第18話 布教活動って大事よな。

「「ご馳走様でした」」

「はいよ」


 海鮮お好み焼きを食べ終えてお会計。

 美味かった。とりあえず美味かった。


「お嬢ちゃん、これ渡しとくよ」

「これは?」

「もしもの時はそれを使うといい」

「……あ、ありがとう……ございましゅ……」


 店を出る間際に一之宮が店主のおばあちゃんから何かを渡されて顔を赤くしていたが、そのまま俺らは店を出た。

 何を渡されたのかと疑問に思って聞いてみた。


「別になんでもないですよっ」

「そ、そうか。……まあご馳走になったし、深くは聞かん」


 なんか聞きづらかったのでそれは以上の追求は避けておく。

 一之宮からチラチラ見られてはいるが、これではどうしようもない。


「いつか大人になったら、今度は俺が奢れるようになってたらいいなぁ。ちょっとくらいはカッコつけたいな」

「そういうのを山田さんに求めてないので安心して下さい」

「それは昼にも言われたけどさ」


 なんというか、少し惨めな気持ちにもなる。

 それが世間一般で植え付けられた認識だとしても、少しくらいは一之宮にカッコつけたいと思うのも男のさがだと思う。


「お金があれば、そういった事はいくらでもできます」

「流石お嬢様。世知辛いな」


 資本主義は辛いなぁ。


「山田さんをバカにしたいとか、そういうわけではないんです。みんなは私をお姫様にしようとする。それが嫌なんです。山田さんは私に対してそういう扱いをしない。だから良いんです」

「そうか? わりとしてる気はするけどな」

「少なくとも私はそうは思いませんね。山田さんは子どもみたいな人です」

「まだ牛丼屋でからかった事を根に持ってるのか?」

「……鼻から玉ねぎが出そうになったのは人生においてあの時が初めてですからね」

「い、一之宮杏香お嬢様の鼻から玉ねぎはヤバいな。絶対笑うわ」

「怒りますよっ」


 知らない漁師街の道をただ歩きながらコミカルな一之宮を想像して笑った。

 まあ確かに、クリスマスに牛丼屋で飯食ってる人達がいるような所で特定の人にだけわかるネタを急にぶっ込まれたらそうなる事もあるかもしれん。


 そういえば小学校の給食の時間で鼻から牛乳垂らしてる男子居たな。牛乳飲んでるタイミングで笑わされてて。


「てか一之宮、時間的に大丈夫なのか?」

「そうですね。……あ、山田さん。あそこで写真撮りませんか?」

「ん? 写真?」


 一之宮が指を指した方向には見晴らしの良さそうな場所があった。

 あそこからなら海もさらに良く見えるだろう。


「そうだな。普段は海なんて観れないし」

「実は私、三脚と自撮り棒を持ってきてるのです」

「なんでどっちも持ってきてるんだよ。準備いいな」

「どこ行くか決めてなかったので、どっちもあれば良いかと思いまして」


 楽しそうに三脚と自撮り棒を取り出す一之宮。

 まだ使っていなかったのか新品同様である。

 新しいシャーペン買って珍しく勉強したくなるみたいなテンションの一之宮である。


「海、綺麗ですね」

「そうだな」

「あとでちょっと海にも行きませんか?」

「それもそうだな」


 三脚を立ててスマホをセットした一之宮。

 誰かと写真を撮るなんていつぶりだろうかと思いつつ俺はポーズをとった。


「……や、山田さん、そのポーズは、なんですか?」

「おい一之宮、お前まさか……ジョ○ョ立ちを知らんのか?」

「じょ、ジョ○ョ立ち、ですか?」

「VIPPERがどうのこうと言っていたのにジョ○ョ立ちで写真を撮らないのはVIPPER失格だからな」

「そ、そうなんですか……」


 一之宮はアスファルトの地面に手を着いて項垂れて「勉強不足でした……」と反省している。


 とりあえずスマホでジョ○ョ立ちをしている暇人スレ民たちをまとめられた動画見せた。


「ある者は警察署前でジョ○ョ立ちをし、またある者は秋葉原でジョ○ョ立ちをし、またある者たちはスクランブル交差点で集いジョ○ョ立ちをする。ネット掲示板に住まう者たちの最低限の常識でありマナーなんだ」


 いや実際には知らんけども。

 だけどなんかねらーたちってジョ○ョ立ち好きよな。


 個人的には警察に捕まってみたくて塩を袋に入れて学生とかにあえて渡そうして不審者になりきって職質されて瞬間に走って逃げて「ワイは浪花なにわのシューマッハやっ!!」って叫んで警察官と鬼ごっこ始めたニキとか好きだったな。

 あれ? あのスレは釣りだったっけな? どっちだっけ……


「山田さんっ。私にもジョ○ョ立ちを教えて下さいっ!!」

「よかろう」


 そうしてジョ○ョ立ちをレクチャーして写真を撮り始めた。

 最初は若干恥ずかしそうにしていた一之宮も段々と乗り気になってきていて、それを見ている自分も笑えてきた。


 仮にもお嬢様になんてしょうもない事を教えているのだろうと思ったからである。


「山田さん。ジョ○ョ立ち……楽しいですねっ」

「だが貴様はまだ真の面白さを理解してはおらん」

「はいっ。アニメも原作も買って読みますっ!!」

「うむ」


 こうして新たにジョ○ョ信者が生まれた。

 そして結局自撮り棒は使わなかった。

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