未確認飛行物体5

 向かい合う勇者一行と魔王マードファス。それは魔王戦の最初を思い出させた。


「どうやら自分からやられにきたみてーだな」

「止めておけ」


 ゴウの言葉に対しマードファスは嘲笑うように答えた。


「フッ。命乞いか?」

「命乞い? やはり人間とは愚かだ」

「それはこの状況で余裕ぶっこいてられるお前の方だろうが」

「訂正してやるなら吾輩は一人ではないが、例え一人だったとしても今の貴様らを葬り去ることなど容易い」


 その一瞬の沈黙は今にも爆発してしまいそうな爆弾を抱えるようだったが、マードファスだけが依然と一人だけ余裕の笑みを浮かべていた。


「――だが吾輩も予期せぬ輩の所為でかなり消耗してしまった。それ故、その剣を納めるというのならばここは見逃してやる」


 しかしそんなマードファスとは相反し、三白眼で睨みつけながら指の骨を鳴らし首を左右に傾けるゴウはやる気満々と言った様子。


「なら今度こそ魔王討伐といこうじゃねーか」

「既にボロボロで動きの鈍い者、聖剣の力を存分に発揮できぬ者、魔力が底をついた者」


 マードファスは最初に左側の宗弥とゴウを指差し、その後にマルク、最後にアリアとフローリーを順に指差した。


「いくら人数で上回っていようと今の貴様らでは吾輩を殺すことなど叶わん。戦う事すらままならんはずだ」

「そんなのやってみないと分からねーだろ」

「何を言っても無駄なようだな」


 はぁ、と相手に聞こえるようにマードファスは溜息を零して見せた。


「だが貴様はどうだ? 吾輩をあそこまで追い詰めた貴様ならばこの状況を驕りなく把握することが出来るはずだ。勇者マルク・ミルケイ」


 しかし彼の言っていることは、少なくとも勇者一行の状況に関して言えば間違えではない。それはマルクも十二分に理解していた事実。それに現状マードファスが深手を負ってるとは言え、どの程度戦えるのかが分からない以上はリスクが高いことも分かっていた。

 それらを踏まえながら決断を下すマルク――彼は聖剣を背中の鞘にそっと納めた。

 その決断にマードファスは静かに笑みを浮かべる。


「貴様とは近いうちまた会うことになる。勇者マルク・ミルケイ。人間にしとくのは勿体ない男だ」


 そう言葉を残したマードファスは踵を返し森の中へと消えて行った。

 するとマードファスの姿が森へ消えた瞬間、ゴウがマルクの胸倉に掴み掛る。


「おい! どういうつもりだ!?」


 怒りに顔を歪ませながら鋭い眼光でマルクを睨み付けるゴウ。


「でもマードファスの言ってたことは当たってるし、もしあのまま戦ってたら最低でも僕らの誰かがやられてたかもしれない」


 すると、ゴウは拳を握り問答無用でマルクを殴り飛ばした。頬を殴られ地面へ倒されたマルクにゴウは馬乗りなると再び胸倉を掴む。

 そしてもう一度拳を振り上げた。


「おい止め……」


 ゴウの腕を後ろから掴んで止めた宗弥だったが、マルクの伸びた手が彼の言葉を遮った。


「いいよ。僕らは魔王を倒す為にここまで来たのにその魔王を見逃したんだ。それで気が済むなら何発でも殴ってくれて構わない」


 その言葉で宗弥は渋々といった様子でゴウの腕を離した。

 自由になると軋む音が聞こえそうな程にゴウは拳を握らせた。そして次の瞬間――力任せに振り下ろされた拳。

 一方マルクは痛みに備え目を瞑り、歯を食い縛る。

 だが拳は彼の頬を通り過ぎ地面へと叩きつけられた。


「そんなの覚悟の上でオレらはここまで来たんだろ!」

「それは分かってるけど、マードファスも相当な深手を負ってるはずだからすぐには行動出来ないはず。それに今は状況があまりにも変わり過ぎちゃったから出来るのなら一度体勢を立て直すべきだと思ったんだ」


 感情的なゴウに対し冷静に説明するマルク。

 だが激しい感情の所為か、彼は全く納得している様子はない。


「あそこまで追い詰められたからこそここで仕留めとくべきだったんじゃねーのか?」

「それも分かってるけど、今ここで激しい戦いをすればアレが気が付いて飛んでくるかもしれない。そしたら僕らはみんなお終いだよ」


 そのアレが謎の円盤型飛行物体を表していることはもはや共通認識だった。


「落ち着けゴウ。マルクの言う通りあのままやり合って、こっちが全滅してた可能性も否定できん」

「そうよ。アタシももう魔力は尽きてるし、フローリーのおかげで動けてるけど戦うなんて無理よ」


 他の二人の加勢に少しの間、ゴウはマルクの胸倉を掴んだまま黙り込んだ。

 すると舌打ちをし、投げ捨てるようにマルクから手を離した彼はそのまま森へと向かって歩き出した。


「セルガラ王国で待ってるから」


 止めたところで無駄だと思ったマルクは立ち上がる前にゴウの背中へ、確実に聞こえるように大き目の声でそう伝えた。

 だが当然ながらその声に振り返ることも、反応することもなくゴウは森の中へと消えて行った。

 とりあえず事が収まると、まだ地面に倒れるマルクへ宗弥が手を差し出す。


「ありがとう」


 お礼を言いながら立ち上がったマルクは心配そうにもう一度森を見遣る。

 そんなマルクの隣にフローリーが並んだ。


「ゴウさん大丈夫ですかね?」

「大丈夫だとは思うけど少し心配だね」

「魔王の事になると頭に血が上り過ぎなのよ。少しは一人にして冷やさせた方がいいわ」

「でもそれは仕方ないよ。この中でゴウが一番マードファスのことを憎んでるだだろうし」

「これからセルガラ王国に戻るのか?」


 全員が森を見つめる中、宗弥が先程の言葉を確認するように尋ねた。


「僕らも休憩が必要だしとりあえずね」

「なら早くした方がいい。ここが安全とも限らんしな」

「そうだね。じゃあ行こうか」


 そして四人はセルガラ王国へと向け歩き出した。

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