第19話 女の子の上目遣いって狡いよね。
「一之宮……日が暮れたぞどうする?」
「……どうしましょうか」
写真撮影、というかジョ○ョ立ち遊びを終えると日が暮れた。
仮にも高校生2人がこんな事で日暮れまで遊んでいていいのだろうか……しかも知らない土地で。
「流石にそろそろ帰らないとやばいな。電車だってあるかどうかわからないし」
色々と乗り継いでいて、最後の電車なんてかなりローカルな電車だったと記憶している。
田舎や地方の電車は何時間に1本とかもざらにあると聞くし、知らない土地で帰りの電車に乗り遅れるというのはかなり危険だろう。
「とりあえず駅に向かおう」
「そうですね」
今日の旅はとくになにもしていない。
遠出して、お好み焼きを食べて、写真を撮って、それだけ。
けど楽しかった。
デートってわけじゃない。
だから一之宮も俺にエスコートだとか、そういうのは期待してない。
それはもうわかってる。
「流石にまだ寒いな。日が暮れて冷え込んできた」
「そうですね。寒いです」
誰もいないホームにふたり。
電車が来るのは約30分後。
しかもそれを逃すと後はない。
「おしくらまんじゅうとかします?」
「いややらないだろ。男女でやるもんじゃない。そして一之宮が「おしくらまんじゅう」を知っていた事に地味に驚いた」
「失礼ですね。私だって日本人です。大和撫子です。そのくらい知ってますよっ」
「……海外だとおしくらまんじゅうって概念は存在するのかな? ふとした疑問だが」
他愛もない話と、些細な疑問。
かしこまった話なんてないし、何かを強く意識するような話もない。
「たしか、「おしくらまんじゅう」を表現できる英語はなかったと記憶してます。ローマ字で書くしかないですね」
「流石お嬢様。博識でらっしゃる」
「もっと褒めてくれてもいいんですよっ」
「木漏れ日って日本語もたしか英語には無かったってのは知ってるけど」
「……なんか負けた気がします……」
ホームの外を眺めながらそんなくだらない話をして時間と寒さを誤魔化している。
隣にいる一之宮の肩がこころなしか近くに感じる。
「恋の予感、は、英語でどのくらいの文字で表現できるかご存知ですか?」
「またオトメチックなワードのチョイスだな。……英語はそんなに得意じゃないからな、わからん」
英文を読む習慣なんてないしな。
さっきの木漏れ日だって、どっかで聞いた話をそのまま言っただけに過ぎない。
「英訳すると、76文字必要と言われています。しかもそれでも完全な翻訳はできないらしいのです」
「ツイ○ターなら文字制限の半分じゃん」
「英語圏の制限はどうかは知りませんけども」
「日本語の語彙ってすごいよな」
恋の予感、なんて言葉を俺は使う事は生涯ないんだろうな。
予感というか、一之宮に対しての感情で言えばもう既に好きだ。
「山田さん、今日はこの街に泊まりませんか?」
「ん? 急にどうした?」
もうすぐ電車は来る。
だからこの街に泊まる必要なんてない。
そもそも俺らは高校生、つまり未成年だ。
俺はともかく、一之宮にそんな事はさせられない。
「たまには……こういうのもいいかな、と思いまして」
「いやいや、流石にまずいだろ。保護者もいないし」
そうこうしているうちに、電車が見えた。
どうして今そんなことを言い出したのか、俺にはわからない。
「電車来たぞ」
「……そうですね」
なんとなく、焦った。
一之宮がどこか変だったから。
「帰ろう、一之宮」
立ち上がって電車が来る方を見た。
だが一之宮は立ち上がった俺の手を掴んだ。
そして座ったまま下を向いていた。
「……一之宮?」
「……帰りたく、ないんです」
「けど電車が」
電車は到着して、わずかながら人が降りていく。
もうすぐ電車は行ってしまう。
これを逃せば、今日はもうおそらく帰れない。
「一之宮、帰るぞ」
「私……」
「一之宮、急がないと」
だが、一之宮を説得する間もなく電車は発車した。
いつもはわりと聞き分けのいい一之宮の、初めての自分勝手なわがままだった。
「……どうするか……九重さんに来てもらうか。一之宮のGPSで位置情報だってわかるわけだし、車を飛ばして来てもらう方が」
「九重は、私の居場所を知りません」
「ん? いやだって、位置情報とかそういうの」
「山田さんとふたりきりになりたくて、外したんです。追跡できないように」
握られた手は冷たかった。
少しだけ震えてもいた。
座ったままの一之宮が、俺の顔を上目遣いで見つめながらそう言った。
俺は、一之宮の瞳から目を離せなかった。
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