1998年10月(2)

 正直なところ、昌行は月にいくらを返済をしているのか、そのためにどれくらいの売上げが必要であるのかを、昌行は知らずに過ごしていた。より正確には、知ろうとしてはなかったというべきであろう。この日昌行が用立てた10万円が、どの程度の足しになっていたのか、もちろん見当はつかなかった。父には父の、自分には自分の人生があり、それぞれに歩んでいると昌行は思っていたのだが、ひとつ所に住まわっている以上、それは勝手な思い込みに過ぎないことを感じるようになっていった。

 現金で10万円を用立てるには、さすがに銀行に立ち寄る必要があったため、昌行はこの日、出社が遅れることを申し入れた。10万円を父に渡して出社した昌行は、上司の谷津に声をかけられた。

 「谷中くん、よりによってこんな日に遅刻とは君らしくないな。まあいい。あとで社長から話があると思うので、そのつもりでいておいてな。私も同席するから。」

 やれやれ。何があったって言うんだ。谷津部長からの一言を、怪訝な面持ちで昌行は聞いていた。「社会人」としてのスタートが遅かった昌行にとって、このサプライ・システムズは2つめの勤務先だった。昌行は、この勤務先が受託していたパソコンのユーザー・サポート業務のほとんどを、谷津の下で取り仕切っていた。そしてこの部門は、サプライ・システムズ社を実質的に支えていたと言ってもよかった。

 「失礼します、谷中です。今朝方は出社が遅れてしまいまして、大変申し訳ありませんでした」

 「さっそく急な話で申し訳ないんだが、谷中くん、君には新設の部門長として社外常駐してもらおうと考えているんだ。君の後任には、須永くんを充てようと思う」

 谷津が昌行に語りかけた。谷津が話し終えるのを待って、安斉社長が話を継いだ。

 「谷中くん。サポート部門をここまで育ててくれたことを評価し、感謝もしている。もう3年目にもなることだし、次の部門を手掛けてはもらえないかな」

 「過ぎた評価をいただき、ありがとうございます。しかしながら、単刀直入に伺います。この異動、何か別の意図があるようにも思えるのですが。差し支えなければ、それを聞かせてはいただけませんか」

 安斉からの目配せを確認し、谷津が口を開こうとしたが、それを制して安斉が語った。

 「実はね・・・、君が育ててくれたサポート部門は1年後に閉鎖せざるを得なくなったんだよ」

 昌行は突然のことに言葉を失った。

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