第16話 蹴り!
~翌日~
営業第一課
「おはよう!」
今日も元気よく朝の挨拶とともに自席に着いた。
別にどうと言うことも無いのだが、課員が安心したような表情をしている。
さてさて、朝一番のルーティン業務を始めるか。
まずは、昨日の超過勤務申請のチェックからだ。
一美ちゃんになってからは定時で帰っているので、誰がどれくらい残業していたか知らないからね。
ふむふむ、いつもの1/4に減っているな。良い傾向だ。
「ふふふっ」
と思わず笑みがこぼれた。
すると、課内に“ほわわ~ん”とした空気が流れた。
ふむ、悪くない。
「よし、今日も一日頑張りますか」
と独り言とも取れるように声をかける。
すると、今度は皆がこっちを向いて、一同にこくりと頷いた。
かつて無い連帯感が生まれている。
ふむ、悪くない。
~~~~~~~~
仕事に集中して気付くのが遅れたが、今日は不思議と人の出入りが多い。
フロアのガラス扉を開けてパタパタと廊下を横切っていく。
・・・、ほぼ男子。
「なぁ、狭間係長、今日って何かイベントでもあるの? 他課(他の階)の人の出入りが多くない?」
「ああ~、それはそうでしょうね。か、…いや、こんなものじゃないですか?」
狭間係長は、少し誤魔化すように答えた。
「そう? じゃ~良いか」
首を傾げて答えたら、狭間係長に目を逸らされてしまった。
何を照れているのだろうか?
おっと、また他課の人がやって来た。
当課や営業第二課を通り過ぎて総務課に行くようだが、チラチラとこちらを見ていた。
しばらくすると、我が社でも有名なプレイボーイ(死語?)である立花主任までやって来た。
こいつは、ストレートに俺を見てはニヤついている。
分かりやすい奴だ。つまり、・・・そう言うことだな。
しかし、俺としては磯谷くんの将来像に見えて、困った男だと思っている。
あの野郎、総務課で奈々ちゃんに声をかけ、チラチラとこちらを覗っている。
俺を出汁にして奈々ちゃんにちょっかいをかけているのか?
それとも逆か?
まぁ、後で奈々ちゃんに聞いてみよう…。
~~~~~
また来たよ。今度は若者だ。
磯谷くんを捕まえて話している。確か二人は同期だったかな。
おっ、なんだ? 磯谷くん達が連れだってこっちにくるぞ。
「あの~、一美ちゃん。ちょっとだけ話しも良い?」
と、言いにくそうな磯谷くんの後ろからひょこっとその子が会釈をした。
「ああ、上杉くんだろ?」
「ええ~、僕のこと知っているの?」
「もちろんだよ! 今はシステム開発課だったかな?」
と笑ってみせる。
ふふ~ん。人事は基本だからね。
「そうそう、4階に居るからね!」
と言う上杉くんは嬉しそうに笑っている。
心なしか顔が紅潮しているし・・・・!
まさか、営業第一課を希望している・・・訳ではなさそうだな。
特に用事があった訳でもなく、紹介って感じだった。
その上杉くんを見送りつつ、まじまじと磯谷くん見る。
「後で、上杉くんに、俺は“売り切れ”って言っといてあげて」
「え!」
と驚く磯谷くん・・・。今頃?
「うわ~、一美ちゃん、残酷~!」
と女性陣の声
何が残酷なんだ?
あれ? 磯谷くんが目に見えて落ち込んでいる。
そこへ、唐突に会話に入って来る田中係長
「一美ちゃんは、既婚だから!(俺の嫁)ぐふふっ ふがふが」
「ああ~、その設定ってまだ続いていたのですね!」
と意気揚々と自席へ戻る磯谷くん。
「いや、本当に既婚だから・・・」って聞いてないな、あいつ。
色々と誤解があるのかも。
女性陣は、残念な顔で田中と磯谷を見ている。
人って、見たいものしか見ないし、信じたいものしか信じないよね。
△△
総務課の奈々ちゃんが小走りでやって来た。
「一美ちゃん、ちょっと良い?」
と手招きするので、フロアの外、エレベーター前のホールまで出て行く。
「珍しいね。どうしたの?」
「気付いていると思うけど、・・・一美ちゃんの問合せが多いの。中途採用か?とか、臨時採用か?とかね。そろそろ誤魔化すのも限界かなって」
そうか、奈々ちゃんが誤魔化してくれていたのだな。
それは悪かった。
まぁ、俺もそろそろ限界かなとは思っていたけれどね。
「それでね。ちょっとあの人と話しして欲しいの。ごめんね」
“ごめんね”って何が?
奈々ちゃんに謝られることって…、そろそろと振り返って”あの人”の方を見た。
う!・・・・立花主任。
なんで此奴が?
「は~い!一美! 奈々はもう行って良いよ!(と言うか行け)」
妙に馴れ馴れしい立花主任がキリリと立っていた。
申し訳なさそうに頭を下げて去って行く奈々ちゃん。
おいおい、それは無いだろう。
まんまと誘き出されたって訳だ。
しかし、女(俺)を誘き出すために、彼女(奈々ちゃん)?を出汁に使うかな。
とんでもない奴だ。
本当に付き合っているなら別れた方が良いと思うぞ!
「で? 何の用です?」
と訝しげにしていると、ジリジリと迫ってくる。
壁に追い込まれる訳にはいかないので、一歩も引かずに睨み続けた。
すると、不意に手が伸びて俺の顎を引き上げた。
これが、“顎クイ”ってやつか!
「良いね~、意外と気が強いんだね~」
こいつ、何様のつもりだ!
こんな奴が我が社の社員とは!
菅原部長ですらもう少し節度があったぞ…、いや無かったな。
顎クイされながらも、俺は主任を睨み続ける。
「このまま頂いちゃおうかな~」
此奴、空気を読めないタイプか?
・・・距離を取って一発くらわせてやるか?
と思っていたところ、女性の綺麗な足が視界に入る。
スローモーションの様に放物線を描き、主任の顔面を捉えた。
“バキッ!!☆/(x_x)”
崩れ落ちる立花主任。
そして、蹴りのモーションから流れるように決めポーズを取る塔子ちゃん。
蹴り倒された主任は頬を押さえオカマのように横たわっている。
「藤宮さん! 何するんだよ!」
「一美ちゃんに触らないで!!!」
怒気を孕んで威圧する塔子ちゃん。
さらに怯んで“ヨヨヨっ”とカマっぽい主任。
「塔子ちゃん。…ありがとう!」
俺は、両手で塔子ちゃんの手を握りお礼を言った。
ほ、惚れてしまうかも。
嬉しくって目がうるうるしているのが分かる。
すると、塔子ちゃんは俺の腰に手を回し、ガッチリと引き寄せ顎クイをした。
「 ? 」
あれ?あれ?あれ?あれ?
みるみる塔子ちゃんの顔が近づいてくる。
ちょちょちょちょ、ちょっと!
まずいまずい。これじゃ~、さっきとほぼ同じだ。
が、塔子ちゃんにガッチリ掴まれ逃げられない。
“チュッ”と塔子ちゃんの唇が俺の唇にふれた。
「無防備過ぎるよ一美ちゃんは! でももう大丈夫!」
と、ここ一番の笑顔の塔子ちゃん。
「あわわわわわわ、こここ、これは、事故? いや、故意? 何?」
勤務時間中に職場でキスなんてありえないよ!
も、目撃者に口止めをしなければ…やばい。
チラッと立花主任を見ると「尊み~」とか「百合の間に挟まれたい~」と訳の分からない言葉を発している。
あ! こいつは沼に嵌まったから大丈夫だな。
「二度と一美ちゃんに近づかないで!!」
塔子ちゃんが、追加の蹴りを入れると「ああ~ん」と身もだえしている立花主任。
俺達は、可哀想な者を見る目で主任を見つつ、その場を立ち去った。
うう~、この姿でのファーストキスが、部下で、しかも女子とは…。
塔子ちゃんは、なぜか誇らしげに俺の手を引いてズンズン進んでいく。
そして、振り返ってお日様の様な笑顔を見せた。
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