髪のセーラー服を着た女、夜神楽すずしがいた。

「やっと気づいたね」

そんなことを言いその女は微笑んだ。

おそらくこの怪異の原因であろう女は近づいてくる。一歩、また一歩。着実に僕への距離を近づけている。

「ずっと探してたんだよ?羽狩くん。10年前にきみとあの学校で出会ってから」


10年前…?

子供は辛かった思い出を気付かないうちに深層へと誘うらしい。

記憶の深層。真相。心の深いところにあるものにだれが手を出すものだろうか。

10年前。なぜ気付かなかった…

あの高校の花壇で蛇を押しつぶした彼女をどこかで覚えている。彼女は空から降ってきた…鈴蘭の眠り姫となっていた彼女を確かに見たはずなのに…


夜神楽すずしは存在しない?いや違うこいつは神様だ。あのシスターが言っていたじゃないか。幸せはあくまでも主観だ。客観的に見て幸せそうでも本人がポジティブとは限らない。じゃあ僕の前で笑うこの死人は不幸なのか?

答えは否である。

彼女は不幸ではない。では死人は幸せなのだろうか?それも否だ。

では彼女は誰なのだろうか。そう目の前の化け物は夜神楽すずしではないだれかだ。だがしかし、あの日会った彼女は夜神楽すずしなのだろうか?それは今はもう分からない問いである。

「どうしたのはかりくん?」

彼女は笑った。

ただ満面の笑みで。

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目をさますと木造の建物の中にいた。

しかしよくこの頃よくぶっ倒れる。最近疲れているのだろうか?あまり疲れてはいないと思うのだが疲れてないと断言するのは難しいと思える。

天井から目を逸らすとなにやら儀式のようなものをやっているようだった。

手を上に伸ばし、下ろすとなにやら紙のようなものの感触があった。

見るとお札である。起き上がってみて分かったことだがどうやら僕の周りに尋常じゃない量のお札が貼って(置いて?)あることが分かった。

「おーい」おくにいる巫女に声をかけてみた。だが反応はしない。聞こえてないのだろうか。彼女の奥では炎が怪しく揺れる、揺れる、揺れる、揺れる。その炎はどこまでも僕を魅了した。左右に舞い、手を合わせ、祈る。ぼくはまさに神域に居た。どこまでも神々しくもうこれでいいと思わせる魔力を感じさせていた。

「だめです。まだあなたを終わらせません。」

指先は熱く揺らいでいた。神聖なる炎の遊糸によって。

「あっつ!!!」

ぼくは後ろに思い切り尻餅をつく結果となった。

「いったあ…」

巫女さんはじっ…とぼくを見つめていた。お札を数枚破いてしまった気がした。

「私は知っていましたよ。あなたがここにくることもあなたが消えそうになっていることも。」

「消えそうってどういう?」

「少し手をご覧になってみてはどうですか?」

巫女さんの影はずっと揺らめていていた。その影はぼくの手を透過して、お札に影が出来ている。

なんだこれ…

「不思議そうな顔をしていらっしゃいますね、でもこうなるのも仕方のないことです。だってあなたはこの時間に存在するべきヒトじゃないんですから。」

「それってどういう?」

疑問ばかりだ。昨日の夜から僕はずっと人に尋ねて危機を都合良く脱っしようとしている。だがこれが人間の本質なんじゃなかろうか?人に卑しく懇願し、能力のあるものの時間を奪うことしかぼくのような能力のない人間にはできないのだ。

「しょうがないです、君は何も知らないし何も知らなくていいんです。私の名前は高真ヶ原 小國。ここ霞仔神社で巫女をやっています。」

たかまがはらこぐに…どことなく索野会ったシスターに顔が似ているような気がするがおそらくそれは気のせいだろう。

「でその巫女さんがここでぼくに今なにをしていたんだ?どうせあの'虎'のことだろ?」

ぼくは少し挑発したように彼女に問いかけた。何も知らなくていいという彼女の言葉に少し不快感を持ったわけではない。

「あの'虎'…ですか」

彼女は少し含みを持たせた言い方をした。

「あなたは神様を信じますか?」

「信じる?まあ人並みに信じているよ。それに…」

ぼくはそれ以上言葉が出なかった。

「そうですよね。あの虎を見てしまうと信じますよねそういう類のコト」

「?」

「ああいうののことを、私たちはアリスとかテラスって呼ぶんです。」

アリス…

「悪魔とか妖怪はアリス、神様はテラス、そうやって分けられてるらしいです」

「らしいってどういうことだ?私『たち』っていうくらいなんだから、そういう組織が存在してるんだろ?」

「それはですね…」

彼女は少し閉じた。

「あなたが私になんて言われたのかは知りませんがあなたはそれを追求するべきじゃありませんし関わるべきじゃないんです。化け物は常にそこに居るのですから」

少し飲み込めないところがあったが我慢することにした。おそらく今のぼくでは判断のしようがないと思ったからだ。

「あの虎の神様。うちの神社の神様だったんです…でも変わっちゃったんですアリスに」

彼女は少し目が赤くなっていた。

「ちょっと待ってくれ、そのアリスっていうのに変容してしまうものなのか?元々あの虎はテラスもとい神様と思っていたんだが…」

「変わりますよ、そもそも変わらないものなんてありませんよはかりさん。万古不易と言いますが永遠なんてものはありません。変わりゆくいくものこそ世界であるのです。ですが…神は別です。」

「なんで神様は別なんだ?たしかに超越した力を持つように見えたが…」

見えたそう見えたのだ。あの虎と会ったときもたしかに何かを超越したような力を。

「はかりさんは今何歳なのでしょうか?体感でいいですよ。」

「16歳だ。」

「私は23歳です。」

それがこの話とどう関わるんだ?

「なにがなんだか分からないって感じですね」

彼女は微笑んだ。

「はかりくんはまだ分からないかも知れませんけどオトナになると変わらないものというものが心を安心させるものです。変わらない景色変わらない家、変わらない本などなど多岐に渡ります。ですが実際は違います。その景色は少しずつこの世界に依存し変わりますし、家も私たち住む人間が成長することで様々な特性を得ます。」

そんなものなのだろうか。ぼくたちは常に変わり続けるのだろうか?僕たちが昔読んだ漫画の面白さも初めて歯が抜けたときの痛みも妹たちが産まれた時の感動も全て変わっていくものなのだろうか。

彼女を見ると少し俯いていた。悲しそうに、まるで別れを告げられた神様の花嫁のように。表情からは悲しさだけが溢れ、やがてこの神社を充した。

この人もきっと。

「らしくないこと言っちゃいましたね。私たち今日出会ったばかりなのに、この出会いも神様がしてくれたのかもしれませんね。****様は縁結びの神様でもあるのです。」

彼女は再び笑顔をぼくに向けた。

「あともうキャラ作らなくていいかな?」

「え?」

いやめんどくさいしと彼女はそう付け加えるのだった。

「できみが消えそうなのは単純にこの世界のニンゲンじゃないからだと思うよ。」

この世界の人間じゃない?

「それってどういうことだ?ぼくは2年間昏睡してたんじゃ…」

いやおかしい。2年間も昏睡?そんなこと現実であるわけない。じゃあぼくは2年間何をしていたんだ?

「そうだよおかしいよね、仮に2年間も昏睡してたなら君が生きてるわけないもんね。まあいわゆる『神隠し』ってやつかな?」

「神隠し…」

「そう神隠し。昔は天狗攫いって呼ばれてたこともあったりしたらしいけど。それになぞらえるなら蛇攫いってとこかな?」

「蛇?虎じゃなくてか?」

「そう蛇。蛇は神様の遣いとかいうでしょ?」

神様の遣い…

「君もここらへんの人が『蛇』になってるの知ってるよね?」

「ああ一応…というか妹が…」

アキちゃん…

「一尺二寸 明野(かまたり あきの)ちゃんね、知ってる。ドーンインポスターズってよく言われたものだよ!」

「なんだその恥ずかしい名前は…」

まるで中学生みたいだな…

「まあ私、20いってないし許してよ」

彼女はまだ高校1年生だし、だましてごめんと付け加えた。

「さっきは偉そうなこといってごめんね。私はかりくんより年下なんだ」

「別に年齢にこだわったりしないから大丈夫だ。それより…」

ぼくは自分の左手をもう一度覗いた。奥には木の板が見えている。

「神隠しが原因なら多分あの蛇神をなんとかすれば君は元に戻るよ」

元に…

「ちょっと待ってくれ、元に戻るってぼくはどうなるんだ?」

ぼくは2年間攫われていたのだ。俗世とも切り離されたどこかの世界で。そんなぼくがこの先妹達と3人で生きていけるのだろうか、それこそ夢物語というものだ。

「とりあえず、これ」

彼女は2つの縄を僕に渡した。面にはよく分からない記号のようなものが描かれている。

「それあげるよ。君が助かる方法だね。一つは予備」

ずいぶんと余裕のある表情である。この縄をどうしろというのだろう。

「それを蛇神に巻くの簡単でしょ?」

「簡単って…」

「なんでかは知らないけど彼女、君に好意を持ってるんだよ。神様に気に入られるってはかりくんは意外とすごいんだよ」

「意外とは余計だ。それにあんな物騒な神様なんてぼくから願い下げだ」

ぼくはまた嘘をついた。恩人に似た彼女に。

「しー!あんまりそういうこと言わないの!相手は『神様』なんだよ!そういう言動には気をつけないと!」

そこにいたのは表情豊かな彼女だった。あのシスターも世界が違ったらあんな隠すような顔以外も出来たのかもしれない。だがそれを世界は許さなかったのだろう。

でもぼくは力を持っている人間じゃない。例えエロが世界を支配していてもぼくがなれるのは精々あきちゃんの補佐官くらいだ。それも完全な縁故採用だし、ぼくに力があるから出来ているわけじゃない。

「…て…き…て…?聞いてる!?」

「すまん小國。ちょっと考え事してた」

「もうそんなんだから!はかりさんはダメなんだよ!」

そんなんだからお兄ちゃんはダメなんだよ!

そこには僕の妹と似ても似つかない巫女服の彼女だけがいた。

「とりあえずこれは巻くだけでいいの!本当はもう一つ必要なんだけどそれは私が…というかおじいちゃんが神木に巻いてくれてるから!」

「それってどういう仕組みなんだ?」

専門外でも知りたくなるのがぼくの悪いところである。まあ知っているのと知らないのでは理解ややる気が違うものだし、今はいいとしよう。

「理論?多分はかりさんが考えてるような難しいことじゃないよ。ただ…」

「ただ?」

ぼくは固唾を飲み込んだ。

「ただ虎と蛇神との魔力回路を繋ぐだけだよ」

「魔力回路を繋ぐ?」

「そう繋いじゃうの、ガチャコーンって。これで終わり。でもこれをしたら…」

少し暗い表情を見せた。仕様のないことだ。なんといってもこの方法は。

夜神楽 すずしを消し去るというものなのだから。

008.信仰心は虎を殺すのか

というわけでバイバーイそう言い残しぼくは彼女と本殿の中で別れた。

小國に聞くと神社はやはり近所にあるようで、外観はなぜか新しいものになっていた。本殿は変わっていないのだが灯籠は滑らかになり苔などはなく手水舎からは水が流れている。そして増築されていた。最近の傾向からして神社の整備などはあまり行き届いていないところが大半だろう。その微妙に熱を持ったぼくの知識がさらなる不信感を持たせた。不審というか不穏というか、裏で怪しい商売でもしているのだろうか。

だがどうしたものだろうか。この家に戻るわけにもいかないし…またサクちゃんのあの顔を見るのも辛いな。手はまた少し薄くなっていた。

「どうしたもんかな…」

小さく呟いた。そのとき山の中が少し騒めき出していた。

風に巻かれ出現…いやぼくに視えるように出てきたその女は…

「ご機嫌よう、はかりくん」

神様である。髪は乱れ、その存在感はずっしりと重く。藍色の髪はより美しく、靡いている。

「そんなに苦しい顔しないでよ羽狩くん」

前より口調が少し乱暴な気がした。

「そんな顔をしてると私の宿主も悲しい顔をするんだぜ」

「なんだって?」

夜神楽すずしではないようだ。

「ますます間抜けだな羽狩。宿主もなんでお前を好んでいたのか分からなくなるよ」

夜神楽がぼくのことを好んでいた?どういうことだ?

ぼくど夜神楽が出会ったのはたったの2日だ。いや2日なのか?

「いいや違う。私と君は昔会っている。遠い昔に。」

「なんだって?」

ぼくの記憶は徐々に絆されていった。氷は解けた。

目の前に立つ少女は昔と何一つ変わらない。首は曲がり、指はもげ、腹の辺りに血の池が出来ている。そして、そんな彼女に踏み付けにされた一匹の蛇。それがこいつだ。思い出した瞬間にとてつもない吐き気を催した。あの時の蛇はまだ彼女に絡みついたままなのだ。

「やっと気ヅイたって感じカ」

目の前の少女の手、指、更に髪はは無数の触手に侵され、揺れ、目は抉れ黒く塗りつぶされていた。まさしく妖怪や悪魔そのものだった。

「お前が…お前ごときがなんで夜神楽を…苦しめられる道理があるんだ!!!!!」

怒り。醜い怒りだ。

「なんデ?なんでダロうナ?そこに居タからダナ」

変わり果てた彼女の顔でにちゃりとそれは笑みをこぼした。

「この外道があああああああああああああ!!!!!!!」

ぼくはこの縄を握りしめ走り出した。その化け物、アリスに。小國の言ったことが正しいなら僕があの化け物にこの縄を巻けば消滅するのだろう。ぼくには戸惑いがなかった。やつと僕との距離は10mもない。先に動き出した僕のほうが若干有利であることは違いない。

「遅イヨ?」

その化け物は僕の背後に一瞬にして移動した。そしてその触手の一本に触れると僕は神殿へと吹き飛ばされた。

「ああああああああああ!!!!」

あまりの痛さに悶えた。木の板が僕の腹に少し突き刺さっているようだった。

「羽狩さん!」

裏から神殿にいた小國が走ってきた。

「こっ…に来…な」

「そんなわけにはいきません!私も戦います!」

無理だ。あんなのに勝てるわけがない。あのシスターでなければ無理だ。

いやあのシスターでももしかしたら…

「兄姉(けいし)、儚きも果てるひかりよ。理を保ち、その力この世に顕現せよ。

光火閃!」

その光はその化け物を一直線に指し、爆散した。

「羽狩さん!ここは危険です。早く中へ!」

「ああ…すまん…」

だがそいつはそうさせなかった。

「危ナイね、危ない、危険、アブナイ危ない危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイ危ないアブナイいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!」

そいつの触手は小國の胸を突き刺した。

小國は口から赤いものを吐き、嗚咽した。

「こ…ぐに…」

「大丈夫です。そろ…ろ…効き始めるころ…です…ら」

その瞬間それは分散した。そのどす黒い破滅は静かに崩れた。

黒い泥に溶け、崩れていく。いい気味だ。

「ぐあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

やった…のか、?

「まだ!羽狩さん!早く縄を!お願いします!!!」

手には縄が1つ。やることは決まっている。何をやればいいのは身体が理解していた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

僕は走り出した。それは強く握りしめられていた。これが僕の妹達を救うのだ。僕の妹達をここまで追いやったこいつを、この化け物を今、殺すんだ。

握りしめた拳は汚泥の中に手を突っ込んだ。何をするかは分かっていた。僕は探した。一匹の蛇を…間違いない。そいつが全ての元凶だ。

こいつだ。一匹の白蛇。大蛇。

僕は腕程の太さのそいつに縄を巻きつけた。

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「おねえちゃん!はいこれ」

一輪の菜の花。目の前には涙を溢す1人の少女がうずくまっていた。

「ありがとう。はかりくん。」

「またいじめられてたの?」

「うん」

少女は泣いていた。少女は理解されなかった。誰よりも優秀で誰よりも美麗で、誰よりも優しかった彼女は、誰よりも弱かったのだ。

「ぼく、大きくなったらお姉ちゃんとけっこんするんだ!だからお姉ちゃんが泣かないで」

「分かったよはかりくん、はかりくんは優しいね」

「あたりまえじゃん!ぼくはお姉ちゃんのお婿さんなんだから!」

「うん、ありがとう…ありがとう…」

「泣かないでよ、お姉ちゃん!すずし姉ちゃんは泣き虫なんだから!」

「約束ね、お姉ちゃんは僕の前で泣かないこと!」

「うん…分かった!」

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「うおおおおおおおおおおお!!!!…いたいいいいいいいい!いたいいいい………はかりくんはかりくんはかりくんはかりくん…いたいよいたいよいたいよいたいよ…」

泥は溶け、少しずつ光になって消失してゆく。黒で塗り潰された眼からは他の箇所より多くの泥が出ていた。

「小國…すずしはどうなるんだ…?」

「さっき言ったでしょ…あの子は消え去るの…この世から…神様の救いもなく。魔力回路を持たない人はみんな地獄に送られる。そして苦しみを感じなくなるまで審判を受け続け、魂が浄化するまで罪に見合ったものを受け続ける。」

「そうか…そうか…」

不思議と涙は出なかった。夜神楽のことよりも妹達が心配だった。でもそれよりも…

「この腹の傷どうしたもんかな…」

血は今も流れ続けていた。当たり前だ。戦いが終わったと言っても、今までが全て清算されるわけじゃない。罪は消えるわけではないのだ。

「はかりさんは気にしなくていいよ。彼女はどうしようもない罪を持ってしまったからこうするしかなかったんだ。」

小國は遠くを見つめていた。目はただ虚だった。なぜそんな顔が出来るのだろうか?人が死んだんだ。たった今、目の前で、僕は人を殺した。


僕の春はどこまでも真っ青な静脈を流れる血の様な季節だった。


8.鳥と蛇と2羽の鳥

木の階段を一歩一歩踏みつけ、上を目指した。

陽は僕を貫き、殺そうとする。

目を覚ました時、教会にいたままだったからまたあの地獄に囚われるのではないかと心配だったがまだ大丈夫らしい。カレンダーは2016年7月3日となっている。

カツン、カツン…

戻ってきて、まずはシスターを探した。だが案外早く見つかった。

近くの神社。彼の化け物となった夜神楽 すずしを殺した、あの神社である。

本殿は未来のものとは違い、苔が蝕み、神社の鳥居に上がるまでの階段は向かって左側にしかなかった。だが問題はそこではない。

そう問題はそこではないのだ。あの巫女がいないのだ。小國はこの世界に存在していないらしかった。

シスター曰く、知らないの一点張りだった。

実際知らないのだろう。なんせ彼女の顔には余裕がなかった。虎と出会った夜、あの残酷な余裕がなかった。今となれば何を焦っていたのかは分からないのだがそれほど不味かったのだろう。なんて言ったって、ぼくが未来に行っていたことよりも小國のことの方に気を取られていた。

身長、体重、年齢、そして…小國から渡されたものを何も持ってきていないか…

僕はポケットに突っ込むとお札があった。1枚のお札。だが僕は嘘をついた。

また、彼女に対して嘘をついたのだ。

ぼくは扉を開けた。そこには瑠璃色の髪を振るわせた、セーラー服の女子高校生、夜神楽 すずしがいた。

「あれ?はかりくん、またきてくれたんだ。嬉しいな」

彼女の目からは黒色の液体が流れている。

「ああ、そうだよ。」

「お昼食べにきたの?」

彼女の髪は触手に変貌していく。

「違う、今日はお前に会いにきたんだ。」

「ふーん、そうなんだ。まあとりあえずご飯でも食べようよ」

「ああ、そうだな…」

夜神楽 すすしのご飯を食べてはいけない。死者の食べ物を食べてはいけない。食べたら自分も死者となり、その幽霊とほぼ同質の存在になる…らしい。

ぼくは少し気になったことがあった。彼女と最初に会ったとき、ぼくには魔法が使えないと言っていた。なら一つ矛盾が存在する。ぼくは使う魔法が弱いのではなく、使えないのだ。仮に魔法という概念が太古からあるとして、なぜそれが確立されていたのだろうか?答えは一つだ。

僕は魔法が使えない特異体質。つまり、小國の言ったことが本当なら…

僕は元より、魔力回路を持たない地獄に堕ちる側の人間ということだ。

「はい、あーん」

「いままで…ありがと…な。すずし…」

ぼくはその時、人間を辞めた。

僕はポケットから縄を取り出し、一本糸を解き、縄を自分の腕に巻いた。

「あはははははははは」

彼女は笑い出す。そんなことをしても意味はないという。このギャンブルに僕は勝った気がしていた。この世は常に1/2だ。成功か失敗か、ただ思うのは一つだけ…

「すずし、ぼくはこう思うんだ。好きなやつのために地獄に堕ちれるとして、その願いが叶ったら、僕はどれだけ幸せだろうってさ」

ぼくの身体には激痛が走る。ぼくは解いた糸指に巻き、すずしの指に巻いた。一本の白い系。純潔と死。死のウェディングを再現した。それは初めて酒を飲んだときのような喉の熱さが全身に広がっていく、焼けるような痛み…これがすずしが…ぼくが救えなかったすずしの痛みなのだ。

「はかりくん!」

すずしの髪は元に戻っている。彼女はもう分かっているようだった。

「羽狩くんごめん、私、きみを...」

「いいんだよすずしお姉ちゃん」

その目はただ深く、ぼくを魅せる。深く、深く、僕を吸い込む。彼女がこうならなければ、彼女がいじめられなければ、彼女が僕と生きていてくれたらどれだけ幸せだろうか。僕は唇を少し噛んだ。それはまたすずしも同じようである。罪もない穢れもないそんな彼女はただ美しかった

「はかりくん、わがまま言っていい?」

「いいよ」

ただ呟いた。

「私も一緒にいていい?」

「当たり前だよ。すずしお姉ちゃん。」

もうここには神様のすずしはいない、ここにいるのはただの女の子...いや違う。ここにいるのは僕の初恋。夜神楽 すずしその人だった。

僕は初めてその時、涙を流し、この物語に身を委ね目を閉じた。

 














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